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iPS細胞の安全性に新たな裏付け

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2013.130407

原文:Nature (2012-01-10) | doi: 10.1038/493145a | Safety of induced stem cells gets a boost

Monya Baker

iPS細胞移植の免疫応答に対する懸念は過剰だったようだ。

患者自身の細胞から移植用組織を作り出すことができれば、拒絶反応を起こさずにすむだろう。そうした大きな期待のかかる幹細胞技術の前に垂れ込めていた暗雲が、Natureに最近報告された論文1によって払いのけられたようだ。

Credit: Masahiro Uda/Ref. 1

ヒトの細胞を再プログラム化して胚のような状態にすることができ、したがって体を作るどの細胞種も作り出せることが、2007年に初めて報告された。こうした人工多能性幹(iPS)細胞を使えば、遺伝学的には患者自身と同じで、拒絶反応の起こらない移植用組織を無限に得ることができる。例えば、糖尿病患者のための新鮮な膵臓組織や、パーキンソン病患者のための新しい神経細胞などだ。その広い用途に期待がふくらんだ。

iPS細胞の使用は、ヒト胚由来の幹細胞を使うことで起こる複雑な倫理的問題を回避する手段にもなると思われた。ところがその後、副作用の可能性を懸念する声が上がった。中でも悪いニュースをもたらしたのが、2011年に報告された研究2だ。マウスのiPS細胞を元の細胞の持ち主である個体に注入したところ、免疫応答が引き起こされ、iPS細胞の大きな長所の1つについて疑問が投げかけられたのである。

しかし今回Natureに報告された研究1は、そうした疑問を否定するものだ。放射線医学総合研究所(千葉市)の遺伝学者、安倍真澄のチームは、マウス由来のiPS細胞を作製し、それを同系マウス(一卵性双生児のように遺伝的に差がないマウス)に移植した。比較のため、研究チームは胚性幹(ES)細胞についても同様の手順で検討した。すると、iPS細胞とES細胞の場合で免疫応答に差異は見られなかった。これは、iPS細胞のほうがES細胞よりも引き起こされる免疫応答が大きいとした、2011年の研究とは異なる結果だ。また安倍たちは、マウスのiPS細胞およびES細胞に由来する皮膚細胞と骨髄細胞を同系マウスに移植する実験も行ったが、どちらも同じような結果になった。iPS細胞由来でもES細胞由来でも、移植した組織の免疫応答の大きさは変わらず、「区別できませんでした」と安倍は話す。

マサチューセッツ総合病院(米国ボストン)の幹細胞研究者Konrad Hochedlingerは、安倍たちの研究結果によって、おそらく「iPS細胞に対する人々の不安は鎮まるでしょう」と話す。「これは間違いなく安心材料になります」。

iPS細胞についての肯定的な研究結果は、2012年末にも報告されている3。再プログラム化の過程で生じる変異が、従来考えられていたよりも少ないことが明らかになったのだ。この研究では、高分解能のDNA解析法を使って、iPS細胞のゲノムとそれの元となった成人細胞のゲノムを比較した結果、iPS細胞にあるDNA変異の大半は、再プログラム化の最中に生じたのではなく、もともと親細胞に存在していたものであることがわかった。

ただ、カリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)の幹細胞研究者で、2011年の研究2の共著者でもあるYang Xuは、iPS細胞の引き起こす免疫応答に関する懸念が、今回の安倍たちの研究ですべて払拭される訳ではないと話す。彼が指摘するのは、安倍たちの研究で使われた皮膚細胞と骨髄細胞が、臨床使用で想定されるようにiPS細胞を培養で増殖・分化させたものではない点だ。iPS細胞をマウス初期胚に混ぜ込んで「キメラ状態」の胚を作り、その胚から育った成体マウスの皮膚細胞および骨髄細胞を移植実験に使ったのである。Xuによれば、それらのマウスが発生・成育する際に、最も免疫原性の高い(免疫応答を起こしやすい)細胞が拒絶され排除された可能性があり、安倍たちの観察した免疫応答が限定的だった理由はそれで説明がつくのではないかという。キメラマウス由来の組織を移植することは、臨床利用を前提とする実験として「不完全」だと彼は話す。

一方、キメラ胚の作製は、マウスiPS細胞が完全に再プログラム化されたかどうかを検証するための標準的な方法だと、ミネソタ大学(米国ミネアポリス)の臨床医Jakub Tolarは話す。ただし、体外の培養基内で細胞を分化させるのは、それよりはるかに難しいことも指摘する。iPS細胞療法ではヒト細胞を使うことになるが、ヒト細胞はマウス細胞と挙動が全く異なるかもしれないと彼は話す。「安倍たちの成果は役に立ちますが、培養された組織を実際に使うとなると、また話が違ってきます」。

Hochedlingerは、細胞移植に関してiPS細胞はES細胞と同じくらい有望だと考えているが、基礎研究から臨床に至るまでの間には多くの問題が立ちはだかっている。さまざまな細胞株が培養下でそれぞれ見せる増殖・分化の仕方の違いと比べれば、これら2種類の幹細胞の違いは小さな問題だと、彼は言う。

「現時点でマウスを使って解明されたことに基づけば、iPS細胞はES細胞と同じくらい優れており、また、同じくらい安全であるはずです」と彼は語った。

(翻訳:船田晶子、要約:編集部)

参考文献

  1. Araki, R. et al. Nature 494, 100-104 (2013).
  2. Zhao, T., Zhang, Z.-N., Rong, Z. & Xu, Y. Nature 474, 212-215 (2011).
  3. Abyzov, A. et al. Nature 492, 438-442 (2012).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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