News & Views

自発的流動によって動き回る液滴

液体やゲルは界面に外力をかけると流れが生じるが、生命体のように外力がなくても自発的な流れが生じるゲル(「アクティブ」ゲル)が作製され、Nature 11月15日号で報告された1。このアクティブゲルを水−油エマルションの水滴に閉じ込めると、細胞の流体内容物の循環流動に似た流れが生じる。さらに意外なことに、アクティブゲルで満たされた液滴が硬い表面と接触すると、閉じ込められたゲル内に生じた自発的な流れが駆動力となり、表面に沿って液滴が動き回った。

Tim Sanchezらは、細胞から抽出した成分を順次集合させてゲルを作製した(図1)。ゲルの主要構成要素は微小管である。微小管は、力の伝達と運動を仲介する細胞骨格の成分の1つで、堅い管状の線維である。細胞内での微小管のダイナミクスはさまざまなタンパク質によって調節されているが、その1つにキネシンというモータータンパク質がある。キネシンは、燃料分子であるATPから得た化学エネルギーを機械的な動力に変換し、微小管の表面を「歩く」ことができる。Sanchezらは、ゲルのアクティブユニットを構築するために、ストレプトアビジンというタンパク質を足場として用いてキネシンを集合させ、キネシンクラスターを形成した。キネシンクラスターは複数の微小管と同時に結合できるため、微小管の束を作製できる。

図1:微小管を集合させて束を作る
a. Sanchezら1は、タンパク質ストレプトアビジンとモータータンパク質キネシンを組み合わせて利用した。キネシンはストレプトアビジンと結合するよう修飾されている(修飾部の詳細は示していない)。それらのタンパク質は、自己集合により、ストレプトアビジンにキネシン数分子が結合したクラスターを形成する。
b. 次に、Sanchezらは、微小管線維と高分子コイルを加えた。高分子コイルは、微小管どうしをくっつける「枯渇」力を発生させ、キネシンクラスターによって仲介される微小管束の形成を促進する。微小管束を用いて作製した「アクティブ」ゲルは、外力をかけなくても自発的に内部流を発生させる。

そしてSanchezらは、微小管、キネシン、ストレプトアビジンの混合物溶液に、ナノメートルサイズの高分子コイルを加えた。微小管は、ATPの存在下では架橋モータータンパク質の働きによって構造が絶えず作り直されてしまう。これを防いで微小管の束の形成を促進するためには高分子コイルの添加が不可欠なのである。高分子コイルは、枯渇相互作用というメカニズムを通して、微小管どうしの間に引力を発生させる。つまり、線維どうしが互いに近づき繊維間の隙間が狭くなると、高分子コイルはその隙間に入り込めなくなり、生じた浸透圧差が線維間の引力として効果的に働くのである2。最近、Sanchezらの別の研究で、この階層的集合体形成過程が利用され、周期的に波打つ人工繊毛が作製された。基板上の高密度人工繊毛は、自発的に波打ちパターンを同期して、進行波を生み出した3

微小管束が適度な密度で存在する場合、キネシンの働きによって内部で駆動する高分子ネットワークが形成される。この高分子ネットワークは、自発的に流れ、混ざり合い、高い輸送能力を示す。アクティブでないネットワーク(つまりATP燃料が切れたネットワーク)と比較すると、アクティブなネットワークは非常に高い輸送能力を示すことが、ゲル中に懸濁させた小粒子を追跡することによって実証されている。

典型的な束の長さ(数十µm)よりもはるかに大きなスケールで見ると、この系のダイナミクスは、外部から印加される場によって駆動される複雑流体(液晶など)のダイナミクスとよく似ている。しかし、それらの複雑流体と決定的に異なるのは、内部駆動で自発的に起こるという点であり、これがアクティブ材料の主要な特性である。遊泳バクテリアの懸濁液に見られるように、アクティブ材料は、界面に力をかけるのではなく各ユニットへエネルギーを投入することで、平衡状態を離れ、駆動される。微小スケールでのエネルギーの取り込みは、さまざまな系の創発現象(多くの単純な要素が集まって相互作用したときに全体として新たな特徴や構造が生まれること)や自己組織化の駆動に不可欠である4。そうした例としては、バクテリアの懸濁液や鳥の群れといった天然の系から、自己推進型ヤヌスコロイド(特性の異なる2つの表面を持つ微小粒子)などの化学的・機械的な系まで、いろいろある。

Sanchezらが微小管ネットワークを水–油界面に閉じ込めて得た高密度2次元膜も、自発的流動を示した。束の破砕と回復を伴うように見える複雑なダイナミクスが観察され、トポロジカル欠陥(平衡状態の液晶の場合、閉じ込めや外部駆動によって発生しうる)と似たパターンが得られた。

最後に、Sanchezらはアクティブゲルを直径30µm以上の液滴に閉じ込めた。すると、ゲルが液滴の内表面に自発的に吸着して、2次元アクティブ膜が得られた。意外なのは、閉じ込められたゲルの自発的アクティブ流によって、基板上で液滴が自発的に動き出したことである。液滴は、直線的ではなく円状の軌跡で動き回り、33分で約250µm移動した。こうした動く液滴は、流体中のアクティブ液滴が自発的に方向性運動をすることを示す最近の理論的研究5を想起させる。その研究では、大きなドメインを形成するアクティブ成分(Sanchezらの研究では微小管)が、同じ方向を向いて集まっているのに特定の優先方向を示さない場合、アクティブ成分を含んだ液滴は回転運動することが理論によって予測されている。

再構成微小管−キネシン系が研究されたのは、今回が初めてではない。アクティブ自己集合のモデルとして、特に現在のアクティブ系におけるパターン形成の研究に道を開いた注目すべき実験6,7が過去に行われている。それらの実験では、ATPで駆動するキネシン複合体を用いて、微小管がらせん状や星状に組織化されている。得られた星状体は、細胞の有糸分裂紡錘体(細胞分裂を仲介する星状の微小管集合体)によく似ていた。しかし、重要な違いがある。それらの構造体は本質的に動かない6,7のに対し、Sanchezらの微小管ゲルは絶えず変化する自発的な流れを発生させることである。この流れはATPが存在する限り存続し、生細胞中で起こる流れとよく似ている。さらにSanchezらは、アクティブゲル中の内部発生流がATP濃度を変えることによって調節可能であることを報告しており、ダイナミクスの自発的非平衡性を裏付ける結果を得ている。

なお、自発的運動を生み出すためには、微小管が集合し、束を形成することが不可欠のようである(図2および論文1のSupplementary InformationのMovie S2参照)が、その理由は不明である。また、なぜアクティブ微小管ネットワークの挙動が、アクチンフィラメントとミオシンモータータンパク質からなるゲルの挙動(活動により自発的収縮が起こる8)と大きく異なるのかについては、説明がなされていない。

図2:自発的な流れが生じる生体物質
ATPを燃料として、モータータンパク質であるキネシンによって微小管が動き回り、集合し、束を形成する。スケールバーは50μm。

Credit: REF.1

最近、生命体の特徴を示す系の構築を目的として、生体を模倣した集合体を作製する研究が増えている。Sanchezらの研究はその成功例である。では、アクティブ液滴の運動を制御して方向付けを行うことは可能だろうか。細胞に見られるように、流動誘起構造を利用して流体中の粒子輸送を誘導することは可能だろうか。これらは今後の課題である。一方、このタイプの実験によって、細胞内で起こる複雑な動的再組織化の物理的側面が明らかになり始めている。そうした再組織化を駆動する生化学的機構やシグナル伝達の研究と組み合わせれば、最終的には、生命体の仕組みを定量的に理解できるようになるかもしれない。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130232

原文

Spontaneous flows and self-propelled drops
  • Nature (2012-11-15) | DOI: 10.1038/nature11750
  • M. Cristina Marchetti
  • M. Cristina Marchettiは、シラキュース大学(米国ニューヨーク州)物理学科に所属。

参考文献

  1. Sanchez, T., Chen, D. T. N., DeCamp, S. J., Heymann, M. & Dogic, Z. Nature 491, 431–434 (2012).
  2. Lekkerkerker, H. N. W., Poon., W. C.-K., Pusey, P. N., Stroobants, A. & Warren, P. B. Europhys. Lett. 20, 559–564 (1992).
  3. Sanchez, T., Welch, D., Nicastro, D. & Dogic, Z. Science 333, 456–459 (2012).
  4. Marchetti, M. C. et al. Preprint at http://arxiv.org/abs/1207.2929 (2012).
  5. Tjhung, E., Marenduzzo, D. & Cates, M. E. Proc. Natl Acad. Sci. USA 109, 12381–12386 (2012).
  6. Nédélec, F. J. , Surrey, T., Maggs, A. C. & Leibler, S. Nature 389, 305–308 (1997).
  7. Surrey, T., Nédélec, F., Leibler, S. & Karsenti, E. Science 292, 1167–1171 (2001).
  8. Kasza, K. E. & Zallen, J. A. Curr. Opin. Cell Biol. 23, 30–38 (2011).