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化学賞は、分子モデリング研究に

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2013.131205

原文:Nature (2013-10-17) | doi: 10.1038/502280a | Modellers react to chemistry award

Richard Van Noorden

ノーベル化学賞は、コンピューターによる分子モデリングの開拓者に贈られる。今回の授賞で、理論家は実験家に引けを取らないことが確認されたと言える。

Credit: Getty Images

2013年のノーベル化学賞は、スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)のMichael Levitt、ストラスブール大学(フランス)およびハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)のMartin Karplus、南カリフォルニア大学(米国ロサンゼルス)のArieh Warshelに贈られる。3人の業績は、大きな分子(細胞内の酵素や光吸収色素など)のシミュレーション研究で、特に、拡大スケールと縮小スケールをきちんと橋渡しする分子記述の手法が評価された。

当たり前の話だが、Alfred Nobelが遺言状を記した時点(1895年)で予想できなかった科学分野はいくつもある。だから、Levittが言うように「ノーベル計算機科学賞は存在しない」。しかし、化学や生物学において計算科学はますます重要性を増しており、今回そのことが認められたわけだ。

「生物学分野では、計算科学は十分には評価されてきませんでした」とLevittは記者会見で語った。そして、受賞枠が4人だったら、計算能力の飛躍的向上に貢献したチップメーカーも受賞者になったかもしれない、と冗談を言った。

1970年代、3人はこの分野の草分けだった。当時、原子のクラスターより大きい物質について、結合の形成・切断時の詳細な量子力学的状態を計算することはできなかった。現在でも、量子力学モデルでは、数百個以上の原子からなるクラスターは複雑すぎて計算できない。そこで、例えばタンパク質を丸ごとモデリングすることは到底不可能である。このため、Levitt、Warshel、Karplusの3人は「マルチスケールモデル」を考案した。このモデルは、振動する非反応性の原子ボールがばねでつながったものとして分子を扱う簡易シミュレーション(古典力学モデル)と、量子力学モデルとを組み合わせたものだ。「計算できるほど単純ではあるが、有用な細部を見失うほど単純ではない。ほどほどの近似を見つけるのがこの技術の要です」とLevittは言う。

WarshelとLevittは1976年の論文で、マルチスケールモデルを使って初めて、リゾチームがグリコシド結合を切断する仕組みを説明した。今では、マルチスケールモデルは酵素反応の仕組みを研究するのに不可欠であることが証明されている。しかし、製薬業界ではこの手法はあまり広く利用されていない、とミシガン州立大学(米国ミシガン州イーストランシング)のKenneth Merzは言う。それより、例えば、工業用触媒の働きの解明や、半導体ナノ粒子表面の色素の光活性化の研究に使用されている、とミネソタ大学(米国ミネアポリス)の理論研究者Christopher Cramerは指摘する。

今回の授賞は、分子シミュレーションが認められたという面もある、と研究者たちはNatureに語った。「彼らは理論を実験と対等のパートナーにしました」とルンド大学(スウェーデン)の理論化学者でノーベル化学賞選考委員会のメンバーでもあるGunnar Karlströmは語った。

それでも、はたして理論家は実験家を驚かせるような予測ができるのか、という問いは残る。コンピューターモデリングは「なぜ物事がそんなふうに進むのか、人々の理解をうまく助けてくれます。しかし、新しいことを予測するのはあまり得意ではありません。つまり、実験家に指針を与えるのは得意なのです」と、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA、米国)でコンピュータープログラムを使って新しい酵素を設計しているKen Houkは言う。

だから、実験家はシミュレーション結果に注意を払った方がよい、とWarshelは同意する。しかしその一方で、「いずれは、強力なコンピューターで何でもできるようになるでしょう」とも予想する。

Cramerはこう付け加えた。「有害廃棄物の処理価格は年々高くなっているのに対し、コンピューターの処理費用は年々安くなっています。未来は、明らかに理論家に有利なのです」。

(翻訳:藤野正美)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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