News

幽霊著者による論文のミステリー

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2013.131218

原文:Nature (2013-09-25) | doi: 10.1038/501470a | Mystery over obesity ‘fraud’

Declan Butler

自分の研究成果を、明らかに悪意を持った幽霊によって発表されてしまった研究者がいる。

Credit: THINKSTOCK

ゴースト・ライティング(代作)といえば、他の人のためにものを書くことだが、このほど発覚した不可解な詐欺事件は、全く別の意味を持つ。2013年7月、肥満研究における重要な知見を報告する論文(A. Vezyraki et al. Biochem. Biophys. Res. Commun. http://doi.org/nxb; 2013)が発表されたが、この場合、論文の著者が幽霊だったのだ。著者とされる人物は、論文に掲載された研究機関には所属しておらず、研究者としての実績も何ひとつ見つからなかった。

これまでにも、査読プロセス(ピアレビュー)の欠陥を指摘するためにダミー論文を投稿してくるケースはあった。しかし、今回、Elsevier社の学術誌 Biochemical and Biophysical Research CommunicationsBBRC)で発表された論文は、それらとは明らかに性質が異なっている。その内容は、脂肪細胞における2つの新規タンパク質の過剰発現が、マウスの糖尿病と肥満に関連した代謝過程の改善につながるというもので、そのこと自体は紛れもない事実だったのである。

「正し過ぎる」というのが、ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)のダナ・ファーバーがん研究所の細胞生物学者Bruce Spiegelmanの意見である。彼は、この論文と同様の知見をこれまでに6回ほど発表したことがあり、学術誌に投稿する準備をしているところだった。彼は、BBRC に掲載された論文は、自分の研究室の研究を妨害するために投稿されたのではないかと疑っている。

問題の論文の著者とされる5人の研究者は、全員、テッサリア大学(ギリシャ・トリカラ)の保健学科に所属していると記されていた。論文のタイトルは、「新規分化促進アディポカインとしてのメテオリンとMETRNL:脂肪合成とインスリン感受性の抑制における役割」である。アディポカインは脂肪細胞が分泌するタンパク質で、糖代謝、脂肪代謝、炎症、肥満に関連した代謝異常(インスリン抵抗性や糖尿病など)に強く関与している。

Spiegelmanは、論文を見た途端に怪しいと思ったという。メテオリンとMETRNLはほとんど研究されておらず、これらのタンパク質が肥満について何らかの役割を担っていることを示す論文は1本もなかった。「だから、これらが新規のアディポカインであり、脂肪細胞での過剰発現がマウスの糖尿病や肥満の改善につながったと報告する論文が唐突に発表されたのはおかしいと思ったのです」と彼は言う。その内容は、彼が学会で発表した研究の知見と全く同じだった。

7月20日、Spiegelmanは BBRC の編集長Ernesto Carafoliに電子メールを送って懸念を伝えた。彼はメールで、「見たところ、この論文の著者らはこれまでに学術論文を1本も発表したことがなく、掲載されている電子メールアドレスは学術研究機関のものではありません」と指摘した。「さらに奇妙なことに、Google、PubMed、著者らが所属しているとしたテッサリア大学のウェブサイトを調べても、そうした人物がテッサリア大学にいるという記述が見つからないのです」。

CarafoliはElsevier社とともに調査を開始した。Elsevier社は8月8日に BBRC のウェブサイトから問題の論文を一時的に撤回し、テッサリア大学に問い合わせをして、論文に掲載されている研究者が同大学で研究を行ったことがないことが確認できたため、この論文を完全に撤回する予定だ。

脂肪細胞の分化について研究しているSpiegelmanは、代謝異常の治療法を開発するEmber Therapeutics社(米国マサチューセッツ州ウォータータウン)の共同設立者でもある。彼は、問題の論文は、自分と自分の研究室に害をなすために投稿されたと考えている。科学者の不正行為は、自身の地位を高めるために行われるのが普通だが、問題の論文の著者は幽霊なので、投稿者が利益を受けることはできない。そうであるなら、自分に対する悪意という説明しか残らない、というのがSpiegelmanの主張だ。

「確かに電子メールのアドレスは変で、チェックすべきでした」とCarafoliは認めるが、それ以外には論文に怪しい点はなかったという。「非の打ちどころのない論文でした。著者が研究者であることは明らかでした」。

問題の論文が「捏造」されたものであると確信するSpiegelmanは、この件は犯罪として捜査するべきだと主張する。彼は弁護士から、今回の捏造論文は単なる科学者の不正行為ではなく、詐欺にあたると教えられた。Carafoliも同じように考えている。けれどもSpiegelmanは、たとえ犯人の標的が彼であったとしても、彼が訴訟を起こすことは、根拠がないのでほとんど不可能だろうとも助言されたという。これに対して、Elsevier社、BBRC、テッサリア大学には、犯人の詐欺行為を告訴する根拠が認められるかもしれないという。

Elsevier社は Nature に、関連当局とともに、「本件がインターネット詐欺の刑事事件に該当するかどうかを検討中です」と語った。

(翻訳:三枝小夜子、要約:編集部)

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度