LPSは細胞内でも感知される
自然免疫系は、微生物に対する精巧な防御系であるが、その過剰な活性化は危険でもある。すなわち、サイトカインと呼ばれる細胞情報伝達分子が過剰に産生されたり、死にゆく細胞から細胞内容物が過剰に放出されたりすると、それが直接あるいは間接的に、宿主組織を損傷することもあり、極端な場合には敗血症が引き起こされる。このような応答の最初の引き金となるのは、グラム陰性細菌の外膜の主要な構成要素であるLPSだ(LPSはリポ多糖と呼ばれる糖脂質のこと)。遺伝学的研究では、LPSは、感染性細菌の検知に特化した進化的に古い受容体ファミリーの1つであるToll様受容体4(TLR4)によってのみ感知されることが示唆されていた1,2が、TLR4非依存的に感知されることを示唆する報告もあった3。
このほど、榧垣伸彦たちは、自然免疫細胞の一種であるマクロファージの細胞質内におけるTLR4非依存的なLPS感知機構について、Scienceに発表した4。細胞質内で何がLPSを感知しているかは分かっていないが、著者たちは、細胞質内でLPSが感知されると、炎症性酵素であるカスパーゼ-11の活性化が引き起こされることを示した。この知見は、我々のLPS応答についての理解を大いに深め、また、敗血症の治療に関係してくる可能性もある。
榧垣たちは、グラム陰性細菌感染過程におけるインフラマソーム活性化についての実験から、この経路の発見に至った。インフラマソームは、多数のタンパク質から構成される大きな細胞質内タンパク質複合体で、病原体の認識により活性化され、IL-1βなどのサイトカインの成熟を引き起こす。また、インフラマソームはピロトーシス(pyroptosis)と呼ばれる炎症性細胞死応答の引き金にもなる。最もよく研究されているインフラマソームは、NLRP3タンパク質を含んだNLRP3インフラマソームである。NLRP3は細菌感染のセンサー分子で、アダプター分子ASCに結合し、次いで、エフェクター酵素カスパーゼ-1の動員および活性化を行う。ほとんどのNLRP3活性化因子が、この機構によりカスパーゼ-1の活性化を引き起こすが、榧垣たちの研究グループは、過去の研究5で、大腸菌(Escherichia coli)やコレラ菌(Vibrio cholera)のような腸内病原菌の感染過程では、カスパーゼ-11の活性化が、NLRP3-ASC依存的なカスパーゼ-1の活性化およびIL-1βの成熟の促進に不可欠であることを示した(図1)。そして、このカスパーゼ-11経路は、LPS誘発性敗血症性ショックにおいても一部の役割を担っていることが示されている。
その後、広範なグラム陰性細菌に対するインフラマソーム応答にカスパーゼ-11が関与している(グラム陽性細菌への応答には関与しない)とする研究が報告され6-13、グラム陰性細菌の感染過程でカスパーゼ-11が活性化される仕組みを明らかにするための研究が行われてきた。今回、榧垣たちの研究グループは、細胞質内でのLPSの感知がカスパーゼ-11の活性化に役割を担っていることを示した。
この知見には、遠回りな方法でたどり着いた。榧垣たちは以前の研究5で、LPSに曝露された細胞では、コレラ毒素B(CTB)がカスパーゼ-11経路の引き金であることを明らかにしている。そして今回の研究で、大腸菌O111:B4由来のLPSは、CTBによるカスパーゼ-11活性化を促進するが、他のグラム陰性細菌由来のLPSやリピドA(TLR4活性化の原因となるLPS成分)ではCTBによるカスパーゼ-11活性化を促進しないことを示した。つまりこれは、CTB自体はカスパーゼ-11活性化の引き金ではないものの、O111:B4由来のLPSを細胞内に送達する媒体として機能することを示している。著者たちはこの知見から、細胞質内LPSが、カスパーゼ-11を活性化する引き金であると推測し、LPSおよびリピドAを直接細胞質内に送達した場合にカスパーゼ-11の活性化が引き起こされることを示すことで、この考えが正しいことを確認した。
榧垣たちは、さらに、TLR4を活性化できる能力を持つ修飾型LPSは、細胞質内LPS感知経路の引き金にならないことを示し、細胞質内LPSはTLR4に非依存的な方法で感知されると仮定した。この仮定を裏付けるため、彼らは、最初に他のToll様受容体(TLR2あるいはTLR3)のリガンドでプライミング(前処理)することで、NLRP3、IL-1βおよびカスパーゼ-11の発現を誘導しておくと、TLR4欠損マクロファージでも、LPSあるいはリピドAに応答して、正常なカスパーゼ-11経路の活性化が起こることを示した。生物活性のあるLPSを欠損した変異型大腸菌、あるいは野生型大腸菌を感染させて、プライミングしたマクロファージでカスパーゼ-11活性化をモニターした結果、細胞質内LPS感知経路がグラム陰性細菌の認識に重要であることを示す説得力のある証拠も得た。つまり、正常およびTLR4欠損のマクロファージは共に野生型大腸菌に応答したが、LPS欠損の変異型大腸菌ではカスパーゼ-11依存的な応答を誘導できなかったのだ。
TLR4欠損マウスは、致死量のLPSを投与されても生存することが以前から知られている。そして、榧垣たちは、以前の研究5で、カスパーゼ-11を欠損するマウスも同様であることを観察している。榧垣たちは今回、最初に非致死量のTLR3リガンドでマウスをプライミングして十分なカスパーゼ-11発現を誘導するという条件で、TLR4欠損あるいは野生型のマウスにおいて、致死量のLPSに対する細胞質内LPS感知経路の意義を評価した。するとこのような条件では、LPS誘発性敗血症性ショックに対して、TLR4欠損マウスは野生型マウスと同様の感受性を示した。
以上をまとめると、今回得られた結果は、グラム陰性細菌感染の検知に細胞質内LPSセンサーが関与していることを強く示している。また、LPS誘発性死亡を引き起こす重度の炎症応答を誘導するには、TLR4およびこの細胞質内LPSセンサーの両方が重要であることをはっきりと示している(図1)。さらにこの研究は、抗菌防御について理解するための新しいテーマを浮かび上がらせた。つまり、複数のセンサーが、異なる細胞内コンパートメント特異的な方法で、同一の細菌産物を認識しているという考え方だ。
このような戦略は、宿主が微生物侵入の深刻度を正しく評価し、それに対する応答を調整するのに役立つ可能性があるため、脅威に見合った戦略と言える。例えば、ごく少量のLPSの場合には、TLR4依存性の炎症促進応答が引き起こされて、感染の存在を宿主に警告し、一方で、多量のLPSの場合には、それが細胞質へと到達し、インフラマソームの活性化、IL-1βの産生および、最終的には細胞死の引き金になるのだろう。この戦略は周到に計画されたものである可能性もある。というのは、細胞質内LPS感知経路は、TLR4を基盤とする認識よりも宿主に有害であると考えられるからだ。結果的には、この細胞質内LPS感知経路は、重度の感染が起こったときにのみ機能すると考えられる。
この研究には、いくつかの早急に解決すべき疑問もある。最も重要な疑問は、LPSを感知する本体は何か、ということである。カスパーゼ-11活性化を調整するその本体が何をしているかが詳しく分かっていないのだ。また、ヒト細胞においても、細胞質内LPSは同様の事象の引き金になるのかどうか。これも重要な問題だ。ヒト細胞においてもこの経路が確認できれば、今回の知見は敗血症を治療する薬剤の開発に役立つだろう。例えば、非常に特異的にTLR4を阻害する薬剤であるエリトランは、最近、敗血症による死亡を減少させる目的でのヒト臨床試験に失敗したが14、これはエリトランが細胞質内LPS感知経路を阻害できないためではないだろうか? LPS誘発性敗血症性ショックの症例のおよそ1/3は、グラム陰性細菌の感染によって引き起こされており、また、これらの症例の死亡率は高い。ヒトでのグラム陰性細菌の認識におけるカスパーゼ-11経路の臨床的意義をより深く理解できれば、このような感染の転帰が改善するだろう。
翻訳:三谷祐貴子
Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 12
DOI: 10.1038/ndigest.2013.131231
原文
Lipopolysaccharide sensing on the inside- Nature (2013-09-12) | DOI: 10.1038/nature12556
- Vijay A. K. Rathinam & Katherine A. Fitzgerald
- Vijay A. K. Rathinam とKatherine A. Fitzgerald は、マサチューセッツ大学医学系大学院(米国)に所属。
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