降雪量を正確に測定する
山は気候変動のバロメーターと言われるが、実は、最も基本的な問いにさえ、きちんとした答えが得られていない。例えば、山頂や山腹を覆っている雪の量は、いったいどのくらいあるのだろうか? 山の積雪量は、毎年、どのように変化しているのだろうか? 2012年11月から、こうした答えの手がかりを求めて、国際的なプログラムが始まった。
それが、世界気象機関(WMO)が中心になって進める固体降水測定法比較計画(Solid Precipitation Intercomparison Experiment;SPICE)だ。2年がかりのプロジェクトで、地理的にも気候的にも異なる世界の15の観測地点に、最新式の降水量計を設置する。最も高地の観測地点はタパド(チリ)の海抜4318mだ(「SPICEプロジェクトの観測地点」参照)。
雪や雹などの固体も、雨と同じ降水量計で、液体に溶かして測定される(単位はmm)。しかし、特に雪は、簡単に風に吹き飛ばされてしまい、そのまま降水量計に入ることがないため、降雪量を正確に測定することができない。雪が降水量計の上面を覆って、蓋をしてしまうケースもある。今回のプロジェクトの目標は、世界各地における降雪量(降水量)と積雪量を正確に測定し、それぞれの地での最適な観測・測定方法を明らかにすることにある。このプロジェクトから得られる成果は、気候モデルの改良のほか、永久凍土層の安定性、生態系の変化、利用可能な水資源量などの推定に役立つはずだ。
WMOの観測装置・観測法プログラム(スイス・ジュネーブ)の臨時プログラム長であるRoger Atkinsonは、「降雪は、地球上の水循環の重要な一部です。その降雪量が正確に測定できなければ、現在の降水量はもちろん、今後それがどう変わっていくかもわからないのです」と言う。
中国科学院チベット高原研究所(北京)の気候科学者Zhang Yinshengは、SPICEプロジェクトには関与していないが、降雪量は「氷河が成長するか後退するかを決める要因の1つ」であると言う。「我々は長い間ヒマラヤの氷河の運命について論争してきましたが、実際には、基本的なデータさえ把握できていないのです」。
気温、気圧、風速、湿度などの気候パラメータは正確に評価できるようになったが、降雪量については、現在もなお評価が困難だ。このプロジェクトのリーダーで、カナダ環境省(トロント)の気象観測装置の専門家であるRodica Nituによると、雪片は軽く、風に流されやすいため、金属製の円筒型をした降水量計の上に降ってきても、実際にどれくらい捕捉されるかは、気象条件に大きく左右されるという。また、気温が氷点前後の場合、湿った雪が容器の縁に付着しやすく、付着した雪が大きくなって蓋をしてしまうため、それ以上、降水量計で雪を捕捉できなくなってしまう。
米国立大気研究センター(コロラド州ボールダー)の気候科学者Roy Rasmussenは、「降ってくる雪をきちんと捕捉できないことが問題なのです」と言う。この問題は自動観測装置で特に深刻で、現状では、実際の降雪量の20%程度しか捕捉できていないという。降水量計による観測値の信頼性の低さは、気候モデルの大きな不確定要素となっており、水資源の将来的な変化や雪氷災害を予測する能力を低下させている、とRasmussenは言う。
地球温暖化に伴い、降雪量を含む降水量は増加すると予想されている。より正確な降雪データがあれば、降雪量の予想モデルの改良や、増加する降雪量が氷河の融解を補うのに十分かどうかを推定する際にも役立つはずだ。
降雪量を測定する国際的な大規模プロジェクトが前回実施されたのは、20年以上前のこと。「その後、多くの進歩がありました」とRasmussenは言う。今回のプロジェクトの主要な目的の1つは、最近開発された各種のセンサーや降水量計や風よけをテストすることにある。例えば風よけは、野外観測の結果、降水量計の真上の水平方向の風を減速させ、雪の捕捉率を大幅に向上させることがわかっている。「降雪量の正確な測定にとって、これが最も重要な因子なのです」とRasmussenは言う。
降水量計を加熱する新しい方法も開発されている。これにより、縁に積もった雪が容器に蓋をするのを防ぐことができる。近年、降水量計は手動から自動へと切り替わりつつあり、人間が立ち入りにくい場所であっても、連続測定することが可能になってきた。手動と自動の2つの方法で得られたデータ群をきちんと対応させることができれば、降雪量を長時間にわたって連続的に記録できるようになる、とNituは言う。
Zhangは、SPICEは時宜を得た重要なプロジェクトであるが、重要な地域に試験観測地点が置かれていないと指摘する。その1つがヒマラヤだ。Zhangらは、2013年の初頭に、チベット高原と周囲の山脈の全域に観測網を設置する予定である。最も高い観測地点の高度は6000mになる。この観測網は、ヒマラヤ全域で降雪量を正確に測定し、SPICEの成果をより信頼性の高いものにしてくれるだろう。
しかし、スイス連邦雪・雪崩研究所(ダボス・ドルフ)の気候科学者で、このプロジェクトに参加しているMichael Lehningは、「長い目で見ると、地上観測で山全体をカバーするのは不可能でしょう」と言う。現在、航空機や人工衛星にセンサーを搭載し、マイクロ波、レーダー、レーザーなどを利用してはるかに広い地域を観測するシステムが、すでに実用化されている。SPICEの結果は、こうした観測結果を補正・補強するために利用できるのだ。
「目標は、リモートセンシング技術の精度を高めて、山岳地帯の降雪の観測にも適用できるようにすることです」とLehningは言う。「まだまだ遠い道のりですが、SPICEはその出発点です」。
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 2
DOI: 10.1038/ndigest.2013.130216