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質量だけが決める原子時計の時間!?

時間と質量が根源的に結びついた原子時計が製作された。製作したカリフォルニア大学バークレー校(米国)の物理学者らによると、時計のパルスは、その心臓部であるセシウム原子の質量のみによって決定されているという。

量子力学的には、質量は時間の測定に利用することができ、時間は質量の測定に利用することができる。

Credit: Pei-Chen Kuan

彼らの主張には異論があるものの、この原子時計が「キログラム」の再定義に役立つ可能性があるとの指摘もある。質量単位であるキログラムは、基礎的な物理現象と結びつけられていない唯一の基本単位なのだ。ノーベル物理学賞受賞者で、この研究チームリーダーの指導教官だった米国エネルギー省長官Steven Chuは、「この実験は、主流派の思い込みを揺さぶる重大な研究」だと断言する。

現在の原子時計は、原子中の電子が1つのエネルギー準位から別のエネルギー準位に移る際に放出するマイクロ波信号に基づいている。製作された原子時計の最高精度は1/1017以上で、31億年に1秒程度の誤差で時間を計ることができる。ビッグバンの瞬間からこの時計が動き出したとしても、まだ数秒の遅れか進みしかない計算だ。

しかし、原子振動は、原子を構成する電子と原子核の相互作用だけでなく、そのほかの量子効果、例えばスピンなどによって決まっている。この振動はよく定義されているものの、一部の科学者が期待するほど根本的なものではない。

物理学者Holger Müllerが率いる研究チームは、2013年1月10日にScienceオンライン版に掲載された論文で、今回の成果について報告した1。彼らの研究は量子力学の2つの基本に立ち返るものだという。その1つは、1923年にアーサー・コンプトンが発見した現象で、X線光子が電子に衝突するときに検出可能な運動量を与えるというものであり、もう1つは、その後のルイ・ドブロイによる洞察で、運動する電子(や原子)は波動のように振る舞うとするものだ。

しかしその量自体は、ほとんど想像を超えている。これらの物質波を記述する「コンプトン周波数」はなんと、電子で約1020ヘルツ(Hz)、セシウム原子で約3×1025Hzというのだ。それでもMüllerのチームは、原子干渉法と超精密レーザー技術を組み合わせ、これらの周期を数える方法を見いだした。

ただし、コンプトン周波数を直接測定する方法はない。そこで原子干渉法の出番になる。研究者らは、約100万個のセシウム原子からなる「雲」を2つに分け、そのうちの1つに対して微小なレーザー光子を連続的に衝突させて10回の「キック」を与えた。これによりコンプトン周期がどれだけ遅くなるかは厳密にわかっている。

レーザー光子を衝突させた原子の雲を、残りの半分の雲と再び一緒にすると、量子干渉が起こる。2つの集団のコンプトン周期が整数周期だけずれているとき、干渉計の出力シグナルは最大となる。研究者らは、入力の「キック」周波数を非常に高い精度でロックすることにより、最大の原子出力を維持することができた。このロックされた周波数が、新しい原子時計のパルスとなる。

ただし、測定の精度は10億分の4で、「50年前に最初に製作された原子時計と同じ程度」にすぎない。それより大事なのは、この時計の周波数を表す式に出てくる唯一の物理変数が、セシウム原子の質量だという点だ。「これ以外のすべての時計は、少なくとも2つの粒子が相互作用する基準を必要とします。このコンプトン時計は、単一粒子の質量に完全に依拠する最初の時計なのです」とMüllerは言う。

つまり、この原子時計は原理的にはたった1個の原子があれば製作できることになり、精確なレーザー周波数と結びついたキログラムの新しい定義の基礎になる、とMüllerは主張する。Chuは、「質量の基準を、原子の量によって再定義する道を開くものです」と言っている。

一方、Müllerらの研究には批判もある。例えば、1997年にChuとともにノーベル賞を受賞したClaude Cohen-Tannoudjiは、今回の研究を評価しない。彼はNatureへの電子メールで、この論文は「反跳周波数の測定を報告するものですが、反跳効果は何十年も前から知られています」と指摘し、「質量は、あらゆる原子時計にかかわっています。けれども、彼らの実験のどこを見ても、1025Hzの本物のコンプトン振動子が登場してこないのです!」と批判している。

翻訳:三枝小夜子、要約:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130305

原文

The time? About a quarter past a kilogram
  • Nature (2013-01-11) | DOI: 10.1038/nature.2013.12191
  • Roland Pease

参考文献

  1. Lan, S.-Y. et al. Science 339, 554–557 (2013).