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HeLa細胞のゲノムはエラーだらけ!

欧州分子生物学研究所(ドイツ・ハイデルベルグ)の遺伝学者Lars Steinmetzが率いる研究チームは、HeLa細胞株のゲノム配列を解読し、G3 2013年3月11日号で報告した1

Credit: ISTOCKPHOTO

HeLa細胞は、Henrietta Lacksという患者から採取された子宮頸がん細胞から1951年に樹立された細胞株で、研究室で増殖させることができた最初のヒト細胞株だ。そのため、HeLa細胞を用いて報告された論文の数は、これまでに6万報以上にも及ぶ。古くは1950年代のポリオワクチンの開発から、ごく最近ではENCODEとして知られる国際的ゲノム研究まで、幅広く、また長い間、科学研究に貢献してきた。

しかし、他の多くの腫瘍細胞と同様に、HeLa細胞ではほとんどの染色体で1本以上の余分なコピーが存在するなど、この細胞のゲノムは異常でエラーが多いことが、これまでの研究から示されていた。

今回、Steinmetzの研究チームは、HeLa細胞の遺伝的変化をより詳細に調べるために、最も有名なHeLa細胞のKyoto株の塩基配列を解読し、ヒトの参照ゲノムの配列と比較した。

Steinmetzの研究チームは、正常な細胞では2本で対をなしている染色体が、HeLa細胞ではほとんどが3本で存在し、5本で存在する染色体もあることを確認した。また、正常な細胞では2コピーであるはずの遺伝子が、HeLa細胞ではその多くで大規模な重複が見られ、4コピー、5コピー、あるいは6コピーも存在する場合さえあった。さらに、11番染色体をはじめとしたいくつかの染色体では、まるで一組のトランプをシャッフルしたかのように染色体断片が入れ替わっており、遺伝子の配置が劇的に変化していた。

残念ながら、Lacksの正常細胞のゲノム配列も、また彼女のオリジナルな腫瘍のゲノム配列も存在していない。そのため、これらの変化がオリジナルな腫瘍にもともと存在していたものなのか、それとも継代培養の過程で獲得されたものなのかを明らかにすることは難しい。Steinmetzは、他の子宮頸がんでも11番染色体に大規模な再編成が見られるので、HeLa細胞に見られるこのような変化が、Lacksの細胞のがん化に寄与した可能性はあるという。

HeLa細胞の使い道

HeLa細胞は、60年間にわたって世界中の研究室で継代培養されているので、オリジナルの腫瘍DNAには存在していなかったエラーも生じていると考えられる。そのうえ、現存するすべてのHeLa細胞も同一ではないだろう。これを逆手に、HeLa細胞の進化を追跡すれば興味深い結果が得られるだろう、とSteinmetzは言う。

遺伝的変化がいつ生じたものであれ、これほどの異常があれば、HeLa細胞をヒトの細胞生物学的モデルとして使うことに疑問が生じる。例えば、HeLa細胞では約2000個の遺伝子が、重複のために、正常なヒト組織よりも高発現していることを、Steinmetzの研究チームは確認している。患者の皮膚細胞から樹立された人工多能性幹細胞など、HeLa細胞以外の細胞株の方がヒト生物学をより正確に反映していると、Steinmetzは言う。

HeLa細胞は、抗がん剤に対する応答など、子宮頸がんの生物学的側面の研究には有用かもしれないと、ウェルカムトラスト・サンガー研究所(英国ケンブリッジ)のがん生物学者Mathew Garnettは言う。近年では、多くの子宮頸がんゲノムが解読されているので、それらとHeLa細胞のゲノムとを比較することも可能だ。

HeLa細胞を基盤として行われた研究論文は山ほどあり、そこには遺伝学的に操作されたHeLa細胞株の情報や、今ではそのゲノム情報までもが記されている。このため、たとえHeLa細胞がヒト生物学の完全なモデルではなくとも、研究室ではなお、HeLa細胞は使用され続けるだろう、とSteinmetzは指摘する。「これからの10年間は、まだまだHeLa細胞が研究に使われ続けるでしょう。しかし、20年後はわかりません」。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130604

原文

Most popular human cell in science gets sequenced
  • Nature (2013-05-15) | DOI: 10.1038/nature.2013.12609
  • Ewen Callaway

参考文献

  1. Landry, J. et al. G3 http://dx.doi.org/10.1534/g3.113.005777 (2013).