Editorial

新生児を対象としたゲノム解読による病気診断の問題点

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ゲノム塩基配列の解読は、病気の強力な診断方法としては確立しているが、病気予防や健康管理にどこまで有効なのかは、まだ明らかになっていない。2013年9月4日に発表された研究プロジェクトGenomic Sequencing and Newborn Screening Disorders(GSNSD)は、まさにその有効性をさぐるものである。対象は新生児、つまり研究が失敗すれば失うものが最も大きい集団だ。

GSNSDプログラムでは、4つの研究チームが、1500人以上の乳児のエキソーム(ゲノム中のタンパク質をコードしている領域)またはゲノム全体の塩基配列を解読する。対象には健康な乳児と病気の乳児の両方が含まれる。病気の乳児の場合、具体的な病気の診断がなされているかどうかは問わない。この研究プロジェクトの目的は、まず、塩基配列情報が家族と医師にとってどのように有効であるかを調べること、そしてもう1つは、約60種の遺伝性疾患を調べる従来の新生児検診データと比べて、塩基配列情報が優位性を持つかどうかを調べることだ。

健康な乳児を対象にして塩基配列解読の有用性を検証する研究は、数は少ないものの増えてきており、こうした成果をつなぎ合わせるのが今回のプロジェクトだ。ただ、今回初めて健康な乳児と病気の乳児の両方を対象とするため、5つのホットな論点が浮かび上がっている。

第1は、遺伝子がどのようにコードされていれば健康な状態なのかが完全には分かっていないのに、ゲノムデータを病気の予防に役立てられるのか、という議論だ。これまでの研究では、塩基配列解読によって、その他の方法では診断できない小児病の15~50%が診断できたとされているが、健康な小児に塩基配列情報を役立てる方法を調べた研究はない。遺伝形質全てが健康に影響するわけではなく、また、特定の遺伝子的変異が特定の人に何らかの意味を持つのかどうかも、全く分かっていない。

第2の論点は、医師はどんな種類の遺伝学的所見を患者に知らせるべきなのか、である。その内容は小児と成人で異なるのか、また病気の人と健康な人で異なるのか。乳児が生死の境をさまよっているとき、家族に、がん発症リスクといった仮定にすぎない将来の情報を受け入れる余地はない。一方、何か見つかればよいという程度の家族の場合、がんのリスクが明らかになると、完全な健康体なのにずっと心配しなければならなくなる。重要なのは、塩基配列情報によって最大の利益を得る小児を特定することだ。

第3の論点は、塩基配列の解読を迅速かつ低コストで行い、正確な情報を伝え、患者の治療に関する決定に反映させる方法を見つけだすことだ。調べる疾患数を増やせば、必然的に偽陽性の数は増える。ある研究では、正しい陽性20回当たり1回の偽陽性が起こるという。こうした偽陽性は、医療費と患者の心配を増やしてしまう。

第4に、遺伝的データの所有者は誰かという点だ。GSNSDのいずれの研究においても、生の遺伝的データを乳児の家族に提供する計画はないが、乳児は、その一生を通じて、データの恩恵を受けられる可能性はある。

そして、この遺伝的データを他の研究者と共有すべきかどうかというのが第5の論点だ。データの共有は、疾患に対する遺伝子の寄与過程を明らかにする上で、最良の方法と考えられる。一方で、遺伝的データのプライバシーを保証することはますます難しくなっているNature 2013年1月24日号451ページ参照)。しかし、乳児自身が自らの情報開示に同意していないのに、その情報が一生にわたって公開されるのは問題だ。GSNSDプロジェクトでは、2つのプロジェクトがデータ共有をすでに決めているが、残り2つは未定だ。

これらの問題への対応が進めば、塩基配列の解読自体は低コスト化するので、全ての小児のゲノム塩基配列が、少なくとも誕生時には解読されてしまうような日が近づくと考えられる。しかし一部の人々は、それは政府の予算で市民全員のデータを保存する計画だとして、そうした動きを警戒している。新生児のゲノム塩基配列の解読によって多くの子どもの生命を救うという可能性を実現するためには、科学者はきちんと倫理を守り、科学を正しく進めることが不可欠である。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2013.131235

原文

Sequenced from the start
  • Nature (2013-09-12) | DOI: 10.1038/501135a