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低酸素環境で、造血幹細胞が 維持される仕組みを解明!

なぜ低酸素環境か?

–– 幹細胞のニッチとは何のことですか?

田久保: 生体内の細胞は、単独では生きていくことができません。周囲の細胞、タンパク質、イオンなどの環境に常に依存し、そこからさまざまな情報を得ています。このような細胞を取り巻く微小環境をニッチと呼んでおり、幹細胞においてもその重要性が注目されています。幹細胞の種類にもよりますが、周囲に特殊な細胞が存在する必要があったり、カルシウムイオンが多く必要になったりすることがわかっています。

幹細胞には、自己複製能と多分化能という、2つの大きな特徴があります。これらの分子メカニズムに迫ろうと、内外の研究者がさまざまなアプローチを試みていますが、ニッチを解明するのも1つの方法論となっています。

図1:造血幹細胞が低酸素環境で維持される分子機構。低酸素環境では、転写因子HI F-1αが活性化され、Pdk2とPdk4の産生が高まる。これらはミトコンドリアのPDHを抑制し、老化につながる活性酸素種の産生を低下させる。一方で、酸素を必要としない解糖系によるエネルギー産生を高めて幹細胞を維持し、老化させないようにする。

––造血幹細胞と低酸素環境に着目された理由は何ですか?

田久保: 幹細胞の中でも特に造血幹細胞を使い始めたのは、研究の歴史が古く、細胞を入手しやすいからです。また、すでに骨髄移植が確立しているので、得られた研究成果を臨床につなげやすいのではないかとも考えました。

一方、低酸素環境に注目した理由は二つあります。1つは、造血幹細胞がいる骨髄は骨に囲まれていて、血管も少なく、酸素が乏しい環境だろうということです。もう1つは、医学部時代に血管の機能と低酸素環境の関係について研究しており、低酸素研究に慣れ親しんでいたことです。

–– 造血幹細胞はどのように生まれ、増えるのですか?

田久保: 造血機構は、発生初期とそれ以降で大きく異なります。受精卵から発生する過程で分裂して血液を作り出すのは、卵黄嚢由来の造血細胞です。その後、胎児の血管から幹細胞が作られ、それが肝臓を経て骨髄に移動すると、一生涯にわたって血液細胞を作り続ける造血幹細胞になります。成人の造血幹細胞は分裂速度が非常に遅く、「数か月に1回ほど」とされています。成人の血液量は4〜6Lですが、造血幹細胞から作られる前駆細胞が盛んに分裂して、供給しています。

低酸素環境中で働くタンパク質

–– 具体的に、どのように研究されてこられたのでしょう?

田久保: まず、細胞が低酸素環境におかれたときに発現レベルが上がる因子の中で、造血幹細胞中でも発現レベルが高くなっているものを探しました。そして、HIF-1αという転写因子を特定しました1。例えば大量出血などで細胞が低酸素状態に陥ると、このHIF-1αタンパク質はHIF-1βと結合してDNAに直接作用できるようになり、分単位でエリスロポエチン遺伝子や血管新生因子の遺伝子などを活性化することが知られています。

2010年に私たちは、マウス造血幹細胞のHIF-1α遺伝子が、分化細胞よりも活性化していることを明らかにしました。そこで、HIF-1α遺伝子を欠失させた造血幹細胞を作って詳しく調べました。すると、幹細胞としての機能が失われており、遅いはずの分裂速度も速くなっていました。このことは、幹細胞が老化していくことを意味しています。

そして今回、そのメカニズムを解明することに成功したのです。HIF-1α遺伝子を失った造血幹細胞では、幹細胞で活性化されているはずの解糖系が抑制され、逆に抑制されているはずのミトコンドリアの代謝系が活性化されていることが判明しました。

さらに、HIF-1α遺伝子が下流でどのような遺伝子の発現を上げているかを調べ、Pdk2Pdk4という2つの遺伝子に行き着きました2。解糖系の後に、ミトコンドリアの代謝経路があって、この経路を活性化させるのがPDH(ピルビン酸脱水素酵素)です。そしてこのPDHを働かないようにする酵素の総称が、Pdk(ピルビン酸脱水素酵素リン酸酵素)です。

これらの一連の結果は、低酸素下にある造血幹細胞中においては、HIF-1αタンパク質が安定化することでPdk2とPdk4が作られ、これらの酵素が造血幹細胞に特異的な代謝を制御していることを強く示唆しています。

–– メタボローム解析とノックアウトマウスによる解析もされましたね。

田久保: はい、共同研究者である、慶應義塾大学の鶴岡キャンパスにある先端生命科学研究所の曽我朋義教授にお願いして、造血幹細胞と分化した細胞の中にそれぞれ存在する代謝物を網羅的に解析していただきました。その結果、「造血幹細胞では、解糖系が活性化している」という証拠を得ることができました2

また、同じく共同研究者であるインディアナ大学(米国)のRobert Harris博士にPdk2Pdk4の両遺伝子をノックアウトしたマウスを作っていただきました。このマウスを解析したところ、予想どおり、解糖系の活性が低下し、ミトコンドリアの代謝経路が活性化されていることがわかりました。

個体レベルでは、正常なマウスの造血幹細胞は免疫不全マウスの骨髄に生着し、正常な血液細胞を作り出します。ところが、このノックアウトマウスの造血幹細胞で同様の骨髄移植をすると、生着能が大きく低下しました。つまり、ノックアウトマウスの造血幹細胞は、代謝状態が変化したために移植というストレスに耐えられず、分裂能も多分化能も失った(つまり老化しやすくなった)ことがわかりました。

私たちは、HIF-1α遺伝子やPDK遺伝子によって引き起こされる一連の応答が、造血幹細胞だけでなく、幹細胞全般に普遍的な現象ではないかと考えています。ノーベル医学生理学賞を受賞された京都大学の山中伸弥教授も、「線維芽細胞からiPS細胞を作る際には、低酸素環境がその作出を促進させる」と報告されています。また、私の論文発表以降、神経幹細胞や間葉系幹細胞などでも、類似の成果が報告されるようになりました。

図2:マウス造血幹細胞由来コロニー。マウスの造血幹細胞を取り出して培養すると、分裂を繰り返し、中途半端に分化した血液細胞ができてしまう(左)。ところが造血幹細胞のPDK 遺伝子活性を抑制すると、小さなコロニーのままでほとんど分裂せず、幹細胞としての機能を維持し続ける(右)。

応用への可能性

–– この成果は、どのような医療応用が可能でしょうか?

田久保: 1つは、Pdk2やPdk4を操作することで、造血幹細胞を体外で、必要なときに必要な量だけ増やす技術開発が可能になるかもしれません。実際に私たちは、取り出した正常マウスの造血幹細胞を対象に、PDK遺伝子の機能を模倣する化合物で処理して、解糖系を上げ、ミトコンドリアの代謝系を下げる実験を試みました。そして、このような細胞は、通常の培地において、小さなコロニーのままほとんど分裂せず、幹細胞としての機能を維持し続けることを確認しました2

骨髄移植は1960年代の終わり頃から始まり、技術、安全性、有効性などが確立された数少ない再生医療といえますが、ドナー不足が深刻です。人工的に増やせれば、ドナー不足を解消できるほか、まれなタイプのHLA型にも対応できるようになるでしょう。

もう1つは、PDKタンパク質が、白血病のマーカーや治療ターゲットになるのではないか、という可能性です。がんの中には「がん幹細胞」と呼べるものがあり、きわめてゆっくりと増殖することや、抗がん剤が効きにくいことなどがわかっています。もし、こうしたがん幹細胞でもHIF-1αタンパク質によってPDK遺伝子の発現レベルが上がっているとしたら、そのような細胞の解糖系を抑制し、ミトコンドリアの代謝系を上げることで根治が可能になるかもしれません。

さらに、iPS 細胞やES細胞から造血幹細胞を誘導する技術、逆に、線維芽細胞などの体細胞から造血幹細胞を作り出すダイレクトリプログラミングなどへの道も、ここから開けるかもしれません。

私自身は、マウスとともにヒトの臍帯血などを使って、ヒトの造血幹細胞の人工増殖法を開発し、トランスレーショナルリサーチ(橋渡し研究)につなげていきたいと考えています。

–– ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

田久保 圭誉(たくぼ・けいよ)

慶應義塾大学医学部坂口光洋記念講座(発生・分化生物学)専任講師(テニュアトラック)。2003年、慶應義塾大学医学部卒業、07年、慶應義塾大学医学部大学院医学研究科修了(医学博士)。日本学術振興会特別研究員、慶應義塾大学医学部助教などを経て、2013年より現職。

田久保 圭誉氏

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130422

参考文献

  1. 1. Takubo,K. et al. Cell Stem Cell 7, 391-402 (2010).
  2. 2. Takubo,K. et al. Cell Stem Cell 12, 49-61 (2013).