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インスリンとその受容体の結合

インスリンは、生理学および生化学の分野で非常に重要なペプチドホルモンだ1。1921年に初めて単離され、その後ほどなく、糖尿病患者の命を救うために実際に使われ始めた。その成果およびその後に行われたインスリンの研究に対して、いくつもノーベル賞が贈られてきた。その一例として、1969年には、インスリンの三次元構造がX線結晶解析により決定された。しかし、精力的な研究にもかかわらず、インスリンとその受容体との結合の仕組みは、原子レベルでは解明できないままだった。今回、John G. Mentingらによって、そのようすが初めて明らかになり、Nature 2013年1月10日号241ページで報告された2

これまで、タンパク質結晶学を用いた研究によって、ホルモン、増殖因子およびサイトカインが各々の受容体に結合した構造が、多数解明されてきた3,4。通常、このようなリガンド-受容体系の構造は扱いやすい。なぜなら、受容体のリガンド結合ドメインは、結晶構造解析に適した大きさであり、多くは細菌に産生させて大量に得ることができるからだ。そのうえ、これらのリガンド-受容体の結合様式は比較的単純で、結合にかかわる受容体のサブドメインは1個か2個であり、2個の場合でもアミノ酸配列上で隣接していた。ところが、インスリン受容体タンパク質の場合、試料を取得する段階で、多くの課題が立ちはだかっていた。

インスリン受容体は細胞表面にあり、「受容体型チロシンキナーゼファミリー」に属している5。このファミリーは、1回膜貫通型タンパク質で、リガンド(多くは増殖因子)と結合する領域は細胞外に、そしてチロシンキナーゼドメインを含む領域は細胞質にある。チロシンキナーゼは、受容体自身やほかのシグナル伝達タンパク質にある特定のチロシン残基をリン酸化する酵素だ。多くは、リガンドが結合すると二量体を形成し、一方の細胞質ドメインが他方の細胞質ドメインのチロシンリン酸化を促進することで、受容体を活性化する6

しかし、インスリン受容体は、リガンドが結合しなくても、ジスルフィド架橋によってすでにこの「二量体の形」になっている(詳しくは、すぐ後で説明する)。そこにリガンドであるインスリンが結合すると、受容体のコンホメーションに変化が起こって、2つの細胞質ドメイン間で相互リン酸化が開始すると考えられている。

インスリン受容体は、2種類のポリペプチド鎖(α鎖およびβ鎖)の各2個ずつから構成される。α鎖(723アミノ酸残基)は、完全に細胞外にあり、高度にグリコシル化されている。一方のβ鎖(620残基)は、細胞外領域から始まって、単一のαヘリックスからなる膜貫通領域を経て細胞質領域となり、この細胞質領域にチロシンキナーゼドメインがある(図1a)。α鎖とβ鎖は、1個のジスルフィド架橋を介して連結されてαβ複合体となっていて、これがインスリン受容体の「半分」を形成している。「半分」というのは、前に述べたように、このαβ複合体2対が少なくとも2か所(4か所可能)のジスルフィド架橋により連結されたものが、インスリン受容体だからだ。各αβ複合体の細胞外領域は、一連の折りたたまれたドメイン(L1、C、L2、F1、F2およびF3)を含んでいる(図1a)。

図1:インスリンとその受容体との結合
2つのαβ複合体のうち、前面を青色、背面を緑色かつアスタリスク()を付けて表示した。またL1とL1は、濃い色にしている。
a 二量体を形成したインスリン受容体。αCTはF2の前半部分から始まり、他方のαβ複合体のL1に向かって折りたたまれている。
b,c apoインスリン受容体8の細胞外領域の結晶構造の正面(b)と90°回転(c)。赤い円は、片側のインスリン結合部位。
d Mentingら2が明らかにした、インスリンと受容体のL1およびαCTとの結合のようす(L1の視野角はcとほぼ同じ)。相互作用残基の側鎖は棒状に表している(受容体のL1は青色、αCTは緑色、また、インスリンのA鎖はピンク色、B鎖は紫色)。
e 背面のαβ複合体を、apo受容体(c)と重ねたもの。

インスリンは2種類のポリペプチド鎖(21残基のA鎖と30残基のB鎖)で構成されている。その中にはジスルフィド架橋が、A鎖とB鎖の間に2か所、またA鎖内にも1か所存在する。

これまでの生化学実験1,7から、1つのインスリン分子は、ナノモル以下の親和性で、二量体受容体と1:2の化学量論的な比例関係で結合し、その受容体を活性化することがわかっている。また、受容体にはインスリン結合部位が2か所(図1bのインスリン受容体の左右)存在し、それぞれの結合部位は2つの異なる結合面からなる。主要結合面は、一方のαβ複合体のL1ドメインと、他方のαβ複合体のα鎖のカルボキシ末端領域(αCT)で構成され、もう1つの結合面は、他方のαβ複合体のF1およびF2の連結部近傍のループ領域で構成される。

2006年には、今回の研究にも参加した数名の研究者らによって、apoコンホメーション(インスリンを含んでいない構造)だが、二量体を形成したインスリン受容体の細胞外部分の原子構造が決定された8。この結果から、リガンドと相互作用する部位は、逆平行に並んだ2個のαβ複合体による逆V字型であることが初めて示された(図1b、c)。この実験では、結晶化の作業時に加えたはずのインスリン模倣ペプチドを電子密度図では確認できなかったことから、インスリンは受容体に結合していなかったのではないかと推測された。

今回、Mentingたちは、同様の戦略をいくつか組み合わせて、インスリンの存在下で、主要結合面(L1とαCT)のみを含む短縮型のα鎖を結晶化した。αCT領域がL1からかなり離れているという問題を解決するため、彼らはαCT領域を合成ペプチドとして加えたり、短縮型α鎖分子のC末端に挿入したりした。すると、電子密度図には受容体とともにインスリンが現れた。インスリンと受容体との結合をとらえることに成功した瞬間だ。

Mentingらが決定した4つの結晶構造から、L1ドメインとインスリンとの直接的な相互作用はほんのわずかであることがわかった(図1d)。L1表面の平らなβシートから伸びる疎水性残基は、これまでインスリン結合の「ホットスポット」とされていた1が、このほとんどはインスリンではなくαCTヘリックスと接触していて、実際にインスリンと密に接触するのは、αCTヘリックスであることが明らかになったのだ。

インスリンの結合により、インスリン自体とαCTの構造に変化が起こる(L1は明確には変化しない)。インスリン単体では、B鎖のC末端の残基はインスリンの内側に包み込まれているが、インスリンがαCTに結合すると、B鎖のC末端はインスリンの中心部から引き離される。この結果から、インスリンが受容体に結合すると構造に変化が起こる1という、長年の予測が正しかったことが立証された。しかし、αCTの挙動は予想外だった。apo構造では、αCTヘリックスはL1に結合しているのだが、インスリンが結合すると、L1表面に接しているこのヘリックスの位置に変化が起きる。その結果、αCTへリックスは、L1だけでなくインスリンとも相互作用できるようになるのだ。

今回のMentingたちの構造解析結果からは、受容体活性化機構の解明につながる手がかりも得られた。インスリンが結合した構造のL1ドメインと、apo構造のL1とを重ねて見ると、インスリンがαCT-L1に結合するためには、もう片方のαβ複合体(αCTを供給している側)のF1・F2結合面付近に、明らかに構造変化が生じていることがわかった(図1e)。この結果は、インスリンの結合によって受容体の細胞質キナーゼドメインの相互リン酸化が開始される構造機構の基礎に、この変化がかかわっていることを明確に示している。しかし、このコンホメーション変化の特徴や、それがどのようにキナーゼドメインの位置を変化させるのかは、まだ解明されていない。

速効性インスリン類似体が糖尿病患者の治療に使用されてずいぶん経つが、インスリンの三次元構造の情報はそうした薬剤開発に役立ってきた9。今回得られた結果は、インスリン研究の最新の成果であるだけでなく、受容体への親和性をより高めたり、あるいは望ましい薬物動態を持たせるなどした、新しいインスリン類似体の開発に役立つだろう。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130430

原文

Insulin meets its receptor
  • Nature (2013-01-10) | DOI: 10.1038/493171a
  • Stevan R. Hubbard
  • Stevan R. Hubbardは、ニューヨーク大学医学系大学院(米国)に所属。

参考文献

  1. Ward, C. W. & Lawrence, M. C. Front. Endocrinol. 2, 76 (2011).
  2. Menting, J. G. et al. Nature 493, 241–245 (2013).
  3. Stroud, R. M. & Wells, J. A. Sci. STKE 2004, re7 (2004).
  4. Wang, X., Lupardus, P., Laporte, S. L. & Garcia, K. C. Annu. Rev. Immunol. 27, 29–60 (2009).
  5. Lemmon, M. A. & Schlessinger, J. Cell 141, 1117–1134 (2010).
  6. Hubbard, S. R. & Miller, W. T. Curr. Opin. Cell Biol. 19, 117–123 (2007).
  7. De Meyts, P. Trends Biochem. Sci. 33, 376–384 (2008).
  8. McKern, N. M. et al. Nature 443, 218–221 (2006).
  9. Pandyarajan, V. & Weiss, M. A. Curr. Diab. Rep. 12, 697–704 (2012).