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かゆみの引き金となる分子を発見

少なくともマウスにおいて、かゆみ応答に必要なタンパク質が発見された。

Credit: thinkstock

かゆみは、かつては「弱い痛み」と考えられていた。しかし実際は、かゆみと痛みは異なる感覚であり、体の末梢の細胞から脳まで、かゆみの感覚を伝える専用の神経回路があるらしいことがマウスの研究で明らかになった。そして、B型ナトリウム利尿ペプチド(Nppb)というタンパク質が、マウスにおけるかゆみの一次神経伝達物質であることが示された。この研究成果は2013年5月24日号のScienceに掲載された1

国立歯科・頭蓋顔面研究所(米国メリーランド州ベセスダ)の神経科学者Mark HoonとSantosh Mishraは、イオンチャネルであるTRPV1を発現する体性感覚ニューロン(TRPV1ニューロン)に着目した。TRPV1ニューロンは、接触、熱、痛みおよびかゆみによって活性化されるニューロンだ。彼らは、かゆみの感覚を伝達する分子を探索するため、TRPV1ニューロンを選択的に除去したマウスと野生型マウスとを比較し、野生型マウスで発現が亢進している遺伝子をスクリーニングすることで、Nppbを見いだした。そして、Nppbタンパク質が、TRPV1ニューロンの一部でのみ発現していることを確認した。

Nppbを欠損する変異マウスは、かゆみを誘発する化合物に対する応答が見られなかったが、熱や痛みに対する応答は正常だった。しかし、マウスの髄腔内にNppbを投与すると、Nppbはマウスに激しい引っかき行動を引き起こすこともわかった。この行動はNppb変異マウスにも正常マウスにも見られた。

「我々の研究から、かゆみの感覚ニューロンが使用している一次神経伝達物質が明らかになり、また、かゆみは、かゆみに特異的な感覚ニューロンによって検知されることが確認されました」と、Hoonは言う。

そしてHoonとMishraは、脊髄においてNppb受容体を発現するニューロンの探索を始めた。サボンソウの種子由来の毒素は、Nppb受容体を発現する細胞を選択的に除去する。そこで、この毒素をマウスに投与し、Nppb受容体を発現する脊髄ニューロンを除去したところ、かゆみの応答が阻害された。しかし、他の感覚応答は阻害されなかった。このことから、かゆみの感覚についての情報は、かゆみに特異的な経路によって伝達されることが示唆される。

治療の標的

この結果は、「かゆみの感覚についてのこれまでの疑問への説明となり、かゆみが機能する仕組みについて、まさに検証可能な仮説となります」と、ミネソタ大学(米国ミネアポリス)の神経科学者Glenn Gieslerは言う。

これまでの研究から、ガストリン放出ペプチド(別名GRP)が、感覚ニューロンから放出される神経伝達物質であり、かゆみに関連するシグナルを開始させることが示唆されていた2。しかし、別の研究グループ3と同様に、HoonおよびMishraも、脊髄外でGRPを見つけることができなかった。これは、GRPがかゆみの第一の引き金ではないことを示している。

ただ、今回HoonとMishraは、GRPがかゆみ応答に関与していることも見いだしている。NppbあるいはNppb受容体のどちらかを欠損するマウスにGRPを投与すると、激しい引っかき行動が引き起こされた。また、GRP受容体を薬剤によって阻害したマウスは、Nppbを脊髄に投与された場合でさえも、引っかき行動を示さなかった。これらの結果は、かゆみ感覚の伝達において、Nppbの下流にGRP放出ニューロンが位置していることを示している。

「このモデルは、かゆみについて観察されている現象とよく合致しています」と、ピッツバーグ大学(米国ペンシルベニア州)の神経科学者Sarah Rossは言う。

Hoonは、「かゆみの神経経路は、ヒトとマウスで同一とは考えられていませんが、類似していると思われます。しかし、Nppbや、それに類する分子が関与するかどうかはわかりません」と言う。彼は、後にヒトで追試研究を行うつもりであると付け加えた。

かゆみは、湿疹や乾癬など20以上の疾患で引き起こされるありふれた問題であると、Gieslerは言う。「抗ヒスタミン薬が有効なかゆみはごく一部で、多くのかゆみには有効ではありません。そのため、この研究は臨床でかゆみを治療するための全く新しい標的を示しています」。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130803

原文

Scientists discover molecular trigger for itch
  • Nature (2013-05-23) | DOI: 10.1038/nature.2013.13061
  • Chris Palmer

参考文献

  1. Mishra, S. K. & Hoon, M. A. Science 340, 968-971 (2013).
  2. Sun, Y.-G. & Chen, Z.-F. Nature 448, 700-703 (2007).
  3. Fleming, M. S. et al. Mol. Pain 8, 52 (2012).