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助成金の重複受給はチェックされているか?

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2013.130413

原文:Nature (2013-01-31) | doi: 10.1038/493588a | Funding agencies urged to check for duplicate grants

Eugenie Samuel Reich and Conor L. Myhrvold

複数の米国研究助成機関によく似た申請書が提出された事例は見つかったが、Natureの調査でも不正な重複受給は確認できなかった。 ただし、助成機関のチェック体制や判断基準には改善の余地がある。

カリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)の神経科学者Steven McIntireは、2001年11月、米国立衛生研究所(NIH)に対して、5年間にわたる総額160万ドル(約1億5200万円)の助成金申請書を提出した。しかしその際、わずか5か月前に、きわめてよく似た科学目標のプロジェクトに対して、米国陸軍から120万ドル(約1億1400万円)の助成金を受けたことは申告しなかった。いずれの研究も、線虫(Caenorhabditis elegans)において、エタノールに対する応答に影響を及ぼす遺伝子を探索するのが目的だった。線虫は、人間におけるアルコールの影響を解明するために広くモデルとして用いられている生物だ。

Harold Garnerは、類似テキスト検索ソフトウェアを使って、助成金申請書が重複している可能性を示した。

Credit: IVAN MOROZOV, VIRGINIA BIOINFORMATICS INST.

McIntireはもう研究には携わっておらず、今はスタンフォード病院(米国カリフォルニア州)で患者の診療にあたっている。McIntireの話では、この2件の助成金は、2つの異なる研究に対して交付されたものであり、陸軍からの助成金は、エタノール耐性遺伝子の探索に用いられ、NIHの助成金は、エタノール過敏症遺伝子を突き止めるために用いられたという(ここで断っておくが、McIntireをはじめ、この記事で紹介するすべての研究者に、不正行為への疑惑は存在していない)。

事実を再確認すると、NIHは、McIntireの助成金申請に対する専門家による審査や初期の評価段階においては、陸軍から助成金を受けた研究が存在することも、それがNIHに対して助成金申請した研究とよく似ていることも、気付いていなかった。結局、NIHは、この類似性をMcIntire自身から知らされたのだった。NIHは、助成金の重複交付を避けることを基本方針としている。したがって、この事例は、研究助成機関が助成金の重複交付を防ぐために実施しているスクリーニングの効果に対して、少なからぬ疑問を投げかけている。

「各研究助成機関は、仕事の多さに圧倒されており、別の機関に提出された助成金申請書を調べる余裕なんてないのです」。こう話すのが、バージニア州立理工科大学(米国ブラックスバーグ)のバイオインフォマティクス研究者のHarold Garnerだ。GarnerたちのComment論文(Nature 2013年1月31日号599ページ参照)では、過去10年間で、約7000万ドル(約67億円)の助成金重複交付があったと推定している。これだけの資金が、もっと独創的な研究に活用できた可能性があるということだ。

Garnerたちの概算は、一般公開されているデータベースに登録された米国の助成金申請を調べて得られたものだ。約85万件の助成金申請を対象として、テキストの重複をコンピューターで検索すると、重複申請の疑いのある案件が1300ほど浮かび上がった。Garnerの研究チームは、これらの事例を手作業で調べ、非常によく似た助成金申請を167件ほど割り出した。

Garnerたちは、助成金申請のファイル全体は閲覧できなかったために、より徹底した評価ができず、助成金重複受給の疑いを特定できるような形では、公表できなかった。ただ、Garnerたちは、そのデータをNatureのニュースチームに持ち込んだ。Natureニュースチームは、その後、米国情報自由法(FOIA)に基づいて、22組の非常によく似た助成金に関係する文書を入手した。そして、これらのファイルを調べた結果、約半数の10件については、さらに調査を進めることが妥当だと判断された(「助成金の重複受給」参照)。

このことは、コンピューターによる重複テキストの検索が、「修正が必要な重複的な助成金申請書を発見する1つの方法」となりうることを裏付けている、とGarnerは言う。こうした結果に基づいて、各助成機関は、助成金額を減らしたり研究目標の変更を求めたりする対応がとれる。

助成金申請書を電子的な道具で作成して提出するのが当たり前になって以降、重複受給の可能性は高まってきている、とKaren Markinは言う。Markinはロードアイランド大学(米国プロビデンス)の研究企画担当部長で、助成金調達の監督も職務の1つとしている。既成の文書から新しい文書へのカットアンドペーストが簡単にできるようになったのも理由の1つだ、と彼女は言う。

一方、米国議会もこの問題に対する関心を強めている。議会の政府説明責任局は、2012年の監査(www.gao.gov/duplication)において、NIHと米国国防総省が、健康研究に対する助成金の重複を避けるための努力を強化すべきだと結論付けた。

Natureによる助成金ファイルの調査・検討でみえてきたことは、助成金申請において類似点の有無を調べたのかどうか、また、重複の疑いが生じたときにどのような措置を実施したのかといった問題点について、米国の研究助成機関がきちんとした文書を作成するケースは少ないということだ。このような疑問に対して、研究助成機関は、さまざまな対策をとっていると答えている。例えば、研究者とその所属機関に助成金の重複申請を申告させるのはもちろんのこと、専門家による審査過程で助成金交付前に重複を発見されるケースも多いと言っている。

McIntireの事例では、重複の疑いが明るみになったのは、NIHの助成金交付より前ではあったが、助成金申請の専門家審査からはかなり時間が経っていた、とNIHは説明している。これとは対照的に、米国陸軍が、後日McIntireがNIHの助成金を受給したことを知ったのは、McIntireの研究進捗状況報告書の審査をしていた2003年になってからだった。これは、Natureが米国情報自由法によってNIHと陸軍から得た助成金ファイルや証言からわかった。McIntireは、NIHに情報開示した際に、2つのプロジェクトは当初は重複していたが、その後、十分に区分して、「2つの助成金による研究の間に新たな相乗効果が生まれたかもしれないが、科学的重複や財政的重複はなかった」と記した。

規制の迷路

助成金申請においては、どの程度の重複までなら許されるのだろうか。これについては、複雑に絡み合った現行制度をうまく切り分ける必要があり、そう簡単には決められない。

例えばNIHは、その助成金が交付されるプロジェクトの間に、いかなる科学的重複が生じることも禁じている。これに対して米国立科学財団(NSF)は、複数の研究助成機関に対して同じ助成金申請を行っている場合には、助成金申請書の表紙にその旨を記載し、交付を受けた助成金に変更点があれば、進捗状況報告書を用いて通告するよう要請している。一方、米国国防総省は、この種の通告を常に要求している訳ではないが、重複が起こらないようにする責任を研究者に負わせている。

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(米国)で研究倫理を研究するC. K. Gunsalusは、適用される規則の中身が助成機関によってばらばらで、現場での慣行にも一貫性がない、と指摘する。「要するに泥沼状態なんです」と彼女は言う。そのため、混乱の生じる余地が非常に大きい。

例えば、カリフォルニア大学デービス校の医学研究者Allen Gaoの例を挙げよう。彼が、陸軍から前立腺がんにおけるアンドロゲン受容体シグナル伝達に関する研究に対して助成金を獲得したとき、陸軍の職員はGaoに対して、2001年にNIHから交付された助成金と重複するのを防ぐため、研究目標を変更するよう要請した。そこでGaoはその変更をしたうえで、今度はNIHに対する2002年の進捗状況報告書で、その陸軍からの助成金について開示した。するとNIHの職員は、彼らの言う「広範囲にわたる協議」をGaoとの間で始めた。その結果、NIHは、これら2つの助成金の重複は解消されていないと結論付け、NIHの助成金を7万5000ドル(約710万円)減額したのだ。「もうこの問題は解決済みだと信じています」とGaoはこぼす。

研究者は、助成金獲得活動において許容される行動の限界を明確にしたい、してほしい、と願っている。NIHは、複数の研究助成機関に類似の申請書を提出する研究者が、ほかの助成金に関する開示をしなくても問題はない、と説明する。なぜなら、こうした情報が必要になるのは、助成金交付が最終決定される直前の段階になってからだからだ。

一部の研究者は、すでに、この原則に従って行動している。Garnerの検索で明らかになった1つの事例では、ロチェスター大学(米国ニューヨーク州)の医学研究者Michael Zuscikが、陸軍とNIHに同じ内容の助成金申請書を提出していた。しかし、Zuscikは、審査の過程でNIHへの申請書を修正するよう要請され、結局、陸軍への申請書との重複を解消したという。「同じ研究テーマで、見込みのありそうな複数の研究助成機関に申請書を提出するのは、普通に行われている行為です。どれかに当たらないと、研究費が確保できないからです」。

Zuscikは、陸軍の助成金を使って、マウスにおける骨折治癒に対するニコチンの影響を検証し、NIHの助成金で、同じ過程に対するタバコの煙の影響を検証した。これらはもちろん、2つの異なる科学研究だが、同じ対照実験が必要となる部分がある。Zuscikは、科学的厳密性を確保するには、その同じ対照実験を繰り返すことが必要なのだと言う。ただ、ZuscikからNIHに対して、陸軍からの助成金を申告したことは助成金ファイルで明らかになっているが、Natureが陸軍から聞いたところでは、陸軍は、NIHの助成金について把握しておらず、現在、この2つの助成金を調査中で、両者間の重複の有無を調べているという。

ノースカロライナ大学チャペルヒル校の地理学者であるMichael Emchは、同じ研究者が複数のプロジェクトを実施する場合、少なくとも何らかの知的重複性が生じるのは不可避だ、と主張する。彼が受給する研究助成金のうちの2件がGarnerの検索で引っかかったが、その理由は、2つの研究のタイトルが同じで、抄録も似ていたからだ。その後、助成金申請書すべてを調査してみると、仮説、そして、研究方法を説明するテキストのかなりの部分に類似性があることが明らかになった。しかしEmchは、2つの助成金の申請において、人件費や実験器具のような費用項目について、決して重複請求などしていないと語った。Emchの研究プログラムは、きわめて広範囲にわたっており、NSFからの助成金で一般的な医学地理学的手法を開発し、NIHの助成金は、その手法をコレラ研究に応用するために使ったと言う。

このような助成金の重複が生じるケースは、知的な理由だけでなく実用的な理由も考えられる、とGunsalusは指摘する。大型プロジェクトを構想する研究者は、1つのプロジェクトにおいて、さまざまな方法による研究を計画することがある。そのため、その1つ1つについて、似かよった助成金を申請することがある。また、1つの研究助成機関からプロジェクト立ち上げ用の元手研究資金を得て、その後、別の研究助成機関からさらなる資金を得ようとする場合もある。

それでもGarnerは、研究助成機関は重複についての定義を定め、より一貫性のある規則を定める必要があると主張する。彼は、テキストの重複を自動的に抽出できる助成金の集中データベースを構築する構想を支持している。それでも、重複の存在を突き止めるには、人手による審査は必要だ。「助成金の平均額は、約45万ドル(約4300万円)です。人手による数日間の労働で重複が避けられるのなら、やってみる価値はあると思います」とGarnerは言う。

(翻訳:菊川要)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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