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ケプラー宇宙望遠鏡が任務を終える

ケプラーの観測データから、生命の居住が可能かもしれない4つの惑星が見つかっている(図はそれらの想像図)。しかし、ケプラーの重要な機能が故障してしまったため、地球(左端)の真の双子の惑星を見つけることは、もはや難しいかもしれない。

Credit: JPL-CALTECH/AMES/NASA

米航空宇宙局(NASA)が2009年に打ち上げた宇宙望遠鏡ケプラーは、これまでで最も成果を挙げた太陽系外惑星探索装置であり、現代の驚異的な工学技術のたまものでもある。ケプラーは、恒星の明るさのわずかな減少から、太陽系外惑星が恒星の表面を横切る、小さな食を見つけ出す。星からの光を口径1.4mの反射鏡で9500万画素のカメラに集め、明るさのわずか10万分の1ほどの減少を検出することができる。しかし、2013年5月14日、その唯一の機械的動作部分の1つが故障し、6億ドル(約590億円)の費用を投じた宇宙望遠鏡はもはや満足に機能しなくなった。壊れたのは、子どものおもちゃのジャイロスコープ(コマの一種)に似た、約20万ドル(約2000万円)の装置だった。

ケプラー計画に関わる科学者たちは、この宇宙望遠鏡が壊れやすいことに前から気付いていた。ケプラーは、4つの金属製のリアクションホイール(はずみ車の一種)を備えている。リアクションホイールは姿勢を精密に制御するための装置で、モーターでホイールのある方向への回転速度を上げると、宇宙望遠鏡は反対方向に回転する。ホイールは、毎分1000~4000回転で回転し、回転速度を微妙に制御することにより、宇宙望遠鏡に正確なトルク(モーメント)を働かせる。

ケプラーが安定であるためには、少なくとも3つのホイールが必要だが、2012年7月にすでに1つが故障していた。そして、今回、2つ目のホイールがうまく回転しなくなったらしいことが2013年5月14日にわかった。NASAの科学者によると、ボールベアリングか軸受箱の問題のためとみられる。ケプラーは自身をセーフモードにし、修理を待つ状態にしている。しかし、多くの関係者は実際に修理するのは難しいと考えている。

ケプラー計画チームは、同じメーカーが製造し、ほかのいくつかの衛星や探査機に搭載されたほぼ同一のリアクションホイールの事例から、ケプラーが打ち上げられる前の時点で、はっきりと問題に気付いていた。NASAエイムズ研究センター(米国カリフォルニア州モフェットフィールド)の宇宙科学者で、ケプラー計画の研究責任者(PI)であるWilliam Boruckiは、「リアクションホイールが、それまでにもたびたび問題を起こしていることはわかっていました」と話す。

NASAが打ち上げた宇宙望遠鏡「FUSE」(遠紫外線分光探査機)では2001年にリアクションホイールが故障し、日本の小惑星探査機「はやぶさ」でも2005年に2つのホイールが相次いで故障した。この種のホイールは、使用に耐えないほど信頼性が低いと見なされることもあった。その後も、2007年にNASAの熱圏・電離圏・中間圏観測衛星「TIMED」のホイールの1つが故障し、NASAの小惑星帯探査機ドーンでも2010年と2012年にホイールの故障が発生した。

NASAから受注してケプラーを製造したのは、米国コロラド州ボールダーにあるボール・エアロスペース・アンド・テクノロジーズ社だ。同社のケプラー計画の責任者であるJohn Troeltzschは、「こうした故障の大半は、ケプラーの打ち上げよりずっと前に起こったものですが、TIMEDの故障で関係者の懸念は臨界点に達しました。私たちが、問題がどれほど深刻であるかに気付いたのは、2007年末でした」と振り返る。

しかし、その頃、ケプラーはすでに打ち上げの準備ができていた。リアクションホイールシステム全体を分解点検するか、予備のホイールをもう1つ付け加えるなどの対策は費用がかかりすぎると考えられた。また、そうした対策の実施は、すでに2回延期されている計画がさらに数年遅れることを意味していた。

ケプラー計画チームは、もう一度だけ点検をしたいと考えた。2008年初め、Troeltzschらは、4つのリアクションホイールすべてを宇宙望遠鏡から取り外し、再検査のため、メーカーである米国ニューヨーク州イサカのイサコ・スペース・システムズ社に送り返した。エイムズ研究センターのケプラーの副計画責任者であるCharles Sobeckによると、ホイールには点状の腐食の徴候がすでに見られ、ボールベアリングの交換を含む変更がなされた、という。Troeltzschは、「この変更で、すでに起こった類の問題の発生は防げるはずだという判断でした」と話す。イサコ社の親会社であるUTCエアロスペースシステムズ社は、リアクションホイールの問題をどのように解決しようとしたのかという質問に対する回答をスポークスマンを通じて断わり、回答をNASAに委ねた。

Boruckiは、「そのとき、リアクションホイールの問題は、それほど大きなことには思えませんでした。ケプラー計画の観測期間は3年半とされていたからです」と話す。3年半は、ケプラーがその第一目的を達成するために必要と考えられた期間だった。つまり、920パーセク(3000光年)までの距離にある約15万個の太陽に似た星を調査し、地球と似た軌道にあり、地球ほどの大きさの惑星が、私たちの銀河系(天の川銀河)にどれほどあるのかを決定することだ。

しかし、ケプラーの打ち上げ後、大半の恒星は、太陽よりも明るさの変動が大きいことがわかった(Nature 477, 142-143; 2011を参照)。星の明るさのランダムな変動と、前面を通過する惑星による明るさの減少とを見分けるために、事前の想定よりも多くの観測時間が必要になった。このため、NASAは2012年、ケプラー計画を2016年まで延長した。しかし、その決定がなされたちょうどその頃、リアクションホイールの最初の故障が発生した。そして、今回、2番目のホイールが機能を失った。「私たちがケプラーで行っていた科学研究を、かつて行っていたように進められる可能性はなくなりました」とTroeltzschは話す。

これから2か月間、エンジニアたちは、故障したホイールを復活させようと試みるが、Troeltzschは期待していない。「ケプラーが観測に使えるレベルまで回復する見込みはほとんどありません」と彼は言う。ケプラーに搭載された制御用推進エンジンは、簡易な代用品にはなるかもしれないが、観測には望遠鏡の向きの正確な制御が必要なのだ。制御用推進エンジンは、そこまでの精度で姿勢を制御できるようには設計されていない。Sobeckによると、ケプラーをよみがえらせる努力はおそらく、8月末まで続くという。

一方、Boruckiの研究チームは、最近2年間のケプラーのデータを分析している。ケプラー計画では、すでに2700個を超える太陽系外惑星候補が見つかっているが、Boruckiらの分析でさらに数百個が加わることになりそうだ(「ケプラーの成果」参照)。最新のデータは、地球の公転軌道に近い半径の軌道にある惑星に関する情報を含んでいるため、Boruckiは、地球に似た惑星の銀河系での頻度について、妥当な見積もりが得られるはずだと楽観的に考えている。

SOURCE: NASA EXOPLANET ARCHIVE

太陽系外惑星について理論的に研究している、マサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)のSara Seagerは、それほど楽観的ではない。「ケプラーのデータから、最大で周期約200日までの軌道にある、ほぼ地球大の惑星についてはそこそこの統計的結果が得られるかもしれません。しかし、太陽に似た星の生命居住可能領域にある惑星の公転周期は約365日であり、こうした軌道上の惑星の信頼できる存在頻度を得ることは難しいと思います」とSeagerは指摘する。しかし、彼女は、残っているデータの中にそのような惑星がいくつか隠れていることは期待している。「それはあり得ることです。いえ、隠れているはずだと言った方がいいでしょう」。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130814

原文

The wheels come off Kepler
  • Nature (2013-05-23) | DOI: 10.1038/497417a
  • Ron Cowen