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スローな科学

科学という知的作業は、長期的な営みである。しかし、今日の科学研究のタイムスケールは短く、連続性のない実験や、研究助成金の期間内に完結するよう計画されたプロジェクトばかりが目につく。研究の中には短期間では答えが出せないタイプのものもあり、例えば、人間の寿命、地殻の変動、太陽表面の活動などを調べるためには、数十年から数百年という時間が必要だ。

ここでは、特に長く続けられている研究プロジェクトを5つほど紹介する。その中には、数世紀にもわたって途切れることなくデータを蓄積している研究もある。また、毎年数百本の関連論文が発表されている研究もあれば、10年に1個程度のペースでしかデータ点が増えない研究もある。

研究の優先順位や実験に用いられる技術はどんどん変化していく。そのため、時間のかかる研究プロジェクトは、その意義に疑問を投げかけられるケースが多く、研究資金の不足や責任者の交代によって、その存続が周期的に脅かされる。けれども研究チームの結束は固く、簡単には崩れない。研究を始めた科学者の先見性と、プロジェクトを引き継いだ人々の忍耐と献身があるからだ。

人間の寿命に関する90年に及ぶ研究によると、地道に努力するタイプの人は健康で長生きする傾向があるという。それが本当なら、ここで取り上げる科学者たちも、何らかの新記録を打ち立てるに違いない。

太陽黒点を数えて400年

400年以上前に望遠鏡が発明されて以来、天文学者たちは太陽の表面に現れる黒点を記録し続けてきた。あのガリレオも、黒点の観測記録を残している。初期の観測者は、太陽の表面に見える黒い点の正体についても、それらを作り出す磁場についても、なんの知識も持っていなかった。そんな状況が変化し始めたのは1848年のことだった。スイスの天文学者Rudolf Wolfが黒点の組織的な観察を始めて、黒点の量を計算するための公式を考案したのだ。この式で求められる値は「ウォルフ数」と呼ばれ、太陽活動の時間変化の尺度として、今日も国際的に用いられている。

ベルギー王立天文台では、1700年から太陽表面のスケッチや写真に基づいて算出した太陽黒点の数の集計を行っていて、今日までに500人以上がこの観測に従事している。2011年、Frédéric Cletteはベルギー王立天文台(ユックル)の太陽影響データ解析センター(SIDC)の所長に就任した。

スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の太陽物理学者Leif Svalgaardによると、黒点の観測データは次なる活動の予測に非常に役に立つという。黒点の活動は、11年程度の周期で活発化したり沈静化したりしているように見える。そして、太陽フレアによって黒点付近から宇宙空間に噴出する荷電粒子の流れは、人工衛星や地球上の電子機器に影響を及ぼすおそれがある。詳細な記録があれば、黒点の活動に周期がある理由を解明し、特に激しい太陽活動の予測の精度を向上させることができる。「観測期間が長くなればなるほど、理論をしっかり検証することができます」とSvalgaardは言う。太陽黒点の観測データは、太陽物理学のみならず、地磁気学、大気科学、気候科学など、広範にわたる分野の論文に引用されており、毎年の引用回数は約200回にもなる。

けれども、このプロジェクトは研究者の善意に頼る部分が大きい。ベルギーのSIDCでは、毎月、約90人の観測者(その3分の2はアマチュア)が、200年前の望遠鏡と同程度の性能しかない小型の光学望遠鏡を使って観測した太陽黒点の数を照合している。SIDCは、国際科学会議(フランス・パリ)が承認する世界データセンターの1つであるにもかかわらず、そこから資金提供を受けていない。さらにClette自身も、ベルギー王立天文台の天文学者としての「夜の仕事」のほかに、もう1人の「パートタイマー」と協力してデータベースの管理をしているのだ。

それでもCletteは、何百年も前の仲間と「共同研究」をすることが魅力的なのだと言う。例えばガリレオは「惑星やら何やらの研究で忙しく」、太陽の観測は時々しかやっていなかったが、彼のスケッチは非常に詳細だったため、太陽黒点群の磁気構造や、太陽磁気双極子の大きさと傾きに関する情報が得られるという。「ガリレオのスケッチから、今日のスケッチと同じ情報を得ることができるのです」と彼は言う。

それ以上にCletteを魅了しているのは、先達たちの先見性であるという。彼らはただ、後世の研究者の役に立つだろうと考えて、自分が見たものを忠実に記録していた。しかし、「こうした姿勢こそが科学の土台になるのです。最終的にどのような結果になるのか、気に病んだりしないのです」と彼は言う。

ベスビオ山を監視して170年

イタリアのナポリ湾岸にあるベスビオ火山は常に活動しているが、数千年に一度、特に激しい噴火を起こす。最も新しい大噴火は西暦79年に起きたもので、火砕流によってポンペイ市が滅亡したことはあまりにも有名だ。その前の大噴火が起きたのは約3800年前で、今日のナポリにあたる地域を高温のガスと岩石で覆い尽くしたと考えられている(Nature 473, 140-141; 2011参照)。この気性の荒い山を監視するために1841年に設立されたのが、ベスビオ火山観測所だ。世界最古の火山観測所であり、火山性地震の記録から噴火の危険を予知しようとしている。この観測所は、当初はベスビオ山の標高600mの山腹にあった。この位置は、火口から噴出する岩石の破片が届かない程度に山頂から遠く、小高い丘の上にあたるので溶岩流も回避できるからである。ベスビオ火山観測所の現在の所長であるMarcello Martiniは、「この観測所が、現在も続く火山学と地質学の研究方法を形づくってきたのです」と言う。

ベスビオ火山観測所は、現在は博物館になっているが、もともとはベスビオ山の火山活動を山腹から監視するために設立された。

Credit: Alinari/Getty Images

同観測所の初代の所長だったMacedonio Melloniは、溶岩の磁気特性について先駆的な研究を進め、後の古地磁気学(岩石中に記録された過去の地球磁場についての研究)の発展に、決定的な影響を及ぼした。また、第2代の所長であるLuigi Palmieriが1856年に発明した電磁式地震計は、従来の地震計に比べて地震動への感度が格段に高く、これを利用して噴火を予測することができた。現在、世界の火山活動の監視に用いられている観測装置の多くは、Palmieriの時代以降、ベスビオ火山観測所で開発されたものである。20世紀初頭には、同観測所の所長であるGiuseppe Mercalliにより火山活動を分類するスケールが考案され、このスケールは今日も用いられている。

観測所の建物は、今では設立当初とは違った目的に利用されている。ロードアイランド大学(米国キングストン)の火山学者Haraldur Sigurdssonは、「ベスビオ火山観測所が設立された時代には、観測所はできるだけ火口に近い場所にあることが重要でした。しかし、最近はそうとは限らないのです」と言う。今日では、地上に設置したセンサーを使った遠隔観測が主流になっており、ベスビオ山周辺のデータはイタリア国立地球物理学火山学研究所(INGV、ナポリ)の研究室へと送信されるようになった。そして、元の観測所の建物は1970年に火山博物館となった。

ベスビオ火山観測所が収集する観測データは、理論家に情報を提供するだけでなく、災害を予測して市民を守るためにも用いられる。実際、1944年の小規模な噴火の際には、このデータが大いに役立った。ナポリのINGVでは、ベスビオ山のほかに、シチリア島の北方にあるストロンボリ島と、ナポリの西にあるカンピ・フレグレイというカルデラと、ナポリ湾のイスキア島も24時間体制で監視している。けれども、未来の火山学は、危険であることがわかっている火山にセンサーを設置することではなく、どんな場所の地形変化でも調べることができる人工衛星に搭載したレーダーを使って、地質学者の予想にかかわりなく危険な領域を見つけ出せるようにすることだ。そうSigurdssonは言う。「我々は、火山の山腹に立つレンガとモルタルの建物に閉じこもるのではなく、国際的に協力して火山を監視するシステムの構築をめざすべきであり、地球規模の包括的な視野を持たなければならないのです」。

肥料の効果を検証して170年

一般に、長年にわたって続けられている研究プロジェクトを引き継いだ研究者は、研究の本来の形を保とうと努力する一方で、それが時代に合った研究となるよう工夫するものだ。2008年に一連の農業実験を引き継いだAndy Macdonaldも同じである。この実験は、無機肥料と有機肥料が農作物の生産量に及ぼす効果を検証するもので、1843年から続いている。

ロザムステッドでは、肥料がコムギなどの農作物の収穫率に及ぼす影響を調べる実験が1843年から行われている。

Credit: ROTHAMSTED RESEARCH

これらの研究は、肥料産業の祖とされる実業家のJohn Lawesがロンドン北部のロザムステッドにある邸宅の土地で始めたもので、窒素、リン、カリウム、ナトリウム、マグネシウム、堆肥の使用が、コムギ、オオムギ、マメ科植物、根菜類などの主要作物の収穫量にどのような影響を及ぼすかを調べるものだ。

ロザムステッド研究所で続けられている「古典的実験」の責任者であるMacdonaldは、「実験開始から20年か30年後には、各種の肥料の相対的重要性に関する基本的な疑問については、答えが出ていました」と言う。効果が最も大きいのは窒素で、次がリンであった。その後、実験の内容は定期的に更新されて、現在の農業技術に合った新しいアイデアを検証するものとなっている。例えば、実験が始まった当初は、当時の農家が栽培していたのと同じ背の高い穀物品種を使っていたが、背が低く収穫量の多い品種が主流になったのに合わせて、1968年以降、実験に使う品種も変更されている。Macdonaldによると、こうした新しい矮性品種は、従来の品種よりも多くの栄養分を土壌から奪い、より多くの肥料を必要とすることが明らかになったため、農家は施肥の方法を変えることになったという。

ミシガン州立大学W. K. ケロッグ生物学研究所(米国ヒッコリーコーナーズ)の所長Phil Robertsonは、「ロザムステッドは長期的農業研究の祖です」と言う。途切れることなく続いている実験データは非常に貴重だとRobertsonは指摘する。ロザムステッドでの実験は、長いタイムスケールの観察によって初めて明らかになるような、環境的・生物学的な傾向(土壌中の炭素貯留量の推移や外来種の影響など)を教えてくれるだけでなく、短いタイムスケールの研究(土壌中の窒素化合物の減少など)の土台にもなるからだ。

ロザムステッドのアーカイブには、実験開始当初からの植物と土壌のサンプルが約30万点も保管されている。2003年には、このアーカイブに保管されている1843年以降のコムギのサンプルから2種類の病原体のDNAが抽出され、産業活動で排出される二酸化硫黄の量が、どちらの病原体が優勢になるかを左右していることが明らかになった1

このような長期プロジェクトにとって、研究資金提供機関の興味を引き続けるのは一苦労だ。ロザムステッドは、政府からの資金提供と、競争的研究資金と、Lawesが生前に手配しておいた信託資金を組み合わせることで、なんとかプロジェクトを続けている。2012年に米国農務省の長期農業生態系研究ネットワークの立ち上げに参加したRobertsonは、「大きな成果が全く得られない間も、観察は続けなければならないのですから、資金提供機関の側からしてもたいへんなことです」と言う。Macdonaldの研究チームは、自分たちの歴史を誇りに思っている。「私は時々、170年前のJohn Lawesのことを考えます」と彼は言う。「私は、この実験がよい状態で次の世代に引き継がれるよう、環境を整える重大な責務を負っています。これは骨董品ではなく、今日の生きた科学コミュニティーの一部なのです」。

天才児の人生を 追跡して90年

1921年、スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の心理学者Lewis Termanは、自ら考案した「スタンフォード・ビネー式知能検査」を使って1500人以上の天才児を選抜し、彼らの発達・成長を追跡する研究を始めた。以来、研究チームは、1900年から1925年までに生まれた参加者を90年間にわたって追跡し、その家庭生活、教育、関心事、能力、性格を調べてきた。この研究は、世界で最初に行われた縦断的研究の1つであり、人間の発達に関する詳細な記録を最も長い期間にわたって蓄積するものとなっている。

Lewis Termanが1921年に始めた「天才の遺伝学的研究」は、人間の発達に関して最も長く続けられている研究の1つである。

Credit: STANFORD UNIV. ARCHIVE

この「天才の遺伝学的研究」と呼ばれるTermanの研究が始まった当時、天才児は病弱で、社交性に欠け、発育がいびつであるという偏見が一般に広がっていた。研究の主要な目的の1つは、この偏見を反証することにあった。しかし、当時の基準で見ても、Termanの研究デザインには多くの問題点があった。

例えば、研究対象となる天才児は、主に教師から推薦された児童に対して知能検査をするという行き当たりばったりの方法で選抜しており、その標本は母集団を正しく代表していなかった(結果として、参加者の90%以上が白人の上流または中流階級出身者で、Terman自身の子どもたちまで含まれるという有様だった)。さらにTermanは、天才児の人生を研究しようとしていたにもかかわらず、まさにその人生に介入してしまった。彼は、「Termanの天才児」と呼ばれるようになっていた参加者たちのために推薦状を書き、そのうちの数人がスタンフォード大学に入学できるようにしてやったのだ。

それでも、Termanは天才児を成人期まで追跡することにより、彼らが普通の子どもと同じように健康で、社会によく適応していることや、一般的には、成功した幸せな大人になることを示した。その後の研究者たちは、当初の研究方法を改良して、問題点の一部を克服しよう とした。

例えば、1980年代には、ハーバード大学医学部(米国マサチューセッツ州ボストン)の心理学者George Vaillantが、成人の発達に関する自分の長期研究を補充するためにTermanのデータを利用するようになり、「Termanの天才児」たちの死亡診断書を集め始めた。

さらに、カリフォルニア大学リバーサイド校(米国)の心理学者Howard Friedmanは、これらの記録を利用して、Termanの研究で最も重要な知見の1つを導き出した。それは、児童期と成人期で測定される「まじめさ」、すなわち、思慮分別、粘り強さ、計画性が、長寿を予言するカギとなる心理的因子であり、まじめな人は、そうでない人に比べて6~7年も長生きするという知見である2。「参加者の生涯にわたる縦断的研究データがなかったら、このことを発見するのは容易ではなかったでしょう」とFriedmanは言う。

縦断的研究はその時代の科学的流行とともに進化する、とスタンフォード長寿研究センターの所長Laura Carstensenは指摘する。新たに研究に参加する研究者は、新しい測定項目を追加したり、興味がなくなった項目や時代遅れになったと考える項目を修正したり、削除したりする。「例えば、今日では1900年とは全く異なる方法で、感情的幸福感を測定します」と彼女は言う。「縦断的研究のデータを眺めることは、多くの点で、心理学の歴史を書くことに相当するのです」。

ピッチが滴り落ちる 瞬間を待って85年

1961年、物理学者のJohn Mainstoneは、クイーンズランド大学(オーストラリア・ブリズベーン)にやってきて2日目、戸棚の中で34年間もひっそり続けられているという奇妙な実験を見せられた。それから50年が過ぎ、今でも彼はこの実験の管理をしている。そして、その最も劇的な瞬間を目撃しようと待ち構えている。

実験が始まったのは1927年だが、ピッチはまだ8滴しか落ちていない。

Credit: JOHN S. MAINSTONE, UNIV. QUEENSLAND

この実験が始まったきっかけは、同大学の初代の物理学教授だったThomas Parnellが、ピッチが液体としてふるまうこと、そして世界で最も遅い砂時計のように漏斗から滴り落ちることを学生に見せようと思い立ったことだった。ピッチは、タールを蒸留した後の残渣として得られる黒い物質のことで、低温ではハンマーでたたき割れるほどもろい。この実験で、ピッチが確かに漏斗から滴り落ちることが証明されたが、それは約6~12年に1滴という超スローペースであった。Mainstoneは、今年の終わり頃までに9滴目が落ちるかもしれないと期待している。

この実験から多くの成果が得られているとは言いがたい。実験開始から86年の間に執筆された科学論文は、ピッチの粘度が水の2300億倍であると計算した1本しかないのだ3。2005年には、ノーベル賞のパロディー版で、「人々を笑わせ、そして考えさせる」研究に対して贈られる「イグ・ノーベル賞」を受賞して、名誉なのか不名誉なのかよくわからない注目も浴びた(Nature 437, 938-939; 2005参照)。

しかし、この実験から得られる科学的知見はまだある。ピッチが滴り落ちる瞬間は、まだ目撃されていないからである。いちばん新しい滴が落ちた2000年11月には、実験を記録するウェブカメラが設置されていたが、たまたま故障していたため、ピッチがどのように滴り落ちるのか、厳密にはわかっていないのだ。また、天気、空調の導入、建物の改修作業による振動が滴下のペースに及ぼす影響を解明するには、さらに数十年の時間が必要になるだろう。

ピッチ滴下実験は、科学というよりは歴史的・文化的な価値がある、とMainstoneは言う。この実験は、彫刻家や詩人や作家が、時間の経過や現代生活のペースについて思いを巡らせるきっかけとなった。それはまた、科学の歴史や不変性の感覚にもつながる。「外の世界で生起するあらゆる騒乱を尻目に、ピッチは静かに滴り落ちてゆくのです」とMainstoneは言う。漏斗に残っているピッチの量を考えると、この静かな実験はあと150年は続くだろう。現在78歳のMainstoneは、自分がいなくなった後にこの実験を引き継いでくれる若い同僚をすでに確保しているという。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130626

原文

Slow science
  • Nature (2013-03-21) | DOI: 10.1038/495300a
  • Brian Owens
  • Brian Owensは、カナダのニューブランズウィック州在住のフリーライター。

参考文献

  1. Bearchell, S. J., Fraaije, B. A., Shaw, M. W. & Fitt, B. D. Proc. Natl Acad. Sci. USA 102, 5438-5442 (2005).
  2. Friedman, H. S. & Martin, L. R. The Longevity Project: Surprising Discoveries for Health and Long Life from the Landmark Eight-Decade Study (Hudson Street Press, 2011).
  3. Edgeworth, R., Dalton, B. J. & Parnell, T. Eur. J. Phys. 5, 198-200 (1984).