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分子モーターの 「回転する原理」を解明!

–– タンパク質の分子モーターを研究されたきっかけは?

村田: 1980年代に、日本が研究を牽引する形で、バクテリアのATP合成酵素(F型ATPase)の構造と機能の解析が進められました。F型ATPaseは、大腸菌からヒトに至るまで広く見られ、生命維持に必要とされるATPの大半を合成しています。

1985年、柿沼喜己博士らが、酵母の液胞からF型ATPaseによく似た酵素(後にV型ATPaseと命名)を発見しました。当時の解釈は、「V型ATPaseは真核生物だけに見られるもので、F型ATPaseから進化した」というものでしたが、彼らは、バクテリア(腸球菌)もまた、V型ATPase様のタンパク質を持つことを突き止めました。そこで、それが本当にV型ATPaseなのかどうか、柿沼教授らと私たち東京理科大の研究室とで検討しました。私はタンパク質の合成を担当したのですが、それ以来、腸球菌V型ATPaseの構造と機能の解析を続けています。

分子モーターとは?

–– タンパク質分子モーターとは、どのように定義されるものでしょうか?

村田: 「ATP、イオン濃度勾配などの化学的なエネルギーを、動きのある仕事(物理的な力)に変換するタンパク質」というのが一般的な理解だと思います。真核生物では、細胞内の物質を輸送するのに重要なキネシン、骨格筋を動かすミオシンなどが知られています。キネシンもミオシンも、ATPを加水分解することでエネルギーを作り出し、キネシンは微小管の上を、ミオシンはアクチンフィラメントの上を直線的に移動します。

一方、F型ATPase やV型ATPaseなどは、くるくると回転運動する回転分子モーターです。バクテリアの鞭毛の根元にも、水中を泳ぎ回るためのタンパク質回転分子モーターが存在することが知られています。F型ATPaseの研究は、遺伝子操作が容易な大腸菌の酵素で先行していましたが、F型ATPaseが回転するタンパク質であると考えるのは、ごく少数の研究者だけでした。その後、ウシの心臓のミトコンドリアからも大量に精製され、まず、分子モーター部分(F1-ATPase)の結晶構造がX線解析によって明らかにされました。さらに1996年に、吉田賢右博士らが、回転するF1-ATPaseを直接観察することに成功し、回転モーターであることが証明されました。

–– V型ATPaseとは、どんなタンパク質なのですか?

村田: V型ATPaseの形はF型ATPaseとよく似ていますが、具体的な機能を担っている点が異なります。V型ATPaseは、ATPのエネルギーを使って分子モーターを回転させ、プロトンを輸送します。液胞で見つかったと言いましたが、その後、ゴルジ体やリソソームなどの、真核生物のあらゆるオネガネラの膜にあることがわかりました。例えばリソソームでは、プロトンを汲み上げて内部を酸性に保ち、タンパク質分解酵素を活性化するという機能を発揮します。

私たちが発見した腸球菌のV型ATPaseも、基本的には酵母や脊椎動物のV型ATPaseと同じです。ただし、汲み出すのはプロトンではなくナトリウムイオンです(図1)。実はこのことが、イオン輸送メカニズムの研究にきわめて有利に働きました。プロトンは小さいので無理ですが、ナトリウムイオンなら、どのように輸送されるのか、容易に予想できるからです。

図1:腸球菌V型ATPaseの構造モデル。
膜タンパク質部分(Vo)と細胞内の水溶性タンパク部分(V1)からなる。触媒頭部(AとB)でATPを加水分解し、回転軸(D、F、c)とローターリング(c)を回転させ、ナトリウムイオンを細胞外へ輸送する。

私たちはまず、F型ATPaseにおいても未解明のままだった膜タンパク質部分の詳細な形を、世界で初めて明らかにしました2。そのうえで、形の情報をもとに、イオン輸送のメカニズムの研究を進めました3,4

回転部分の構造解析に成功

–– 今回は分子モーター部分の解析をされましたね。

村田: はい。初めはV型ATPaseのモーター部分(V1-ATPase)もF型と同じだろうと思っていました。ところが、研究を進めるうちに、かなり違うことに気付きました。そして、どう違うかを明らかにするために、V1-ATPaseの結晶構造解析を行いました。

実は1996年頃から結晶化を試みてきたのですが、「モーターの軸になるタンパク質(DF複合体)」の解離したものが混在し、高い分解能を示す良質の結晶が得られませんでした。そこで今回は、DF複合体を持たない触媒頭部(A3B3複合体)のみを精製しました5。これを結晶化してX線で解析したところ、AもBも、それぞれに基本構造が同じ3つの部品からなるものの、立体構造がわずかに違っていることがわかりました(図2のa,b)6。AとBの各部品は、同軸を中心にリング状に配されていますが、完全に非対称だったのです。

図2:触媒頭部(A3B3複合体)の結晶構造。
a,b A3B3複合体の結晶構造。右図ではN末とC末のドメインのみを表示し、3か所あるATP結合部位を赤い矢印で示した。
c,d AMP-PNPが結合したA3B3複合体の結晶構造。

続いて、ATPとどのように結合するかを調べるために、ATP様の物質(以下、ATP)が存在する環境で同様の操作をし、結晶解析を行いました。すると、AとBの境界部分に存在する3か所のATP結合部位のうちの2か所にATPが結合し、結合することが引き金となって立体構造の一部がわずかに変化することがわかりました(図2のc,d)6

さらに、ATPが「存在しないとき」と「するとき」の立体構造を詳しく比較し、A3B3複合体が「ATPと結合できないフォーム(Empty)」「ATPと結合できるフォーム(Bindable)」「ATPと結合しているフォーム(Bound)」から構成されることも突き止めました6

–– 回転の分子メカニズムもわかったのでしょうか?

村田: はい、かなりの部分を理解することができました。ATP存在下では、BindableにATPが結合し、2つのBoundができていました(図2のd)。次に、もともとあったBoundのATPが分解されると、BoundはEmptyにEmptyがBindableに構造変化していました。A3B3複合体が安定化するのは「Empty、Bindable、Bound」の順に3つがそろった構造なので、常に、Boundの右隣はEmptyへ、その右隣はBindableへと戻ろうとするようなのです。つまり、各フォームが120°ずつずれていくことになり、これこそが「ATPのエネルギーで一方向に回転する仕組み」であることがわかりました6

さらに私たちは、A3B3、DFの各複合体からなるV1-ATPaseを安定に精製することにも成功し、その高分解能結晶構造を得ることもできました。「DF複合体があることで、V1-ATPaseの構造がどのように変化するのか」という点も検討し、実に興味深いことを発見しました。DF複合体の結合により、BindableフォームはATPがなくてもBoundフォームに変化し、Boundフォームは「よりコンパクトなフォーム(Tight)」に変化していたのです。この結果は、軸が、単に回転のためだけでなく、A3B3複合体と結合することで立体構造をも変化させ、ATPの分解場所の特定という機能も果たしていることを示しています6

–– V型ATPaseは、創薬のターゲットとしても注目されているそうですね。

村田: はい、V型ATPaseの阻害薬の開発などに期待がかかっています。V型ATPaseは、骨の形成にかかわる破骨細胞やがん細胞の細胞膜にも存在しており、骨粗鬆症やがんの悪化や転移に関与していることが知られているからです。

私たちは現在、腸球菌V型ATPaseで得られた知見をもとに、ヒトV型ATPaseの研究も進めており、ごく最近、創薬ターゲットとなる軸複合体の結晶構造を得ることにも成功しました。私たちの成果が、疾患の病態解明や治療薬開発に役立てば幸いに思います。

–– ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

村田 武士(むらた・たけし)

千葉大学大学院理学研究科 生体構造化学研究室 准教授。1995年、東京理科大学基礎工学部卒業。2000年、東京理科大学大学院博士課程修了(工学博士)。日本学術振興会特別研究員DC1、PD、海外特別研究員、理化学研究所基礎科学特別研究員、京都大学医学部助教を経て、2009年に現所属の特任准教授(テニュアトラック)。2013年より現職。

村田 武士氏

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130620

参考文献

  1. Abraham, J.P. et al. Nature 370, 621-628 (1994).
  2. Murata, T. et al. Science 308, 654-659 (2005).
  3. Murata, T. et al. PNAS 105, 8607-8612 (2008).
  4. Mizutani, K. et al. PNAS 108, 13474-13479 (2011).
  5. Saijo, S. et al. PNAS 108, 19955-19960 (2011).
  6. Arai, S. et al. Nature 493, 703-707 (2013).