News

初期宇宙の最も高精度な「地図」

それは、天文学者にとっては究極の「宝の地図」だ。プランク宇宙望遠鏡を使って研究を進めている国際共同研究チームが、2013年3月21日、宇宙マイクロ波背景放射のこれまでで最も高精度の分布図を公表した。宇宙マイクロ波背景放射は、ビッグバンの名残の光(電波)であり、弱いけれども宇宙のあらゆる方向から地球に届いている。今回の分布図は、50年近い歴史を持つ宇宙マイクロ波背景放射の研究の到達点として得られたものであり、生まれて間もない時期の宇宙に存在した物質密度の揺らぎを正確に記録している。さらに、この分布図から、今日の宇宙を決定付ける重要な変数を知ることができる。

プランクが観測した、宇宙誕生から38 万年後の光の最も高精度な分布図。この図は、黒体放射として見た宇宙マイクロ波背景放射の温度の分布を示している。温度分布はひいては物質密度の分布を表す。

Credit: PLANCK COLLABORATION/ESA

プランクは欧州宇宙機関(ESA)が2009年5月に打ち上げた宇宙望遠鏡で、地球から150万km離れた地点で観測を行っている。この分布図に見られる微小な揺らぎから、宇宙の膨張速度は、これまで考えられていたよりもわずかに遅いことがわかった。同時に、斥力として働くダークエネルギー(暗黒エネルギー)が宇宙の物質・エネルギー全体に占める割合は68.3%とこれまでの見積もりよりも少し減り、一方、目に見えない物質、ダークマター(暗黒物質)の割合はこれまでの見積もりよりも少し多いことがわかった。これは、宇宙の年齢がこれまでの見積もりよりももう少し古いことも意味しており、宇宙の年齢は数千万年増えて138億2000万年とされた。また、この分布図から、宇宙に存在するニュートリノの世代はおそらく3世代にとどまるだろうということもわかった。もしも第4世代のニュートリノが存在したら、宇宙はその最初の時期にずっと速く膨張したはずだ。

これらの結果は、米航空宇宙局(NASA、ワシントンD.C.)が2001年に打ち上げたウィルキンソン・マイクロ波異方性探査機(WMAP)などのこれまでの観測計画で得られたデータを精密化するものだ。プランクの今回の新たな成果は、宇宙最初期の発展を説明するインフレーション理論を支持するデータが得られたことだ。インフレーション理論によると、宇宙はわずか10-32秒ほどの間に、原子よりも小さい点からグレープフルーツほどの大きさまで、想像もできないほど急速に膨張(インフレーション)し、その後は速度を落として膨張し続けたという。このスタートダッシュのような膨張は、私たちが現在見る宇宙が、銀河の集まりやフィラメントやシートといった構造はあるものの、最大のスケールでは均質である理由を説明してくれる。

プランクとWMAPのデータを分析したオックスフォード大学(英国)の宇宙物理学者Jo Dunkleyは、「プランクの観測で、インフレーション理論が間違っていることを示す証拠が見つかる可能性はありました。しかし、実際には膨張が実際に起こったことを示す新たな証拠が得られたのです」と話す。

爆発的な膨張が始まった後、原始物質の大釜の中から陽子や電子などの粒子ができ、光子はその間をピンボールのように跳ね回り始めた。光子が自由に飛べるようになったのは、宇宙誕生の38万年後、荷電粒子でできたプラズマが冷えて中性の原子になってからだった。このとき自由に飛べるようになった光子が現在の宇宙マイクロ波背景放射になり、宇宙の最初期に存在した量子揺らぎの痕跡を運んでいる。

この揺らぎは、2.7ケルビンの平均温度からの微小な変動として、マイクロ波分布図の中に見えている。温度の揺らぎは物質密度の揺らぎを反映していて、密度の揺らぎはやがて雪だるま式に増えて今日見られる銀河となった。プランク計画に加わっているケンブリッジ大学(英国)の宇宙論研究者Paul Shellardは、「宇宙で私たちが目にするすべての構造はこの小さな摂動が原因です」と話す。

インフレーション理論は、現在はマサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)にいる物理学者Alan Guthらが1980年頃に提案した。同理論は、マイクロ波背景放射の温度揺らぎの分布の仕方は、「ガウス性」という比較的単純な統計的性質を持つはずだと予言している。これまでの観測計画では、温度揺らぎがガウス性から外れていて、何かほかのプロセスが宇宙の膨張に関与していることを示唆する徴候も見つかっていた。しかし、今のところ、プランクの温度データはほぼ完全なガウス性を示していて、インフレーションを説明する標準的理論の正しさは一層確かなものになった。

プリンストン大学(米国ニュージャージー州)の理論物理学者Paul Steinhardtは、「たくさんの風変わりなインフレーションモデルが消えて行きました」と話す。Steinhardtは、エクピロティック宇宙論などの理論を提案してインフレーション理論の欠点を突こうとした。エクピロティック宇宙論は、宇宙はビッグバウンスという、死んでは生まれ変わるサイクルを繰り返すとしている。

しかし、すべての問題が片付いたわけではない。プランクの分布図を詳細に見ると、いくつかおかしな点がある。例えば、奇妙な低温部分があることや、高温の場所の割合が空の一方の側で大きいことなどだ。さらに、プランクが得たハッブル定数の値は、天文学のほかの方法で得られた見積もりと比較して驚くほど低い。ハッブル定数は宇宙の膨張速度を決定する。これは、もしかしたら未知の物理現象が働いていることを示しているのかもしれない。

インフレーションが起こったことの最終的な確認と、インフレーションを起こしたものの手がかりを得るには、宇宙マイクロ波背景放射の光子の詳細な性質を知ることが必要だ。インフレーションが起こったとき、それは時空を揺さぶり、重力波が放出されたはずだ。重力波は、光子の偏光にあるパターンを残している可能性がある。プランク計画の研究チームは、2014年初めに偏光データを公表する予定だ。研究チームのリーダーの1人で、カブリ宇宙論研究所(英国ケンブリッジ)の所長であるGeorge Efstathiouは、「もし、私たちが重力波を見つけることができたらノーベル賞を受賞することになるでしょう。それほど大きな成果です」と期待する。

偏光の信号は非常にかすかで、プランクの検出器の検出限界を超えているかもしれない。南極大陸に設置されたケックアレイなどの地上のマイクロ波望遠鏡も偏光をとらえようとしているが、空の片方の半球を調べることしかできないし、地球の大気中の酸素が宇宙マイクロ波背景放射の光子の一部をさえぎるので、特定の波長のマイクロ波しかとらえることができない。プランク計画の米国の責任科学者である、NASAジェット推進研究所(カリフォルニア州パサデナ)のCharles Lawrenceは、「この研究をやり終えるには、新たな宇宙望遠鏡や、場合によっては、数十年先になるでしょうが、重力波を直接検出する観測計画が必要かもしれません」と話す。

しかし、Lawrenceは、「温度揺らぎに関しては、天文学者たちはプランクの結果で満足すべきでしょう。プランクは、宇宙マイクロ波背景放射の温度揺らぎから得られるだろう成果は、ほぼすべて手に入れました」と話す。いくつかの手の届かない疑問が残るにしても、これまでの成果はとても意義のあるものだった。「宇宙がどういうものかについては、かなりよくわかってきています。しかし、宇宙がなぜ今あるようなものになったのかは、全くわかっていません」とLawrenceは話し、いたずらっぽい笑みとともに付け加えた。「それを知ることはかなり楽しいことです。そうじゃありませんか?」。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130618

原文

Planck snaps infant Universe
  • Nature (2013-03-28) | DOI: 10.1038/495417a
  • Mark Peplow