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塩味を感知するセンサー分子

塩は昔から最も一般的な調味料の1つである。また、甘味、苦味、酸味、うま味(食欲をそそる味)とともに、塩味は5つの基本的味覚を形作っている1

TMC-1を発現している化学感覚ニューロンを、蛍光タンパク質で染色した線虫。このTMC-1が、線虫では塩味の感知にかかわっているようだ。

Credit: WILLIAM SCHAFER

塩は生存に必須の栄養素であるが、その摂取には注意が必要だ。過剰な摂取が、細胞内外のイオンバランスや血圧調節を損なうこともあるからである。多くの脊椎動物や無脊椎動物において、塩はその濃度によって、誘引物質(おいしいもの)にも忌避物質(まずいもの)にもなることが知られている。

マウスの場合、低濃度の塩味は誘引応答を引き起こし、その際、上皮性ナトリウムチャネルが必要であることがわかっている。しかし、高濃度の塩味は忌避応答を引き起こし、その際、このチャネルは使われないことが判明している2。このような例はあるものの、生物が塩の主成分である塩化ナトリウム(NaCl)を感知する仕組みについては、ほとんど解明されていない。したがって、Nature 2013年2月7日号95ページで、塩味を感知するセンサー分子の有力な候補が報告されたことは3、きわめて興味深い。

Chatzigeorgiouらの研究チームは、線虫(Caenorhabditis elegans)において、膜貫通チャネル様タンパク質-1(transmembrane channel-like protein-1; TMC-1)の機能を調べた。複数回膜貫通型タンパク質のTMCファミリーとしては、ヒトでは8つ、線虫では2つ(TMC-1とTMC-2)が知られている。TMC-1の変異は、ヒトとマウスにおいては難聴を引き起こす。また、マウスにおいて、聴覚系の有毛細胞のTMC-1とTMC-2を欠損させると、機械刺激への応答を示さなくなることもわかっている4。しかし、TMCが正真正銘のイオンチャネルであるのか、それとも、有毛細胞の機械的センサーシステムの一部品なのか、まだはっきりしていない。

今回、Chatzigeorgiouらは、線虫では、ASHニューロンを含む少数の感覚ニューロンの中で、TMC-1が発現していることを明らかにした。感覚ニューロンは、先端部への触覚刺激を回避したり(線虫が前進中に先端部が物体に接触すると、進行方向を逆転させる)、高浸透圧、重金属、酸、高濃度の塩のような有害刺激を回避したりするために、重要な働きをしている5。特にTMC-1は、ASHニューロンの感覚シグナル伝達部位である感覚繊毛に発現しており、センサー分子そのものであるかのようにみえる。

そこでChatzigeorgiouらは、tmc-1遺伝子を欠失させた線虫を作り、その行動学的研究を進めた訳だ。その結果、TMC-1は塩の感知には関与しているが、グリセロールや銅などの忌避物質の感知や、先端部の接触などの機械刺激の感知には、全く関与していないことが実証された。また研究チームは、TMC-1を介する塩への忌避応答が、ナトリウムイオンに特異的であることも明らかにした。さらに、NaClを回避(感知)できないtmc-1変異型線虫に対して、そのASHニューロンに外因性TMC-1を発現させると、NaClが回避できるようになることも示した。

これらの結果は、ASHニューロンにおけるナトリウム感知に、TMC-1が特異的に寄与していることを明確に示している。しかし、TMC-1だけで塩感受性を十分に説明できるのだろうか? この疑問に答えるために、Chatzigeorgiouらは、塩に対して非感受性であるASKニューロンだけに、TMC-1を発現させてみた。すると、このTMC-1はin vivoで塩感受性に寄与したのである。

さらに、注目すべきことに、線虫のTMC-1を4つの異なる哺乳類細胞株で発現させると、すべてのケースで、高濃度ナトリウムによってTMC-1が活性化され、ナトリウムイオンの透過性を高まった。この透過性の亢進が始まる閾値は、NaCl濃度が約140 mMのところだった。この値は、線虫、マウス6、ハエ7において忌避応答が誘導されるNaCl濃度と一致している。

TMC-1が誘導する陽イオン電流は、主にナトリウムに応答して生じる。そしてこれは、興味深いことに、アミロライド(上皮性ナトリウムチャネル阻害剤)には非感受性である1。アミロライドは、マウスにおいて、低濃度のNaCl(10~150 mM)による誘引応答を阻害するが、より高濃度のNaClによる忌避応答を阻害しないことが知られている2

これらの知見とChatzigeorgiouらの研究チームのデータを合わせると、線虫においては、「TMC-1は、高濃度ナトリウムで活性化されるアミロライド非感受性イオンチャネルを構成している」と推論できる。ただし、哺乳類の味覚系におけるTMCタンパク質の役割については、まだ明らかになっていない。

では、線虫における遺伝学的研究から得られた今回のデータは、TMC-1とTMC-2が哺乳類の聴覚系における有毛細胞の機械的センサーシステムの一部である可能性(提案)4と、矛盾しないのだろうか? Chatzigeorgiouらは、TMC-1については、線虫の機械受容応答には関与していないことを示した。また、NaClを回避できないtmc-1変異体では、tmc-2変異を加えてもNaClに対する応答に変化はなかった。そのため、TMC-2については、塩の検知には必要でないと考えられる。とはいえ、tmc-2の転写産物は機械受容器(機械的な刺激の受容器)に豊富に見られるので8、他の感覚系と同様、線虫の機械受容応答におけるTMC-2の役割については、詳しく調べる必要がある。

それはともかく、今回、Chatzigeorgiouらの研究チームは、TMC-1が、細胞外のナトリウムイオンによって活性化されるイオンチャネルを構成していることを実証し、感覚(信号)の伝達におけるTMCタンパク質の新たな役割を明らかにした。また、ヒト細胞に線虫のTMC-1を導入すると、ナトリウムによって活性化される電流を引き起こすことが可能であることも示された。このことを考えると、哺乳類のTMCタンパク質のクローニングを行い、特徴を明らかにすれば、このタンパク質の機能について、さらなる手がかりが得られるかもしれない。

残された課題もある。TMCタンパク質は、イオンチャネルの孔形成サブユニットなのだろうか。それとも、まだ同定されていないイオンチャネルの調整物質(モジュレーター)なのだろうか。その他、さまざまな種におけるTMCタンパク質の生理学的役割の解明が待たれる。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130524

原文

Salty sensations
  • Nature (2013-02-07) | DOI: 10.1038/nature11946
  • Bertrand Coste & Ardem Patapoutian
  • Bertrand Costeは、CNRS-エクス・マルセイユ大学(フランス)、Ardem Patapoutianは、スクリプス研究所(米国)およびノバルティス研究財団ゲノミクス研究所(米国)に所属。
  • 編集部註:マウスでは、高濃度の塩により、苦味および酸味を感知する経路が活性化されるという報告が、Nature 2月28日号に掲載された9。苦味および酸味を感知する経路を欠失させると、塩に引きつけられる誘引行動は障害されないものの、塩に対する忌避行動が消失した。著者らは、苦味および酸味という2つの主要な忌避性味覚経路を、本来の目的から「転用」することにより、有害となりかねない多量の塩を含む食べ物を退けているのだろう、と結論付けている。

参考文献

  1. Yarmolinsky, D. A., Zuker, C. S. & Ryba, N. J. Cell 139, 234–244 (2009).
  2. Chandrashekar, J. et al. Nature 464, 297–301 (2010).
  3. Chatzigeorgiou, M., Bang, S., Wook Hwang, S. & Schafer, W. R. Nature 494, 95–99 (2013).
  4. Kawashima, Y. et al. J. Clin. Invest. 121, 4796–4809 (2011).
  5. Bargmann, C. I. & Kaplan, J. M. Annu. Rev. Neurosci. 21, 279–308 (1998).
  6. Bachmanov, A. A., Beauchamp, G. K. & Tordoff, M. G. Behav. Genet. 32, 445–457 (2002).
  7. Wang, Z., Singhvi, A., Kong, P. & Scott, K. Cell 117, 981–991 (2004).
  8. Smith, C. J. et al. Dev. Biol. 345, 18–33 (2010).
  9. Y, Oka. et al. Nature 494, 472-475 (2013).