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ブタのレシピを広げる極上ゲノム情報

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2013.130222

原文:Nature (2012-11-15) | doi: 10.1038/491315a | Pig geneticists go the whole hog

Alison Abbott

ブタの高品質ゲノム情報が得られたことで、養豚業や医学へのさまざまな応用に向けて期待が高まる。

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(米国)の遺伝学者Lawrence Schookの研究室の壁には、赤みがかった顔の「女神」が祭られている。「T. J. Tabasco」という名の雌ブタの剥製だ。彼女はNature111月15日号で不朽の地位を得た。ただし、そこに刻まれたのは彼女の名前ではなく、ゲノムのDNA塩基配列である。

ブタの「基準」となったT. J. Tabasco。

研究者たちは今、このゲノム情報をどう料理するか、レシピを思い巡らせて舌なめずりをしている。過去20年の間に我々は、ブタのゲノムから情報をじわりじわりと引き出し、より健康で、より肉付きのよいブタ品種を生み出したり、ヒト疾患をより忠実に再現するモデルを作り出したりすることに利用してきた。今回、T. J.の概要ゲノム塩基配列およびその詳細な注釈付けが解析され、その結果が報告された。研究の基準となる「参照用ゲノム」として利用できる情報が得られたことで、ブタの育種やモデル動物作製といった研究が加速するに違いない。さらには、ヒトへ移植するための臓器を、遺伝子を操作したブタから得ることも可能になるかもしれない。「特に農業分野では、すぐに役立つでしょう。養豚業界は、新しい技術や知識を取り入れるスピードが並外れて速いですから」と、論文の代表著者の1人であるロスリン研究所(英国エディンバラ)のAlan Archibaldは話す。

T. J.は、家畜ブタのデュロック種(Sus scrofa domesticus)という品種で、2001年に米国イリノイ州で生まれた。翌年、Schookらが、T. J.の耳の皮膚片から線維芽細胞株を樹立し、さらにその細胞株を使ってクローン個体を作り出した。これで、同一のゲノムを持つクローンを使ってブタの研究ができるようになった。そうして、米国立衛生研究所(NIH、 メリーランド州ベセスダ)が資金を提供している「米国立ブタ資源研究センター(NSRRC、ミズーリ州コロンビア)」では、何頭かのクローンブタが作製され、またそれと並行して、ヒト疾患を模倣するために遺伝子を加えたり欠失させたりした「遺伝子組み換えブタ」も作り出された。「こうしたブタを作ることは、ゲノムの解明につれてますます容易になっています」と、NSRRCの理事である生理学者のRandall Pratherは語る。

NIHは、ヒト疾患のブタモデル研究に力を入れるため、2003年にNSRRCを設立した。ブタの飼育には、げっ歯類よりも費用がかかり、また繁殖にも時間がかかる。しかし、そうした欠点を補って余りあるのは、臓器の大きさをはじめとする解剖学的構造や生理特性がブタとヒトでは似ているところだ。例えば、ブタの目はヒトと同じくらいの大きさで、網膜内の視細胞の分布も似ているので、失明の一因となる網膜色素変性症の最初のモデル動物として採用された。また、4年前に作られた嚢胞性繊維症のブタモデル2は、マウスモデルと違ってヒトの病態によく似た症状になる。

また、ブタの消化器系や代謝も、ヒトと似ている。それを利用して、ルードヴィッヒ・マクシミリアン大学(ドイツ・ミュンヘン)の遺伝学者で獣医でもあるEckhard Wolfは、糖尿病のモデルを開発した。ブタは、ヒトと同じく雑食動物であるため、糖尿病にもなるのだ。ブタモデルの1つには、正常なインスリン分泌に必要な「インクレチン」というホルモンが十分に作用できないように変異遺伝子を導入してある3。この変異遺伝子をマウスに導入すると、想定以上に重症の糖尿病を発症するが、ブタではもっと軽度の「前糖尿病」と呼ばれる状態になるので、ヒトの糖尿病のモデルとしてはブタのほうが優れている。「これは、ヒトと似た生理特性を持つ動物をモデルとして使うことの重要性をよく表しています」とWolfは話す。

現在、アルツハイマー病やがん、筋ジストロフィーなど、よく見られる病気のブタモデルも、開発されようとしている。今回、ヒト疾患に関係すると思われる112個の遺伝子変異が発見されたことによって、こうしたモデル作製研究はさらに充実するだろう。また高品質ブタゲノムの解明は、ヒトに心臓や肝臓などの臓器を供給できる遺伝子組み換えブタの作製に取り組むためにも役立つ。移植先の個体の免疫系を欺くことができる遺伝子をブタに組み込み、移植片が拒絶されないようにしようという構想もある。

ブタゲノムが解明され始めた初期に得られた情報は、実際に、畜産の分野で役立ち、1991年の「ブタのストレス症候群」(過熱暖房、移動、交配などによるストレスでブタが突然死する)に関係する遺伝子の発見につながった4。この発見によって、現在では、原因となる変異の有無を検査してブタ個体を選別できるようになった。

今回のブタの全ゲノム解読で得られた情報は、「ブタ繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)」にかかりにくい系統を作り出すことにも役立つに違いない。PRRSはウイルス性疾患の一種で、この疾患によって、米国の養豚業界は年間6億ドル(約510億円)もの損失を被っている。米国の研究グループ・ネットワークであるPRRS宿主遺伝学コンソーシアムは、1本の染色体上に、PRRSに感染したときに血中のウイルス量に影響を与える領域があることを突き止めた5。PRRSの研究をしているArchibaldは、これに関与する遺伝子を特定するのに、今回報告された高品質のゲノム塩基配列が役立つだろうと話す。

ところで、ブタゲノム情報の価値は応用面だけにとどまらない。論文の筆頭共著者であるワーヘニンゲン大学(オランダ)のゲノム研究者Martien Groenenは、野生ブタと家畜ブタのさまざまな系統についてゲノムを再解析したところ、ブタはアジアとヨーロッパでそれぞれ独立して家畜化されたことが明らかになった。また彼は、脊柱がより長くてベーコンがたくさん作れるなどの「望ましい形質」が選択される際に、どこの大陸でどの遺伝子がかかわったかを解明する研究にも、すでに取りかかっている。「この研究は知的好奇心に駆られて始めたのですが、将来的には動物育種にも役立つと思いますよ」と彼は語っている。

(翻訳:船田晶子)

参考文献

  1. Groenen, M. A. M. et al. Nature 491, 393–398 (2012).
  2. Rogers, C. S. et al. Science 321, 1837–1841 (2008).
  3. Renner, S. et al. Diabetes 59, 1228–1238 (2010).
  4. Fujii J. et al. Science 253, 448–451 (1991).
  5. Boddicker, N. et al. J. Anim. Sci. 90, 1733–1746 (2012).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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