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サハラ砂漠での再生可能エネルギー発電事業に暗雲

太陽エネルギーの先行きに関する見通しの暗さが、サハラ砂漠で計画されている巨大な再生可能エネルギーのプロジェクト(DESERTEC)にも現れてきた。DESERTECは、北アフリカと中東に分散設置される太陽発電プラントやその他の再生可能エネルギー源のネットワークだ。このプロジェクトの支援者によれば、2050年までに発電量が125ギガワットを超え、発電した電力は地元で消費され、あるいは、地中海の海底に敷設される高圧直流ケーブルでヨーロッパへ供給される。ところが、主要な協力会社の1つであるシーメンス社(ドイツ・ミュンヘン)が、2012年末までに、ミュンヘンに本拠を置くDii(DESERTECの前進のために注力するコンソーシアム)を離脱する方針を決定したのだ。

「我が社は、Diiでもう十分に役割を果たしました」と語るのは、シーメンス社のスポークスマンTorsten Wolfだ。シーメンス社は、Diiを共同設立した13の企業と団体の1つである。また、シーメンス社は、太陽エネルギー事業自体からも撤退すると発表した。この決定は、太陽エネルギーに対する政府補助金の減額とソーラー機器の価格破壊に対応したものだ。

DESERTECに批判的な人々は、シーメンス社の撤退で、この数千億ドルの費用が予想されるプロジェクトに対して、ますます疑問を強めている。ブルームバーグ・ニュー・エナジー・ファイナンス社(スイス・チューリッヒ)のアナリストJenny Chaseは、こう話す。「DESERTECは、すべてのことを一度にやってしまおうという野心的な計画です。しかし、こうしたことは組織的にひとつひとつ解決していく話であり、そのほうがおそらく低コストで、容易に進めることができ、同じ結果が達成できると私は思っています」。

DESERTECは、引退した素粒子物理学者ゲアハルト・クニースの構想によるもので、1986年のチェルノブイリ原発事故の後、サハラ砂漠の豊かな日射量を利用してエネルギーを生産しようというアイデアが表面化した。そして、ヨルダンのエル・ハッサン・ビン・タラール皇太子の助力を受けて、ドイツと北アフリカ(モロッコ、アルジェリア、エジプト)の研究機関による共同研究として、構想の検討に入った。

「炭素を含まない再生可能エネルギー源からの発電を考える場合、中東や北アフリカに立地することが、採算性の点で有利です」。Diiにおけるミュンヘン再保険会社の代表者であるErnst Rauchは、こう話す。同社もDiiへ出資している。

シーメンス社は、予備調査のために資金と技術的専門知識を提供し、Dii は、予備調査の結果を2012年6月に公表した。この報告書では、フラウンホーファー協会システム・イノベーション研究所(ドイツ・カルルスルーエ)が実施したシミュレーションに基づいて、2050年の時点で費用対効果の最も高い再生可能エネルギー源の分布を地図に示した(「計画された送電網」参照)。

DESERTECプロジェクトでは、太陽熱発電プラントをはじめとする再生可能エネルギーによる電力を、ヨーロッパに供給しようとしている。(アー ティストによる想像図)

Credit: DESERTEC/BRIGHTSOURCE

個々のプロジェクトの詳細な検討が、DESERTECプロジェクトの次の段階だが、Diiの最高経営責任者であるPaul van Sonは、この次の段階からシーメンス社が撤退することについて、何も心配することはないと話す。van Sonは、「さほどの影響はありません」と言い、シーメンス社が多数の株主やパートナーの1つに過ぎない点を指摘する。

シーメンス社の太陽エネルギー事業からの撤退は、同社にとって180度の転換だ。同社は、2009年にベイト・シェメッシュ(イスラエル)に本社のある太陽熱機器の設計会社Solelを買収した後、長い間、DESERTECの重要な特徴と考えられてきた太陽熱エネルギーに対する投資を続けてきた。この技術を用いて建設された工場では、鏡を使って、熱吸収材に太陽光を集める。そして、集めた熱を放出して水を沸騰させ、蒸気を発生させて、発電タービンを駆動する訳だ。

近年、太陽熱プラントはますます売れなくなってきている、とWolfは明かす。これは、競合技術であるシリコン製太陽光パネルの低価格化による。2006年から2012年の間に、太陽光パネルのコストは約65%低下したが、太陽電池の供給過剰がその一因となっている。また、太陽光発電装置に対する政府補助金が減少傾向にあり、太陽光発電に対する需要も減少したために、事業を維持するのがさらに難しくなっている、とラックス・リサーチ社(米国ニューヨーク)のアナリストMatthew Feinsteinは話す。

「この1年間ほどは、血の海のような状態でした」とFeinsteinは話す。2011年の12月には、ドイツで初めてのソーラー発電の株式公開会社だったSolon社(本社ベルリン)が倒産した。そして、2012年3月には、世界でトップクラスの太陽電池メーカーのQ.Cells社(ドイツ・ビターフェルト=ヴォルフェン)も倒産した。シーメンス社のソーラー発電事業からの撤退は、将来的見通しをさらに暗くするものとなった。

これに対して、Diiを設立した非営利のDESERTEC財団の理事Thiemo Groppは、シーメンス社を撤退に追い込んだ低コスト化が、究極的にはDESERTECプロジェクトのために役立つと話している。「シーメンス社の穴は、ほかの会社の製品が埋めることになるでしょう」と彼は言う。DESERTECは、すでに、新たなプロジェクトを承認しており、それがチュニジアで計画されている太陽熱発電プラントだ。このプロジェクトを推進しているNur Energie社(英国ロンドン)は、このプラントから海底ケーブルによってイタリアに送電する計画を立てている。

それに、シーメンス社とDESERTECの関係も完全に終わってはいないのかもしれない。今でもシーメンス社は、原則として、DESERTECのミッションを支持しており、今後も何らかの協力ができるかもしれない、と話している。例えば、風カエネルギーが、DESERTECの数々の計画において重要性を増しており、DESERTECは、アフリカの沿岸風を利用したいと考えている。そして、シーメンス社は、風力エネルギー事業に集中する方針を立てているのだ。

シーメンス社は、すでにアフリカから第一弾のタービンの注文を受けている。また、2020年までに年間6ギガワットの再生可能エネルギー発電をめざしているモロッコが、44基のタービンを購入して、2か所の風力発電所に設置することになっている。このプロジェクトは、まだDESERTECの正式承認案件とはなっていないが、DESERTECの精神に完全に合致したものだとWolfは話している。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130308

原文

Sahara solar plan loses its shine
  • Nature (2012-11-01) | DOI: 10.1038/491016a
  • Devin Powell