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転移中の乳がんをキャッチ

がんの原発巣から離れ、血液中を循環している乳がん細胞を捕らえて分析したところ、がんの転移に関する有力な仮説である「上皮-間葉転換(EMT)」を支持する、これまでで最も強力な証拠が得られた。

血液中を漂っているがん細胞のうち、本来の細胞型(上皮細胞、緑色)から別の型の細胞(間葉細胞、赤色)へと転換した細胞は、転移ができるようになる。

Image courtesy of Min Yu

Science誌に掲載されたこの研究1では、血液中からがん細胞を選び出すために、これまでより優れた手法が用いられた。この技術によって、いずれは、侵襲的な生体組織検査という手段をとらずに、がんの転移を追跡できるようになるかもしれない。

「これが幕開きとなって、血液中を循環しているがん細胞に注目した研究が一気に増えるだろうと思うと、ワクワクします」と、マンチェスター大学にある英国がん研究所の研究者Caroline Diveは言う。

現在のがん治療の多くは腫瘍の成長を抑えることに的を絞っているが、実は恐ろしいのは転移である。がんで命を落とすのは、ほかの組織にまでがん細胞が広がった場合が最も多い。しかし、転移を抑える治療法や薬を開発するには、まず、どのようにして細胞が腫瘍から離れ、血流へと入り、新たな組織に定着するのか、その仕組みを理解する必要がある。

がん細胞がどのような仕組みで転移するのか、長い間研究者たちは頭を悩ませてきた。肺や乳房の表層の細胞など、がんになる上皮組織の細胞は、通常は互いにくっつき合う性質を持つので、血液中を漂いながら移動するのには適さない。そこでEMTという考え方が登場した。正常な胚発生の過程では、あちらこちらに移動する間葉細胞が生まれる2。そこで、この間葉細胞で働いている経路が、がん細胞で活性化されているというのがEMT仮説なのだ。すでに薬学の分野では、転移のきっかけとなるこのEMTを標的とした新薬開発研究が熱心に進められている。

しかし、がんの転移にEMTがかかわっている証拠は、これまではほとんどが動物モデルで得られたものだった。また、血液中を循環するがん細胞の分析には限界もあった。これまでの技術では、上皮細胞だけが取り出される傾向が強かったからである。「先進技術ではあったのですが、たとえEMTが起こっていたとしても、間葉系のがん細胞を見逃してしまう危険性が常にあったのです」とDiveは語る。

そこで、マサチューセッツ総合病院がんセンター(米国ボストン)のDaniel HaberとShyamala Maheswaranのチームは、血液中を循環するがん細胞を同定するために、新たな1セットのマーカーを開発した。この新しいマーカーを使って調べてみると、血液を循環するがん細胞には間葉細胞の特徴を示す細胞が数多く存在すること(したがって、EMTが起こっていること)が確かめられた。研究チームはさらに、乳がんの化学療法を受けている患者11人で血液中のがん細胞を追跡し、その遺伝子発現の特徴を調べた。

すると、治療に対してがんが反応しているときには、血液中のがん細胞のうち、間葉細胞の特徴を示す細胞が減っていくことがわかった。しかし、治療効果が得られなくなると、間葉系のがん細胞が再び増加したのだった。

Haberのチームは今後、患者数を増やし、さらに、ほかのがん種についても研究を続ける計画だ。もしも今回と同じような結果が得られれば、薬の開発に役立つ新しい標的がいくつも見つかるかもしれないと、ドイツのハンブルク大学エッペンドルフ医療センターでがんの研究をしているKlaus Pantelは言う。

また、Pantelが指摘するように、血液中のがん細胞の多くは、間葉細胞と上皮細胞の両方の特徴を有していた。そうなると、狙いを変えて、間葉細胞、上皮細胞という区切り方だけでなく、その中間の性質を持つ細胞を探す必要があるかもしれない。「完全に変化を遂げて間葉細胞の状態になった細胞は、実はそれほど悪性ではないのかもしれません」とPantelは言う。

翻訳:宮下悦子

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130403

原文

Breast cancer caught in the act of spreading
  • Nature (2013-01-31) | DOI: 10.1038/nature.2013.12342
  • Heidi Ledford

参考文献

  1. Yu, M. et al. Science 339, 580-584 (2013).
  2. van Denderen, B. J. W., & Thompson, E. W., Nature 493, 487-488 (2013).