News

絶対零度より低温の量子気体

既成の物理概念からは理解しにくいが、このほど初めて、絶対零度より低い温度の原子気体が作られたことになる1。この手法は、絶対零度より低温の材料の作製や新たな量子デバイスの開発への道を開くだけでなく、宇宙論の謎の解明にも役立つ可能性がある。

風変わりな量子物理学のおかげで、気体の温度を絶対零度より低くすることができる。

Credit: PHOTOCREO Michal Bednarek/Thinkstock

絶対温度の目盛りは、「何物も絶対零度より低温にはなり得ない」という形で、19世紀中頃にケルビン卿によって定義された。後世の物理学者たちは、気体の絶対温度が、気体を構成する粒子の平均運動エネルギーに関連していることに気付いた。彼らは、絶対零度は粒子が全くエネルギーを持たない理論的状態に当たり、それより高い温度は、粒子の平均エネルギーがより高くなった状態に相当すると理解した。

しかし、物理学者はエキゾチックな系を研究するようになり、1950年代までに、絶対温度に関するこの理解が常に正しいとは限らないことに気付き始めた。技術的には、系の温度は、系を構成する粒子が特定のエネルギーを持つ確率をプロットしたグラフから読み取ることができる。普通は、系を構成する粒子の大半が平均付近のエネルギーを持っていて、少数の粒子だけが、より高いエネルギーで飛び回っている。しかし、ルードヴィッヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン(ドイツ)の物理学者Ulrich Schneiderによれば、理論的には、この状況を反転させて、より高いエネルギーを持つ粒子のほうが多くなるようにすると、グラフのプロットがひっくり返って、絶対温度の符号がプラスからマイナスに変わることになるという。

Schneiderらが絶対零度より低い温度に到達するために用いたのは、カリウム原子からなる超低温量子気体である。彼らはまず、レーザーと磁場を使って、個々の原子を格子状に整列させた。プラスの温度では、原子は互いに反発して、配置を安定させている。研究チームは次に、急速に磁場を調節して、反発し合っていた原子が互いに引き合うようにした。「最も安定でエネルギーが低い状態にあった原子が、あっという間に、最も高いエネルギー状態にされてしまうのです」とSchneiderは言う。「渓谷を歩いていた人が、突然、山のてっぺんに連れて行かれたようなものです」。

プラスの温度では、そのような反転は不安定で、原子の配置は内側に向かって崩れてしまう。けれども研究チームは、気体をトラップするレーザー場も調節して、原子が元の位置にとどまるのに適したエネルギー状態を作った。この実験の結果はScience 2013年1月4日号に掲載され1、絶対零度よりわずかに高い温度だった気体が、絶対零度より10億分の数度だけ低い温度になったと報告された。

以前、磁気系において絶対零度より低い温度を実証2したマサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)の物理学者でノーベル賞受賞者であるWolfgang Ketterleは、Schneiderらの今回の実験を「離れ業」と評する。今回の手法は、エキゾチックな状態を詳細に研究することを可能にする。「この手法を用いれば、実験室で新しい形の物質を作製できるかもしれません」とKetterleは言う。

今回Schneiderらが用いた手法を提案したケルン大学(ドイツ)の理論物理学者Achim Roschは、もしもそんな系ができれば、奇妙な振る舞いが見られるだろうという3。例えば、Roschらの計算によると、原子の雲は普通は重力によって下向きに引かれるが、雲の一部が絶対零度より低温になると、いくつかの原子が重力に逆らうように上向きに移動するという4

絶対零度より下の気体のもう1つの特性は、「ダークエネルギー」を模倣することである。ダークエネルギーとは、宇宙を外向きに押して、どんどん速く膨張させている不可思議な斥力のことだ。Schneiderによると、彼らのチームが作り出した気体中の原子も、互いに引き合って元の位置から内側に崩れようとしたが、絶対零度より低い温度になることで安定化したため、崩れなかったと指摘する。「この奇妙な特徴が、宇宙でも実験室の中でも顔を出すのは興味深いことです。宇宙論研究者は、この現象をよく検討するべきかもしれません」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130304

原文

Quantum gas goes below absolute zero
  • Nature (2013-01-03) | DOI: 10.1038/nature.2013.12146
  • Zeeya Merali

参考文献

  1. Braun, S. et al. Science 339, 52-55 (2013).
  2. Medley, P., Weld, D. M., Miyake, H., Pritchard, D. E. & Ketterle, W. Phys. Rev. Lett. 106, 195301 (2011).
  3. Rapp, A., Mandt, S. & Rosch, A. Phys. Rev. Lett. 105, 220405 (2010).
  4. Mandt, S., Rapp, A. & Rosch, A. Phys. Rev. Lett. 106, 250602 (2011).