Editorial

国際リニアコライダーILCは、日本で

国際リニアコライダー(ILC)は、物理学者の夢物語だ。総延長31kmの超伝導装置が提案されており、ヨーロッパの素粒子物理学研究所CERNに設置された大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の後継機となることが確実視されている。今のところ、ILCは机上の検討課題に過ぎないが、素粒子物理学者は、ILCを建設して、物質の性質に関する基礎的論点をこれまで以上に詳しく調べることを期待している。

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ILCのような総工費数十億ドル(数千億円)規模の大型施設は、たとえ経済が順調な時期であっても、計画と政治的調整に何十年もかかるものだ。ところが今は、経済も順調ではない。世界各国の政府が、一世代に一度あるかないかというような最悪の経済危機に苦しんでいるとき、こうした規模のプロジェクトの見通しは、控えめにいっても困難と言わざるを得ない。

しかし希望の星が1つだけある。それが日本だ。この島国は、ILCのような大型国際プロジェクトを切望しており、2005年には、ITERの大型核融合プロジェクトをほぼ手中におさめていたが、僅差でフランスに奪われた。ITERプロジェクトを支援した日本の政治家と物理学者は落胆したが、断固たる姿勢を維持し、ILCを日本に誘致する強力な超党派の政治グループを結成した。

この超党派グループは、ILCを日本へ誘致する活動を何年にもわたって熱心に続けてきたが、その後起こった2つの出来事が、その実現可能性を高めることになった。その1つが、2011年3月11日の東日本大震災で、東北地方が地震と津波による壊滅的な被害を受けた。その後、復興予算が被災地域に投入され、地域内に建設中の科学都市がILCの推進拠点として浮上しているのだ(日本国内には第2のILC建設候補地として、九州南部もある)。

第2に、2012年7月にCERNで発見されたヒッグス粒子が、科学研究の新たな目標をもたらしたことだ。たとえ最大のエネルギーで運転しなくても、ILCは、新しい素粒子の詳細な研究を行うことが可能なのだ。

日本の政治家は、この2つの出来事を考えに入れたうえで、ILCへの関心を高めているようだ。2012年12月16日の総選挙に勝利した自由民主党の綱領にも、ILCの件が記載されている。しかも日本は、技術的にもILCプロジェクトを遂行する準備が整っている。1990年代から2000年代にかけて建設された多くの知名度の高い実験で、日本が先進の加速器を取り扱う技能と工業的ノウハウを有することが示された。また日本は、ビームの収束方法に関する研究など、いくつかの領域で、ILCの研究開発を主導してきている。

ただし、ILCは日本だけで行えるものではなく、全世界からの専門知識、資金と現物出資が必要だ。ヨーロッパもこの考え方に同調しているようだ。そもそも日本はCERNに資金を拠出しており、CERN自体は、自前の加速器を用いた研究で手いっぱいなのだ。一方、米国におけるILCに対する支援は、かなり弱く、国内の主力研究所であるフェルミ国立加速器研究所(イリノイ州バタビア)は、主力の加速器を失い、その代わりに、野心的なニュートリノ研究プログラムに取りかかった。ただし、この研究と継続中のLHC研究とILCを支えるために十分な予算がない。

欧米の科学者は、ILCプロジェクトの支持にまわるべきだ。前向きに考えるヨーロッパ人にとって、このような支持は、部品と人的資源の可能な限りの提供を明確に約束することを意味する。米国人にとっては、ニュートリノ研究をスローダウンさせる意志が必要となる可能性が非常に高い。米国人にとっては受け入れがたいことかもしれないが、米国の物理学者は、米国が素粒子物理学の最前線に立ち続けるための現実的選択肢がILCへの参加であることが心の底ではわかっているのだ。

海外から支援の声明が出ても、ILCの開始決定が保証される訳ではない。日本政府も態度が明確になっているとはいえず、今後、ILCプロジェクトの利点を内部で議論して、その建設に責任を負うためのプロセスを決定しなければならない。それでも、海外からの支援の意向が早くから明らかになれば、実現への推進力となる可能性は高い。そうなれば、日本にとっても世界にとっても大勝利ということになる。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130331

原文

Head of the line
  • Nature (2012-12-20) | DOI: 10.1038/492312a