News Feature

卵の幹細胞をめぐる攻防

マサチューセッツ総合病院(米国ボストン)の再生生物学者Jonathan Tillyは、重要な研究の話を始めると鳥肌が立ってくるという。8月半ばの昼下がり、彼は腕を突き出してそれを私に見せた。その時、彼は不妊症の女性の卵巣から幹細胞を取り出す実験手順について説明していた。Tillyは以前、「卵巣には卵を無期限に作る能力がある」という見解を発表し、激しい批判を受けていた。彼が話し始めた実験は、そうした批判を鎮めるのに役立ってくれるはずのものであった。

Credit: SAM OGDEN

これまでの定説は、「ヒト女性を含む哺乳類の雌は、卵巣にすべての卵母細胞(卵になる手前の前駆細胞)を備えた状態で生まれるため、その時点で一生のうちに作り出せる卵の数が決まっており、その後は年齢とともに減少して閉経時には枯渇している」というものであった。しかし、Tillyの研究はこれを否定したのである。この研究結果は、大きな議論を巻き起こしている。

Tillyは2004年に Natureに発表した論文1で、マウスの卵巣にある卵母細胞が幹細胞によって補充されることを示唆し、定説に異を唱えた。そうした幹細胞についてさらに詳しく解明できれば、不妊症に悩む女性が新たに卵を作り出すのに役立つかもしれないし、また、閉経を遅らせたり食い止めたりするという、Tillyの25年来の目標を達成することもできるかもしれない。

その後も、彼はニュースになる論文を次々と発表したが、その極めつけが2012年の論文2だった。ヒトの卵巣から、見つけるのが難しい幹細胞を単離し、それを本物の卵母細胞へと発生・分化させたことを報告したのだ。しかし、彼の成果に対する疑念の声は今もなお止まない。彼の手法や論拠に疑問を抱く研究者もいれば、彼の実験の再現を試みて不成功に終わった研究者もいるからだ。「Tillyは話を誇張し、発表するプレスリリースも大げさで、数年経って、みんなこう思うのです。『なんだ、間違っていたじゃないか』ってね」と話すのは、イエーテボリ大学(スウェーデン)の分子生物学者Kui Liuだ。

一方Tillyは、これまでたくさんの批判に耐えてきたと話す。「私がこのテーマを追求しようと決心したのは、この研究分野に改革をもたらすような何かを発見した、という純粋な高揚感からでした。それがまさか、こんな不快な状況に追い込まれるとは、思いもしませんでした。本当にひどい話です」。

批判者たちは、Tillyに対して疑念を表明し、時にはあからさまに蔑視する態度をとった。しかし、今はこの対立状態に少し変化が生じている。Tillyを最も強く批判していた研究者のうちの2人が、彼の協力者に転じたからだ。1人は現在、Tillyが設立にかかわったOvaScience社(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の科学諮問委員会で委員を務めており、もう1人のEvelyn Telferは、Tillyが単離した幹細胞を使って研究している。「この細胞が試験管内でやっていることは、科学上の諸問題に迫る真のきっかけとなりうるものです」と、エディンバラ大学(英国)の再生生物学者で、かつてTillyの研究に懐疑的だった彼女は話す。「幹細胞の研究にとって、これはすばらしいツールなのです」。

数が合わない

「出生後に新しい卵母細胞は作られない」という定説の歴史は古い。1951年、当時影響力のあった英国バーミンガム大学の解剖学者Solly Zuckermanは、その時代に入手できた証拠を徹底的に分析した。そして、1870年代からある「哺乳類の雌は生後、卵母細胞を作らなくなる」という説に対して事実上反論できるものが、何一つないという結論に達した3

Tillyは、研究者になって15年間は、主にアポトーシスの解明に取り組んでいた。女性の卵巣内にある卵の数は、年を取るにつれて、排卵や卵母細胞の自然な死によって減少するが、彼は、女性の卵を定量的に調べた研究が1つもないことを知って驚いた。そこでTillyは、1999年からこの研究を始め、顕微鏡とマウスの卵巣組織を相手に格闘しながら、さまざまな年齢のマウスで「卵胞」の数を数えた。卵胞は、細胞でできた袋状の構造で、その中で卵母細胞が形成される。こうして調べた結果は、予想とは合わないものだった。変性した卵胞は、最初の蓄積状態から予測された数の3倍もあったのだ。もし、マウスがこの速度で卵母細胞を失っているとすれば、もっと早い時期に卵が枯渇しているはずだ。何かが卵を補充しているに違いない。その可能性が最も高いのが幹細胞だ、と彼は考えた。

しかし、この説を受け入れようとする研究者は皆無だった。投稿した論文原稿は何度も突き返され、また何度も修正を要求された。そのため、2004年にNatureに掲載されるまで、実に2年もかかった。反論は、彼の出した結論に対してだけでなく、研究の手法に対しても投げかけられた。例えば、Tillyは1つのマウス系統における卵胞の減少速度を使って別の系統の卵胞減少を計算していたが、そんなことにも難癖をつけられた4

Tillyは、アポトーシス研究の大部分を中断し、卵の幹細胞の存在と機能を調べる方向へと研究室全体の舵を切った。「断崖の上に立って飛び降りるべきかを迷っているような状態でした。私にとって、2004年の論文発表がその飛び降りる行為でした。論文が出たことで、もう引き返せなくなったのです」と彼は話す。

その1年後、Tillyは、幹細胞と思われる細胞の供給源が、骨髄にあることを突き止めたと報告した5。健康なマウスの骨髄もしくは血液を不妊マウスに移植すると、不妊マウスで卵母細胞に似た細胞が観察されたのだ。しかし、生じた卵を受精させて胚まで発生させるという「卵の幹細胞であることの実証試験」には、今もなお成功していない。

「卵の幹細胞」の供給源が骨髄だとするTillyの結果に、少なくとも6つの研究グループが反論した。Telferのグループもその1つで、Tillyの実験のうち、うまく再現できたものは1つもなく、彼の結果には別の解釈が可能だと報告した6

また、マスメディアのインタビューでTillyがオーバーに言い過ぎていることも槍玉にあがった。例えば、2005年の「ボストン・グローブ」紙にはTillyのこんな言葉が掲載されている。「この細胞はあなた自身のものであり、他人の同意を得る必要はありません。この細胞を輸血用血液に入れれば、卵巣まで行きます。この細胞は、そこで成熟して卵になるのです」。カンザス大学医療センター(米国カンザスシティー)の生殖生物学者David Albertiniは、「彼は話をおもしろくするために真実をねじ曲げるのです。多くの生殖生物学者は、彼の発言によって大勢の女性が間違った期待を抱いてしまったと思っています」と話す。

Tillyは意見を変えず、同じ分野の研究者たちに、それぞれの研究室で彼の実験を再現してくれないかと求めたところ、幾人かがそれに応えた。2006年、ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の幹細胞生物学者Amy Wagersが、2匹のマウスの循環系を縫い合わせる実験を行った7。ドナー側のマウスは、細胞に緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現し、もう一方のレシピエントは発現していない。この実験で、緑色に光る細胞は、レシピエントマウスの卵巣に入り込むことができ、血液細胞のように振る舞った。しかし、卵母細胞のような振る舞いは見せなかった。

Wagersの結果を受けて、TillyはドナーにGFPマウスを用いて実験を行い、化学療法で不妊にしたマウスに骨髄移植をすると、妊娠して出産できることを示した8。しかし、この仔マウスたちはGFPを発現していなかったため、卵はレシピエント由来であると考えられた。この結果についてTillyは、移植された骨髄細胞によって、既存の卵母細胞が保護されたか、もしくは卵母細胞形成が復活したのだと主張した。一方、批判派は、最初の化学療法でレシピエントの卵母細胞をすべて死滅させることができなかっただけだろうと反論した。

上海からの意外なニュース

Tillyの研究結果を独自に再現した例がほとんど出てこなかったため、彼は論争期間の大半を孤立無援で過ごした。やがて2009年になって、上海交通大学(中国)のJi Wuによって、マウスの骨髄ではなく卵巣組織から、「雌性生殖系列幹細胞」が単離された9。化学療法で不妊にした雌マウスにこの細胞を移植すると、成熟した卵母細胞へと分化し、受精能のある卵になって、健康な仔マウスが生まれたというのだ。仔マウス誕生は、移植された細胞が卵の幹細胞であることを示す決定的な証拠となる。

それまでTelferは卵の幹細胞の存在を疑っていたが、2009年のWuの論文を読んで思い直し、「これは何かあるに違いない」と考えた。その年の研究者会議の時、彼女はバーでTillyに会い、お互いの考えの違いについて話した。その後2人は、停戦協定に似た内容の論評を共著で発表した10。「これらの知見はまだ、『雌成体の通常の生理的条件下で卵形成が起こることを立証する』ところまで到達していませんが、成体マウスの卵巣に生殖系列幹細胞が存在することを強く裏付けるものです。もし、ヒトの卵巣でもこれに相当する細胞が見つかれば、卵が尽きそうな卵巣に卵母細胞を増やして若返らせることができる可能性があります」。

Tillyも含めて多くの研究者が、Wuの研究結果の再現を試みた。そして2012年2月にTillyは、ヒトの卵巣から、「卵原幹細胞(oogonial stem cell)」と彼が呼ぶ細胞を単離したことを報告した2。この細胞をヒト卵巣組織に注入し、その組織をマウスに移植したところ、卵胞も、成熟した卵母細胞とみられる細胞も生じさせることができた(Nature 2012年3月1日号16ページおよび Nature ダイジェスト 2012年6月号7〜8ページ『成人女性の卵巣から幹細胞』参照)。

「そこで我々は、それぞれの研究室で同じコンセプトの実験手順で研究を行い、どちらも確証となるデータを得ました。もうこれ以上議論しなくてもよい段階に来たと感じました」とTillyは話す。

ところが議論は収まらなかった。批判派はすぐに、両グループのやり方に共通する1つの問題点を指摘した。研究グループはそれぞれ、細胞表面のタンパク質に結合するよう作られた抗体を使って、別個に幹細胞を突き止めている。細胞生物学ではよく使われる手法だが、研究グループが抗体の標的としたvasaというタンパク質は、通常は生殖細胞の表面ではなく内部にあるものなのだ。「この抗体がどうやって機能できるのか(細胞内部のタンパク質に結合できるのか)、この分野の研究者の多くが不思議に思っています」と、ワシントン州立大学(米国プルマン)の生殖生物学者Patricia Huntは話す。

Tillyの説明によると、成熟した卵母細胞は表面にvasaを発現しないが、彼が見つけた細胞は、胎児期の前駆細胞と成熟した卵母細胞との中間状態なので、表面にvasaを発現するのだという。また彼は、この幹細胞が卵へと成熟するにつれて細胞表面でvasaが検出されなくなるのだと言いつつも、「その証拠はまだ何もつかんでいません」と断っている。

スウェーデンにいるLiuは、Wuの論文が出た当初はその結果を信じたという。しかし彼のグループは、Wuの実験を再現することができなかった。vasa使用に伴う「細胞表面」問題を回避するため、Liuは、細胞内部にあるタンパク質を追跡するという方法を用いた11。そうして彼は、卵巣のvasa発現細胞を抽出することはできたが、幹細胞の重要な特性である「分裂をする細胞」をその中に見つけることはできなかった。

Wuは、自分の細胞単離技術が簡単なものではないことを強調し、自分の研究室に来て手法を習得するよう、ほかの研究者に勧めている。そして、「Liuのグループの細胞単離の手順は、我々のものとは違います。それでは比較できないでしょう」とも言っている。

実際、Tillyの研究室でも、Wuの実験をうまく再現できなかったという。最終的に何とか細胞を取り出せたものの、「恒常的に卵母細胞が混入していました」とTillyは話す。そのため彼は、マウスとヒトの卵原幹細胞を取り出す実験手順を改訂しなければならなかった。また、Tillyが単離した細胞は、Wuが単離したものとはサイズが異なっていた。Wuによれば、彼女の細胞とTillyの細胞は少し種類の異なる「サブタイプ」であり、両者の細胞の関係をしっかり解明するために必要な「成すべきたくさんの研究」が、まだあるのだという。

一方Telferは、Tillyとの共同研究を始めている。2011年にボストンを訪れて、Tillyのヒト幹細胞を目にした彼女は強い衝撃を受け、試料をスコットランドに持ち帰った。彼女はすでに、マウス組織とウシ組織を使って、卵前駆細胞を受精可能な卵へと体外で分化させる培養系の樹立に成功していたので、彼女はこの手法をTillyが単離したヒト細胞での使用に適応させようと実験を行った。「最初の実験で、私は本当に感動しました」と彼女は言う。Tillyの細胞は速やかに卵母細胞に似たものへと分化したのだ。「私は一晩中、新しい卵胞が形成されたこと以外の説明を見つけようとしました。でも、それ以外の説明は思いつきませんでした」と彼女は振り返る。

Telferは、この細胞を受精させようと考え、英国のヒト受精・胚機構(HFEA)に許可を申請した(米国では、この種の実験に連邦政府の補助金を使うことが禁じられている)。もし成功すれば、受精可能なヒトの卵を体外で作り出すこの手法が、いずれは世界中の不妊治療を扱う病院に普及することだろう。

限界と反発

Tillyの細胞は現在、OvaScience社でも使われている。同社は2011年4月に設立され、ベンチャーキャピタルから4800万ドル(約40億円)を確保済みである。OvaScience社ではTillyの細胞を何通りかの目的に活用しようとしている。その1つは、高齢女性から採取した卵細胞に新鮮な細胞質とミトコンドリアを加えて、卵細胞を若返らせることだ。この研究の土台にある生殖技術は、卵細胞に別の女性の卵から取った細胞質を注入するという実験的なもので、議論も多い。OvaScience社では、ドナーのミトコンドリアを使うことで巻き起こる倫理や安全性の問題の一部を回避するのに、母親自身の卵原幹細胞から抽出したミトコンドリアを使おうとしている。また、その臨床試験には、ボストンにある2つの不妊治療医院の協力を得て、できれば2012年内に取りかかりたいと考えている。

Tillyが見つけた卵原幹細胞は、卵形成を阻害したり促進したりできる新薬をスクリーニングすることにも使えるだろう。そうした薬ができれば、不妊症の改善に役立つだけでなく、閉経を遅らせたり食い止めたりすることが実現するかもしれない。Albertiniはいまだに、そうした宣伝文句がいたずらに期待をあおるのではないかと心配するが、彼もTelferと同様に、先入観を持たないように心がけている。不妊治療薬をスクリーニングするための新しいモデルに展望が開けたことで、Albertiniは納得のうえでOvaScience社の科学諮問委員会に入った。「私の知識や経験の中には、彼らの役に立ちそうなものがたくさんあります」と彼は話す。

OvaScience社は猛スピードで突き進んでおり、その舵は、「Sirtris社」の水先案内役となったチームが取っている。Sirtris社は、米国マサチューセッツ州ケンブリッジに本社を置く、アンチエイジング療法を専門とするバイオテク企業だ。その創業者でハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)のDavid SinclairとTillyとの共同研究が、OvaScience社創立のきっかけとなったのだ。

Sinclairは「自分とTillyは互いを応援し合う仲だ」と話し、2009年には共同で、加齢に伴って卵が劣化するのは、年を取った卵ほど、受精を支えるのに十分なエネルギーがなくなっていくからだという説を検討した。その際Sinclairは、アンチエイジングの専門知識や議論した体験を提供したのだ。ただし、Sirtris社創立の基盤となった最初の研究結果の一部は、今も再現できず、この分野の論争点の1つとなっているNature 2010年3月25日号 480〜481ページ参照)

「Jonと私はいいコンビです」とSinclairは話す。「我々2人で科学の限界を押し広げていますから。でもそれで、2人とも反発を食らっていますが……」。

Tillyは、積極性と情熱を備えているが、それでも、絶え間ない衝突を重荷に感じているようだ。彼は時間の多くを卵巣内の卵原幹細胞の研究にシフトさせたものの、いまだに、骨髄幹細胞も新しい卵を形成しているのではないかと考えている。しかし批判者たちは、たとえ卵原幹細胞の存在は認めたとしても、骨髄幹細胞が新しい卵を作り出す可能性については疑問視しており、否定的だ。

「これまでに得られたデータでは、骨髄幹細胞による卵形成という説を裏付けることはできません」とAlbertiniは言う。しかしTillyは、これらの幹細胞が体内で何かしているはずだと今も思っている。ただ、彼は憤慨しつつも、骨髄幹細胞が不妊治療には重要でないことを、認めようとしている。「もし、こうした細胞を体外に取り出せて、機能を果たせる卵へと分化させられて、正常で健康な赤ちゃんまで発育させることができれば、生理的な特性や仕組みなんか、どうでもよくなるんですけどね」。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130218

原文

Fertile mind
  • Nature (2012-11-15) | DOI: 10.1038/491318a
  • Trisha Gura
  • Trisha Guraは、米国マサチューセッツ州ボストン在住のフリーランスライター。

参考文献

  1. Johnson,J.etal. Nature 428, 145–150(2004).
  2. White, Y.A.R. et al. Nature Med. 18, 413–421 (2012).
  3. Zuckerman, S. RecentProg. Horm. Res. 6, 63–109 (1951).
  4. Gosden, R. G. Hum. Reprod. Update 10, 193–195 (2004).
  5. Johnson, J. et al. Cell 122, 303–315 (2005).
  6. Telfer, E. E. et al. Cell 122, 821–822 (2005).
  7. Eggan, K. et al. Nature 441, 1109–1114 (2006).
  8. Lee, H. J. et al. J. Clin. Oncol. 25, 3198–3204 (2007).
  9. Zou, K. et al. Nature Cell Biol. 11, 631–636 (2009).
  10. Tilly, J. L. & Telfer, E. E. Mol. Hum. Reprod. 15, 393–398 (2009).
  11. Zhang, H. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 109, 12580–12585 (2012).