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過去をのぞくワームホール

ワームホールと聞くと、SFのタイムトラベルや瞬間移動を想像してしまうかもしれないが、もともとの意味は「虫食い穴」である。実は、この由緒正しいほうのワームホールが、古代の昆虫や芸術作品に関する謎の解明に一役買っている。

ある生物学者が、数百年前の欧州の木版画に見られる意外な世界に興味を持った。木版画に小さな点状の色抜けがたくさん見られたので、その元をたどっていくと、版画が刷られる前の版木の表面に、ある種の虫が掘った穴であることがわかった。

その生物学者、ペンシルベニア州立大学教授のBlair Hedgesは、穴の大きさと版画が制作された時代や場所を突き合わせ、欧州全域における木食い虫の過去の分布を初めて描き出した(2013年2月のBiology Letters誌に報告)。

Hedgesは、この決定的な痕跡をワームホール・レコード(虫食い記録)と名付けた。なかなか洗練された語呂合わせだが、それはともかく、まず成体の甲虫が木片の割れ目に卵を産む。幼虫が生まれると、ゆっくりと木の中に潜り込み、3~4年ほど木のセルロースを食べながらそこで生活する。そして、イモムシのような幼虫が成体に変態して木から出てくるときに穴ができ、木版画にたくさんの色抜けとして現れるのだ。

穴のサイズで甲虫の種を推定

Hedgesは、1462年から1899年の間に作られた473点の木版画作品に見られた3263個の虫食い穴を調べ、穴の直径に約2.3mmと1.4mmの2種類があることに気が付いた。さらに、作品が作られた地域を考慮すると、穴の大きさに明らかなパターンが見られた。小さいほうの穴はすべて欧州北東部で作られた版画にあり、大きいほうは南西部の版画に認められたのだ。

ここからHedgesは、それぞれの甲虫の種を推定することができた。北東部の虫はコモンファーニチャービートル(Anobium punctatum)であり、南西部の虫は地中海ファーニチャービートル(Oligomerus ptilinoides)だった。

木版画を使うHedgesの方法によって、木食い虫の世界的な分布と歴史的範囲を調べていけば、各地での個体数の変化や侵略種が入ってきた時代を推測することにもつながるだろう。それだけでなく、古い本や印刷物の制作場所など、美術界の謎を解明するために使えるかもしれない。

翻訳:粟木瑞穂

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130306b