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コンクリート・ジャングルの生態学

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2013.130312

原文:Nature (2012-11-22) | doi: 10.1038/491514a | Life in the concrete jungle

Courtney Humphries

人々と建物、野生生物、環境汚染が、都市でどう作用し合っているかを生態学の視点でとらえる「都市生態学」が注目を浴びている。

米国マサチューセッツ州ボストン市のプルデンシャル・タワーの屋上で、Nathan Phillipsは眼下に広がる大都会のさまざまな営みを見下ろしていた。このくらい高い場所だと、車のクラクションやブレーキ音、街路に飛び交う話し声などの騒音はほとんど届かず、風の吹く音が聞こえるばかりだ。地上の空気は風で運ばれてくるうちに浄化され、都会にありがちな悪臭はまるで漂ってこない。「この屋上の大気環境は、ボストンのほかの部分とは本質的に異なっているのです」と、ボストン大学で生態学研究に携わるPhillipsは話す。

彼がタワーの屋上にやってくるのは、この汚染物質が拡散されてしまった空気があるからだ。Phillipsはボストン上空を流れる空気を捕捉するために、本の大きさくらいの空気採取装置を、屋上の四隅に1個ずつ設置した。採取された空気試料は、黒いチューブでタワービル内のタンクに送られると、二酸化炭素、一酸化炭素、メタンや水蒸気の量が自動的に解析される。

ボストンも、多くの都市と同様にさまざまなガスを排出しており、そうしたガスが市街地をドームのように覆っている。プルデンシャル・タワーの屋上は、天候しだいで、このガス・ドームの内側になったり外側になったりする。屋上に設けたこの観測用の「砦」から、Phillipsは、市内のほかの3つの観測地点と、汚染ゾーンから外れて約70マイル(約110 km)西の緑の丘にある別の観測地点を眺めた。

Phillipsは同僚たちと、これらの観測地点で得られたデータを使って、二酸化炭素やそのほかのガスが市内をどう移動するか、また、こうしたガスが混じった空気が、農村地帯の空気とはどう異なるかをモデル化しようとしている。この研究は、ボストンの「代謝」、つまり、各種の元素が自然の系と人間の系との間でどう行き来するかを調べるための学際的プロジェクトの一環である。Phillipsのチームが現在研究対象としているのは、大気中の炭素、中でも二酸化炭素とメタンである。チームはこの後、ボストンの土壌や水に含まれる炭素に目を向け、水や窒素、汚染物質の流れを追跡する計画を立てている。「目標は、1つの大きな都市の機能を解き明かすことです」とPhillipsは話す。

都市を詳細に調べる

Phillipsたちの研究は、都市をあたかも生態系であるかのように扱う、「都市生態学(urban ecology)」という発展著しい学問分野である。環境を作る人工的な成分と天然の成分はこれまで別々に研究されてきたが、都市生態学では、この 2種類の成分の相互作用の理解をめざす。例えば、都市の高温や高い二酸化炭素濃度は植物の生育をどのように促進するのか、樹木は都市をどのように冷却するのか、緑地を作ると動物の生息環境はどのように改善されるのか、などである。

これらの相互関係を生態学の手法を使って細かく解きほぐしていくことで、市街地を人間にも自然の系にも優しい形に改善できるのだと、Phillipsは説明する。「都市を科学的に調べることで、我々の住む都市の持続可能性をもっと高めるという、現実的な恩恵が得られるはずです」と彼は話す。

この種の研究に対するニーズは高まっている。各地の都市が、炭素排出量や水使用量の削減、居住環境の改善などに取り組み始めたことを受けて、科学者たちは、こうした方策が都市環境の総体的な健全性にどういった影響を及ぼすかについて評価を始めた。「これらの目標を達成するためにどんな方策をとるのがいちばんいいのか。それを知るには科学の助けが必要なのです」と、キャリー生態系研究所(米国ニューヨーク州ミルブルック)の都市生態学者Steward Pickettは言う。

ボストンのプルデンシャル・タワーの屋上から眺めると、目に入るのはビルと車と舗装道路と人間ばかりだ。しかしこの都市には、約200万本の樹木に膨大な量の土壌とそこに棲む微生物、そして、ネズミやコヨーテやシカに100種以上の鳥類などからなる野生生物の「相互作用ネットワーク」があり、そこには時おり、郊外で出没するクマやヘラジカも加わる。この人と自然の混合状態によって、複雑な関係性が生み出されている訳だ。例えば、市街地の樹木は、土壌に含まれる汚染物質やアスファルトからの熱放射だけでなく、水やりの管理の仕方とか、景観の整備作業などによっても影響を受ける。また、街路樹が日陰を作って空冷効果を発揮したり、場合によっては風をさえぎって汚染物質が拡散するのを妨げてしまうこともある。こうした多様な要因を調査するためには、生物学、物理学、社会科学の融合が必要なのだ。

変革の種

2009年に、米国立科学財団(NSF;バージニア州アーリントン)と米国森林局は、都市の抱える環境問題に直接取り組む21件のプロジェクト(Phillipsのものも含む)に対して、600万ドル(約5億1000万円)の資金を供出した。この研究助成金は「都市長期研究領域:エクスプロラトリー(ULTRA-Ex)」と呼ばれており、都市生態学の長期プロジェクトの実施に必要な、研究ネットワークを育てる第一歩となった。

NSFは、1990年代後半からこの種の研究に対して資金提供を始め、まず、長期生態研究(LTER)拠点をアリゾナ州フェニックスとメリーランド州ボルティモアに設置した。ただし、このような例は今なおまれである。2012年に行われた生態学研究に関する調査で、8000件以上の研究対象を分析した結果によれば、都市のような人口密集地域を調べた研究は全体の4%しかない1。人間が環境をどのように形作るかを明らかにするための調査がもっと必要だと一部の生態学者やNSFが求めているにもかかわらず、そうした研究はまだまだ少ないのが実情だ。

「都市生態学とそのデータに対する需要が非常に大きいことは、とても意外でした」と、ボルティモアのLTER研究に加わった米国森林局の研究者Morgan Groveは語る。

しかし、LTERの結果は、市民団体のリーダーたちが望む結果と必ずしも一致するものではない。例えば、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のULTRA-Exチームは、ロサンゼルスに100万本を植樹する計画についてその影響を調査し、この計画に疑問を投げかけた。UCLAで土地利用を研究し、この調査のリーダーを務めたStephanie Pincetlによれば、彼らの調査によって、一部の土地所有者が、その維持費や、見通しが悪くなることによる犯罪増加を心配しており、街路沿いの植樹に賛成していないことがわかったという。理由はそれだけではない。樹木によって水分要求量やできる日陰の面積が異なるため、樹木の種類によっては、乾燥地域で灌漑による水分供給量を増やす必要性が出てきてしまったのだ2

オハイオ州クリーブランドで行われている別のULTRA-Exプロジェクトでは、空き地を都市農園として活用することについて、その効果を調べている。こうした土地利用はクリーブランドのように人口が減少している都市には有益で、年間の維持費が数百万ドル節約できるだろうと、プロジェクト・リーダーであるクリーブランド州立大学の生態学者Michael Waltonは話す。オハイオ州立大学(米国ウースター)の研究チームは、空き地から採取した土壌中の汚染物質、栄養素、食物網を分析し、空き地の土壌が概して作物の栽培に適していることを発見した3。また別の研究から、こうした狭い土地に作られる庭園では、時間を経るに従って、害虫を駆除する微生物やアリ類といった個体群が健全に育つことも明らかになっている4。この結果は、都市農業が必ずしも都市部での殺虫農薬の使用量を増やすものではないことを示している。こうした研究は世界各地に広まっており、ストックホルム・レジリアンスセンター(スウェーデン)などの組織が、市街地での人間社会と生態との相互作用の研究に力を注いでいる。

ボストンは、2つのULTRA-Exプロジェクトが現在協力して研究を行っていることもあり、都市生態学研究の中核地域の1つとなりつつある。Phillipsのチームはボストンの「ガス代謝」を調べており、一方のマサチューセッツ大学アマースト校(米国)の生態学者Paige Warrenが率いるグループは、ボストン全体における緑化活動が、空気の質・人間・野生生物にどういった影響を及ぼしてきたかを評価している。「それは予想どおりの結果となるでしょうが、実は、我々はまだそう言い切れるほど十分に研究した訳ではないのです」とWarrenは話す。

Phillipsのチームは、ボストン全体の二酸化炭素の動きをモデル化するために、ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の大気学者Steven Wofsyと共同研究を進めている。チームでは、ビルの屋上での計測に加えて、空気試料採取装置を搭載した車による街路ごとの二酸化炭素濃度の高分解能データの収集を実施している。さらに、ビルから排出される二酸化炭素やビルが作り出す日陰が、植物にどのような影響を与えるのか、また、樹木がどのように二酸化炭素を取り込んだりビルを冷やしたりするのかを調査している。

都市の「呼気」

こうした都市生態学研究のデータは、各国の温室効果ガス排出量削減案を策定する際に重要な意味を持ってくるだろう。なぜなら、世界のエネルギー使用に伴う二酸化炭素排出量の総量のうち、3分の2以上が都市由来だからだ。また、都市の全炭素排出量は、大半が、交通、建物、産業における排出見積もり量から算出されたものだが、それぞれがかなりの不確かさを持っている。例えば、道路輸送は米国の温室ガス排出量の約3分の1を占めると考えられているが、信頼できる調査記録の間であっても大きな違いがみられ、例えばマサチューセッツ州を比較すると40%近い数字の違いがある。そう指摘するのが、ボストン大学のULTRA-Exプロジェクトで共同代表者を務める環境学者のLucy Hutyraだ。都市が本腰を入れて炭素排出規制に取り組むようになるにつれて、「二酸化炭素排出量の報告には、透明性と確かさと検証可能性が必要になっています」とHutyra。都市がとった政策の中で、何が成功して何が失敗したかを追跡確認する必要があるからだ。

SOURCES: REF. 5, GOOGLE, TERRAMETRICS, USGS, SIO, NOAA, US NAVY, NGA, GEBCO

研究チームが、ボストンの二酸化炭素濃度の大気モデルを用いた最初の解析を終える際、少し意外な結果が得られた。そのデータは、市の中心部での交通による排出量が、いくつかの予想推定値よりも高い値を示していたのだ。

PhillipsとHutyraは、地下の配管からの天然ガス漏出を調べる研究5も進めており、これまでに3000か所以上の漏出を見つけている(「隠れたガス漏出」参照)。彼らの目的は、こうしたガス漏出がどのように温室ガス排出量に寄与しているか、また近隣の植物や土壌にどんな影響を及ぼしているかを定量化することだ。Phillipsによれば、天然ガス由来のメタンは土壌中の酸素を枯渇させて植物の根を腐らせてしまうという。

炭素排出量は、道路輸送1つを取っても、正確な数値を得られていないのが実情だ。

Credit: istockphoto/thinkstock

ULTRA-Exのすべての研究拠点が、研究プログラム拡充のための今後の資金を得られるかどうかはまだわかっていない。NSFのプログラムマネージャーであるTom Baerwaldの見積もりによれば、年間の研究費用は約100万ドル(8500万円)になる。

Phillipsは、将来の研究資金のことは二の次にして、目下のところプルデンシャル・タワーでの研究成果をまとめている。得られたデータから、ボストンの平均の二酸化炭素濃度は、光合成が最も活発な夏期には平均388p.p.m.、冬期には413p.p.m.になることが明らかになった。しかし、8月の取材した日はそよ風が吹いていて、タワー屋上には新鮮な空気が運び込まれたために、二酸化炭素濃度は379p.p.m.と低かった。「おそらく、今ハワイで測っても同じ濃度になるでしょう」とPhillips。そして彼は、手荷物をまとめてエレベーターに乗り込み、大都市ボストンならではの空気が漂う地上へと降りて行った。

(翻訳:船田晶子)

Courtney Humphries は、ボストン在住のフリーランスライター。

参考文献

  1. Martin, L. J., Blossey, B. & Ellis, E. Front. Ecol. Environ. 10, 195–201 (2012).
  2. Pincetl, S., Gillespie, T., Pataki, D. E., Saatchi, S. & Saphores, J.-D. GeoJournal http://dx.doi.org/10.1007/s10708-012-9446-x (2012).
  3. Grewal, S. S. et al. Urban Ecosyst. 14, 181–194 (2011).
  4. Yadav, P., Duckworth, K. & Grewal, P. S. Landscape Urban Plan. 104, 238–244 (2012).
  5. Phillips, N. G. et al. Environ. Pollut. (in the press).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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