News

ナノ粒子の爆発をカメラが捕らえた!

化学反応の映像にしては、インパクトのあるものだった。小さな液滴がスクリーンを横切るように漂う。まるでジェームズ・ボンドの映画007のオープニング映像(ガンバレル・シークエンス)へのオマージュのようである。ボンドを狙う銃口がスクリーンを横切るおなじみのシーンだ。しばらくして、スクリーン中央で液滴が火を噴き、破片が粉々に飛び散った。

この映像を見て科学者は釘付けになった。液滴の死は、創造の瞬間でもあったからだ。この映像が上映されたのは、2012年11月、ボストン(米国、マサチューセッツ州)で開かれたMaterials Research Society(MRS)会議でのことだった。ブレーメン大学(ドイツ)のプロセスエンジニアLutz Mädlerは、均一な金属酸化物ナノ粒子の合成過程を初めてカメラで捕らえた(「燃焼合成」参照)。Mädlerの目標は、直径10億分の1mという微小な物質を低コストで速く合成する方法を開発することである。こうした微粒子状の物質は、触媒や医用イメージングプローブなどに利用される。

Mädlerのプレゼンテーションは、ナノ粒子の燃焼合成を専門に扱う初のMRSセッションで行われた。この燃焼合成技術は、通常なら高価な前駆体を用いて複数の複雑な手順を経るナノ粒子合成工程を、燃焼によって改善することを目的としている。方法は単純であり、前駆体物質の微小液滴に点火するだけで粒子を大量に合成できる、とMädlerらは語る。こうした製造方法は、タイヤ用カーボンブラックなどの製造に数十年も前から広く利用されている。

「工業界から誕生して急成長した分野なので、学術界に後続者がいなかったのです」とスイス連邦工科大学(ETH)チューリッヒ校のプロセスエンジニアSotiris Pratsinisは言う。「こうした研究は立派な基礎研究なのですが……」。

Mädlerの研究は、燃焼合成の欠点の克服をめざしている。燃焼合成プロセスは、ほとんど理解されておらず、十分な制御が行われていないのだ。2002年、MädlerはPratsinis とともに、有機溶媒に溶かした有機金属錯体を燃やすことによって金属酸化物ナノ粒子を合成する方法を開発した (L. Mädler et al. J. Aerosol Sci. 33, 369–389; 2002)。しかし、この方法は実験室では成功したが、原料が高価すぎてほとんど商業的応用には至らなかった。そこでMädlerは、鉱石から直接生成できる金属硝酸塩などの安価な前駆体で再現できるよう、プロセスを分割して検討することにした。

今のところ、金属硝酸塩を用いた場合、内部が中空になるなど、不均一なナノ粒子しか合成できていない。しかし、有機液滴燃焼における混合過程が、均一粒子生成に役立つことが高速ビデオ観察で明らかになったとMädlerは言う。「よい前駆体と添加剤を選ぶことによって、燃焼が改善され、質のよい最終生成物が生成されるでしょう」とETHチューリッヒ校のKarsten Wegnerは言う。ナノ粒子燃焼合成プロセスのスケールアップ法についてアドバイスを求める化学品会社が増えている、とWegner。

工業界は燃焼合成技術の商業的魅力を探っており、研究者らは、医用イメージング、センシング、毒性研究などの用途に合った特殊なナノ粒子の開発に取りかかっている。カリフォルニア大学デービス校(米国)の機械エンジニアIan Kennedyは、燃焼を利用して合成したユーロピウム(強くりん光を発する高価で風変わりな元素)を含むナノ粒子に抗体を結合することによって、環境毒性や生物毒性を知らせる検出器が作れることをMRS会議で報告した。「こうしたナノ粒子は、これまで燃焼合成法で合成されたことのない特殊な材料です」と、ミシガン大学(米国アナーバー)で燃焼合成の研究に携わる機械エンジニアのMargaret Wooldridgeは言う。

液滴を爆発させること自体は別に珍しいことではない、とKennedyは言う。彼は1970年代にディーゼル燃料で液滴爆発を研究していたのだ。大事なのはMädlerが開発した撮影技術で、このおかげで、生成した材料の特性に爆発がどのような影響を及ぼすかについて、材料科学者は深く理解できるようになるだろう。「この分野は、燃焼研究と材料科学を結ぶ架け橋です」とWooldridgeは言う。「多くの若手が参入しつつある成長中の分野でもあるのです」。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130329

原文

Nanoparticle blast caught on film
  • Nature (2012-12-06) | DOI: 10.1038/492016a
  • Eugenie Samuel Reich