Editorial

包括的核実験禁止条約を支える国際監視システム

2013年2月15日、ロシアのウラル山脈の町チェリャビンスクの上空を、隕石が猛スピードで通過した。発する光線で通勤客の目はくらみ、耳をつんざくような一連の爆発音とともに数千枚の窓ガラスが粉々になった。この様子は携帯電話や車載カメラで記録され、まもなくユーチューブにはロシア語解説のついたハリウッド映画ばりの“火の玉映像”があふれ出した。

Credit: Andrea Carvey, Mark Boslough & Brad Carvey.

この爆発を記録していたのは、地元住民だけではなかった。世界の十数か所に設置された監視ステーションでは、隕石が大気中で爆発した超低周波不可聴音信号をとらえていた。これらの監視ステーションは、より大規模なセンサーネットワークの一部であり、違法な核実験を検知する目的で建設された。この監視システムは、究極的には、全世界での核兵器研究を禁止する包括的核実験禁止条約(CTBT)の裏付けとなるものだ。

カナダと米国の科学者は、監視システムのデータを利用して、ロシア上空で爆発した岩石が、この1世紀以上の間に地球に到達した隕石としては、最大のものだったことをすばやく断定した。また、今回の隕石の爆発力は、大型の熱核弾頭に匹敵することも判明したが、爆発が起こった高度が十分に高かったため、幸い、衝撃波の大部分は大気に吸収されたこともわかった。

この出来事が、もし冷戦中でインターネットもなかった30年前に起こっていたとしたら、どうなったか。それを考えてみれば、この監視ネットワークの価値がよくわかる。チェリャビンスクから100km以内には、ロシアで最大級の核兵器製造・貯蔵施設がある。そこで予告なしの空中爆発が起こったわけだから、同国は最大級の警戒態勢をとり、一触即発の危機を迎えたのはほぼ確実だった。

現に、2月15日の隕石爆発の直後、右翼政党の国会議員ウラジーミル・ジリノフスキーは、「これは隕石の落下ではなく、米国による新兵器の実験だ」と主張した。ロシアの報道機関は、困惑気味に論評したが、もし別の時代なら、核戦争の引き金になったかもしれない発言だったからだ。

ロシアの隕石事件が起こる数日前、これより地味だが、政治的にはより重要性の高い事象が、CTBT国際監視ネットワークによって検知されていた。2月12日、北朝鮮が地下深部で3回目の核兵器実験を実施したのだ。CTBTネットワークの地震感知器は爆発を検出し、これまで北朝鮮で行われた核実験場所から数km以内の地点であることが突き止められた。別のデータ解析からは、核爆発の威力は数キロトンで、ロシアの隕石爆発よりかなり小規模なことも明らかにされた。

実は、北朝鮮での核爆発を検証する方法は、これ以外にほとんど存在しない。北朝鮮の朝鮮中央通信は、核兵器実験に関する声明文を報じたが、その信頼性は低い。米国、日本、韓国の感知器も核爆発による衝撃を検出したが、いずれも主権国家の保有する感知器であり、データがタイムリーに公開されることも、またそれを敵対国家が確認することも、普通はありえない。

CTBTネットワークの存在理由は、今回のような核実験の検知にある。このネットワークで核実験が見つかるということは、中国、米国、インド、パキスタンを含む8か国が条約批准に前向きならば、国際的な核実験禁止が実施可能であることを示している。CTBTは、1996年以降、批准を受け付けているが、残念なことに、近年は、条約発効への進展はほとんどない。

今回の隕石爆発のように、CTBTネットワークは、稼働開始以降、地震、津波、原子力事故の監視など、核実験以外の分野でも大きな成果を挙げてきた。国際センサーネットワークの建設と運営には、多額の費用がかかる。ウィーン(オーストリア)に本部を置くCTBT機構は、全世界に設置された321か所の監視ステーションと16か所の研究所、それにデータセンターとCTBT条約の支援活動に年間約1億米ドル(約95億円)の費用を費やしている。これらの資金はCTBT機構の加盟国(183か国)からの拠出金で賄われている。

この数年間で、数百人の科学者がCTBTデータを利用し始め、今後も数百人が新規利用登録をする可能性が高い。2月中旬の1週間の出来事は、たとえCTBT条約がなくても、CTBTネットワークが地球の居住安全性を高めていることを教えてくれた。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130532

原文

Eyes and ears
  • Nature (2013-02-21) | DOI: 10.1038/494281b