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少数分子の反応が生物を支配する!?

–– 永井研のHPには、「ぱっぱらぱーになって、科学革命を起こしませんか?」と書いてありますね。

永井: アホになれということです。つまり、教科書に書かれている「前提」や「法則」を鵜呑みにせず、おかしいと思ったことは疑ってみないとあかんのです。常識を疑うことが、真理や新しい概念の発見につながるのだから。でも、当たり前と思われている常識に疑問を呈すると、常識のある人からは「アホ呼ばわり」される(笑)。だから、それに負けないように、「ぱっぱらぱーになろう」と呼びかけているのです。

–– 永井先生が疑問に思った常識とは?

永井: 生化学の常識です。細胞内の反応は、生化学にのっとっている。分子であれば、アボガドロ数(1023個)を基準にした濃度で表し、溶液中で莫大な数の分子がランダムに動いて、反応が平衡に達したときの状態を想定して論じます。でも、「それは、ホンマか?」って、学生の頃から思っていました。例えば、遺伝子の物質的本体であるDNAは、基本的に、1細胞中にたった2個ずつしか存在しないのに、生化学実験では莫大な数のDNAとタンパク質を反応させて何が起きるか調べている。しかし、本当に生物の反応にかかわる分子が、莫大な数存在すると仮定していいのだろうか。そもそも、それを調べなくてはいけない、とずっと思っていました。

–– それで、少数性生物学の研究プロジェクトを立ち上げたのですね。

永井: はい。「おもろい!」と賛同してくれる人たちが集まってくれて、文科省の新学術領域研究プロジェクトを2011年に立ち上げることができました。少数個の分子の挙動から生命の原理に迫る研究班です。

生きた細胞で1分子の挙動を観察する

–– 遺伝子のほかに、どんな分子が少数個なのでしょう?

永井: 大腸菌に発現する1000種類のタンパク質が、それぞれ何個あるかを数えた研究者がいますが、そのタンパク質の6割は10個以下とわかりました。

また、大腸菌に含まれる水素イオンの個数をpHの測定値をもとに試算すると、わずか25個程度という数になります。

また神経細胞のシナプス形成部位(スパイン)にはAMPA受容体が存在しますが、1個のスパインに存在する受容体の数は数個から数十個という報告もあります。これらは、ほんの一例にすぎません。

–– 少数だと、従来の生化学の反応理論が適用できないですね?

永井: そうなのです。少数個しか存在せず、反応の回数も数え切れるほどしかない場合は、確率や統計論(統計熱力学)が成り立ちません。反応が平衡に達するという仮定も、成立しません。分子1個の個性が影響するようになるとも考えられます。例えばタンパク質のような高分子は、構造にゆらぎが存在し、それが個性となるのです。

細胞内の分子の実効体積も想定しなくてはなりません。従来の生化学ではそうしたことは無視しますが、高分子はそれ自身が大きな体積を占めるため、細胞内で動ける空間はそれほど大きくないと考えられます。

従来の理論が適用できないので、新しい考え方を見つけていく必要があるのです。そのためにはまず、いろいろな現象に当たって、観察例を増やす必要があります。

–– 具体的にはどんなことをしていくのですか?

永井: 最初にすべきことは、解析技術の開発です。分子の結合状況、リン酸化状態、発生するエネルギーなど、生体分子反応の1分子レベルの反応過程を、生きた細胞で観察したり計測したりする手段を開発する必要があります。

図1:蛍光を利用した指示薬「カメレオン-Nano」で、細胞性粘菌の集合過程におけるカルシウムイオンの信号伝達をリアルタイム(動画)で可視化。

Credit: 永井健治

1分子イメージングが可能な高解像度の顕微鏡も登場していますが、分子の個数を数えることには適していません。分子数を数えられる顕微鏡の開発も必要です。

私たちの研究室では、分子を可視化する指示薬を開発してきましたが、それをさらに進めていくつもりです。

–– 指示薬とはどのようなものですか?

永井: 私たちは、生きた細胞内で、少数のカルシウムイオンを検出可能な、超高感度の蛍光指示薬を開発しました1,2。また、カルシウムイオンやcAMP、ATPといった生体で重要な働きをする分子を、化学発光により標識して高感度で可視化する指示薬も開発しました3。化学発光ならば、光遺伝学的技術(オプトジェネティクス)と組み合わせて用いることが可能になります。光遺伝学は、光の照射でタンパク質や細胞の機能を操作する、最近注目されている技術です。

これら「観て操る」技術を用いて、細胞内で少数の分子を操作し、高感度に何が生じているかを分子レベルで可視化すると同時に、空間階層が異なる細胞や個体のレベルでどのような変化が起きているかを観察できるようにすることが、研究上求められています。

図2:化学発光を利用した指示薬「Nano-lantern」で、マウスにダメージを与えることなく、がん細胞を可視化。

Credit: 永井健治

–– 細胞性粘菌を実験材料として用いていますね?

永井: 細胞性粘菌の挙動には、とても興味深いものがあります。cAMPという物質の個数を検出し、数の多いほうへ移動する走化性を示します。その際、粘菌細胞周囲のcAMPたった1個の違いを瞬時に区別できるセンサーを持っているのです。私たちの開発した可視化指示薬を用いて、少数の分子に応答するこうしたセンサーの仕組みを解明したいと考えています。

新たな生命像を見つける

–– 少数分子の挙動の観察や解析が進むと、どんな成果が期待されますか?

永井: 研究班の前島一博教授(遺伝学研究所)の研究なのですが、これまで考えられていた染色体構造に対する認識を一変させる研究成果が得られました。染色体は、これまで思われていたように整然と折りたたまれているのではなく、不規則に折りたたまれていることがわかりました。この不規則性によって、長大なDNA繊維から必要な遺伝子を効率よく探し出し、スイッチをオンにする新たな機構が示唆されています。試験管内のDNA繊維ではなく、生きた細胞中でのDNAの観察を重視したことの成果です。

研究はまだスタートしたばかりなので、最終的にどんなことが見えてくるのかは、わかりません。シグナル伝達や遺伝子発現などの現象においても、これまでの知見に大きな誤りが見つかるかもしれませんし、そうならないかもしれません。これからの研究でわかっていくことです。

ただ1つ確かに言えるだろうことは、今、合成生物学の研究が盛んに行われていますが、細胞を人工的に設計するには、少数性生物学の知見が必要になるだろうということです。高濃度の分子溶液を混ぜ合わせるだけのようなやり方では、細胞を模倣できない。私はそう考えます。

–– 生命の原理が少数性生物学から見えてくるということですか?

永井: そうですね。生物を生物たらしめている原理を知ること。それが、私がずっとめざしているところです。証明されている訳ではありませんが、マイノリティの分子が影響力を持つのではないかと考えます。例えば、細胞中わずか2個の遺伝子(DNA分子)がそうであるように。

少数性生物学を進めるうえで、重要な観点がいくつか挙げられます。1つは、先ほど触れた分子の個性。これに関連する解析が、生命原理を解き明かすために重要です。また、少数の分子がどのように協同的に動くかという視点からの解析も、欠かせないでしょう。一例を挙げれば、鞭毛の動きにおいて、微小管線維の上に並んだダイニン分子が次々に協同的に動きます。その動きをもたらす仕組みの解析を考えていますが、コヒーレンス(物理学でいう可干渉性)という観点が有効ではないかと思っています。

これら分子の個性や協同などといった解析から、今まで見えなかったことも見えてくるのではないかと、たいへん楽しみです。

–– ありがとうございました。

聞き手は藤川良子(サイエンスライター)。

Author Profile

永井 健治(ながい・たけはる)

大阪大学産業科学研究所 生体分子機能科学研究分野教授。1994年、筑波大学大学院農学研究科修士課程(村上和雄研究室)修了。98年、東京大学大学院医学系研究科博士課程(御子柴克彦研究室)修了。理化学研究所研究員(宮脇敦史研究室)、JSTさきがけ研究員を経て、2005年、北海道大学電子科学研究所教授。2012年より現職。

永井 健治氏

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130318

参考文献

  1. Horikawa, K., et al. Nature Methods. 7, 729-732 (2010).
  2. Zhao, Y., et al. Science. 333, 1888-1891 (2011).
  3. Saito, K., et al. Nature Communications. 3, 1262 (2012).