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津波漂流物とともに海を渡る生物への懸念

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2013.130606

原文:Nature (2013-03-07) | doi: 10.1038/495013a | Tsunami triggers invasion concerns

Virginia Gewin

2011年3月の東日本大震災の際にがれきとともに津波にさらわれて海に流出したさまざまな生物が、長期間外洋を漂流した後に米国の海岸に漂着している。生物学者たちは、こうした生物を追跡して、現地の生態系への影響を調べようとしている。

2012年6月、鋼鉄とコンクリートからなる重さ165tの物体が、米国オレゴン州中部の海岸に漂着した。物体の正体は、2011年3月に日本で発生した東日本大震災の際に青森県の三沢港から海に流出した浮桟橋だった。漂着物の調査に当たったオレゴン州立大学ハットフィールド海洋科学センター(ニューポート)の海洋生態学者Jessica Millerは、日本の浮桟橋に付着していた生物が15か月も太平洋を漂流した後もなお生きていたことに衝撃を受け、「現実とは思えませんでした」と言う。漂着した浮桟橋には、褐藻やピンク色のフジツボ、エビに似たワレカラという生物などが、厚さ15cmもの層を成してびっしりと付着していて、個体数の合計は数万にも及んだ。2012年12月には、日本から流出した別の大きな浮桟橋がワシントン州の海岸に漂着したが、これにもさまざまな生物が付着していた。生きた生物が付着した船舶やブイなどの漂流物は、オレゴン州やワシントン州のほか、最近ではハワイ州にも漂着し始めている。

2011年に日本で発生した東北地方太平洋沖地震に伴う津波では、4つの巨大なコンクリート製の浮桟橋を含めて、約150万tの震災がれきが海に流出したと推定されている。すでに、そのうちの2つが北米の海岸に漂着したが、いずれにも生物がびっしりと付着していた。

SOURCE: NOAA

東北地方太平洋沖地震に伴う巨大津波が日本を襲ってから2年が経った今、津波によって日本から流出して海を漂流していた「震災がれき」が、約8000kmも離れた北米沿岸に次々と流れ着いている。津波漂流物は「浮き島」を形成し、そこには、外来種として漂着地の生態系に悪影響を及ぼすおそれのあるものを含めて、さまざまな生物が生息している。日本政府の推定によれば、海に流出した震災がれきの量は約150万tに上るという。米国海洋大気庁(NOAA、メリーランド州シルバースプリング)で漂流がれきプログラムのアラスカ地区コーディネーターを務めるPeter Murphyは、「津波漂流物は今後何年にもわたって漂着し続けるでしょう」と言う。

津波をきっかけに、それまで不可能と思われていたいくつかの実験が始まった。生物学者は、外来種の侵入に至る可能性のある現象を発生当初から追跡できる先例のない機会に飛び付いた。また、海洋学者は、漂流がれきの目撃情報を利用して、風と潮流が漂流物に及ぼす影響に関するモデルを精密化させている。そして、海洋生態学者は、震災時に津波が引き起こした福島第一原発の事故により放出された放射性同位体を利用して、魚類の回遊ルートをたどっている。

カリフォルニア大学デービス校(米国)の海洋生態学者Susan Williamsは、「海に流出した時期と場所が明確にわかる津波漂流物から、科学研究にとって絶好の機会がもたらされたのです」と言う。

一方、緊急の対応を最も強く求められているのは侵入生物学者かもしれない。沿岸域に生息する生物がこれほど長い間外洋を漂流できるとは、誰も予想していなかったからだ。ウィリアムズカレッジ(米国マサチューセッツ州ウィリアムズタウン)の外来種の専門家で、Millerらと協力して漂着生物の調査に当たっているJames Carltonは、「こんな出来事はめったに起こらないので、自分が目にするなんて考えたこともありませんでした」と言う。

研究者はまず、自分が調べている漂着物が本当に津波によるものであることを確認しなければならない。その際、日本語が書かれたペットボトルはよい手がかりになるし、船舶なら、登録番号を見れば震災の際に行方不明になったものかどうかを確認できる。それにもかかわらず、ここ数か月間に報告された約1500点の漂着物のうち、日本領事館が確認したものはわずか21点であるとMurphyは話す。

外来種の侵入は、太平洋沿岸域では取り立てて新しい問題ではない。生物が船舶の船体に付着したりバラスト水に混入したりして外洋を渡ることは、実際に起こりうるからだ。けれども普通は、船舶が港の生物群集をそのまま運んでくることはないし、船体に付着した生物の多くは航行速度が速いために途中で振り落とされてしまう。これに対して津波漂流物は、沿岸の生息地から津波にさらわれた生物群集を乗せて、震災がれきとともにゆっくりした速度で外洋を漂流してくるうえ、監視の目が行き届いている港だけでなく、北米の海岸全域に漂着する可能性がある。現時点では、津波漂流物に付着した外来種の侵入は確認されていない。しかし、CarltonやMillerのチームが北米に漂着したすべての津波漂流物を把握しているとは考えられないので、現地の生態系に影響を及ぼすおそれのある生物の漂着を見落としている可能性は否定できない。

研究チームは次に、どの生物が、どのような方法で太平洋横断に成功したかを特定しようとしている。彼らは、最初の浮桟橋が漂着してからの9か月間に、すべての津波漂流物に付着していた175種の生物のうち約半数を同定した。ハットフィールド海洋科学センターの海洋生物学者John Chapmanは、2013年3月に実際に三沢港を訪れて、震災が発生したのと同じ時期に浮桟橋に付着している生物の種類を調査した。

現時点で得られている結果は、侵入の危険性が高いことを示唆している。ニューポート在住のオレゴン州立大学の海藻の専門家Gayle Hansenによると、津波漂流物の調査で侵入種として知られる藻類が3種見つかったという。彼女はこれまでに津波漂流物から46種の海藻を採取したが、その75%に繁殖力があり、胞子を落としていたという。つまり、これらの海藻が太平洋北西部に定着して、在来種に取って代わる可能性があるのだ。

津波漂流物が漂着したという報告を受けて最初に現場に駆け付けるのは、普通は州当局である。彼らは外来種の侵入を防ぐため、漂着物に付着した生物を見つけるとすぐに駆除してしまうことが多い。このような対応は、Carltonのチームによるサンプル採取を困難にするおそれのあるものだが、彼によると、サンプル採取への理解が広がってきたため、以前ほど問題にならなくなったという。一方、アラスカ州やカナダのブリティッシュコロンビア州、カリフォルニア州からは、日本の生物が生きたまま漂着したという報告がほとんどない。これは、きちんと報告が行われていないか、海洋学調査上のミスの可能性があるという。

最近、津波漂流物の漂着が急激に増えている。これは、冬から春にかけての海流と風の大規模なパターンから予想がついていたことだ。また、震災がれきはハワイ島の北方沖を通るルートを漂流しているが(「震災がれきの漂流ルート」参照)、このルートも、船員による震災がれきの目撃報告を取り入れたNOAAのモデルによって予測されていたとおりだ。けれども、ハワイ大学(米国ホノルル)の海洋学者Nikolai Maximenkoは、コンクリート製の浮桟橋が「どこに漂着するか」まで正確に予測するのは困難だと言う。浮桟橋は浮力が大きく、その進路には風と海流が同じくらい大きな影響を及ぼすからだ。

Maximenkoは、福島第一原発事故により形成された放射性同位体のプルームのサンプル採取にも協力している。プルームの動きは津波漂流物より遅く、東に向かってゆっくりと移動している。この放射性同位体が、生態学者に利用されている。2013年2月には、ストーニーブルック大学(米国ニューヨーク州)の海洋科学者Nicholas Fisherらが、セシウム134とセシウム137という2種類の放射性同位体を利用して、日本とカリフォルニアの間を移動するクロマグロの回遊ルートをたどることができると報告した(D. J. Madigan et al. Environ. Sci. Technol. http://doi.org/kn9; 2013)。またFisherのチームは、日本から回遊してきたクロマグロにはセシウム134と137の両方が存在しているが、その濃度は人体に健康被害を及ぼさない程度であることを確認した。「我々は、魚が約1か月で太平洋を横断する可能性を示唆する証拠を得ました。これは驚くべきことです」とFisherは言う。

オレゴン州立大学(米国コーバリス)とNOAAの研究者らも、Fisherと同じ手法を用いて、北太平洋のビンナガマグロに2つの集団があるかどうかを明らかにしようとしている。集団が2つあるなら、放射性同位体の蓄積量に差が出るはずだ。

Fisherのチームはこの手法を利用して、ほかの大型海洋動物(アホウドリ、アカウミガメ、ネズミザメなど)の移動パターンも追跡したいと考えている。

なお、研究者たちは、福島第一原発から放出された放射性同位体を利用して生物を追跡したり、津波漂流物に付着した生物の個体数を数えたりしていても、この津波によって多くの尊い命が失われたという事実を忘れることは片時もない。「このような実験は、あってはならないものだったのです」とChapmanは言う。

(翻訳:三枝小夜子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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