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世界が注目するベンチャーキャピタル

2007年のある日のこと、サードロック・ベンチャーズ社(米国マサチューセッツ州ボストン、以下サードロック社)で研修生として働き始めてわずか3週間のバイオ工学研究者Mikhail Shapiroは、出社して目にした光景に言葉を失った。設立されたばかりの同社は当時、少数のバイオ技術エリートが率いるベンチャーキャピタル企業であった。入り口には 「営業休止」という紙が貼られ、室内にあるデスクや備品、さらには巨大なガムボールマシンにまで、ありとあらゆるものに「For sale」の札が下げられていた。そして、「サードロック・ベンチャーズ社は資金難で閉鎖された」と書かれた通知書が置かれていた。

同社の経営者の1人であるKevin Starr(写真右)は、その話になると、今でも得意顔で笑う。事の顛末は、Shapiroのリアクションを撮影して記録しようと、Starrと仲間が仕掛けた悪ふざけであった。「Mikhailは『この会社ならいつかこうなると分かっていたよ』とでも考えていたんでしょうね」とStarrは回想する。

現在はカリフォルニア工科大学(米国パサデナ)で教授を務めるShapiroがまんまとだまされたことを、笑う人はいない。2007年といえば、2000年代初頭の技術バブルはすでに崩壊していたし、サードロック社が投資するバイオテクノロジー製品の分野は、市場投入までの行程が長い上に成功率が低かった。そのため、投資家たちはこの分野への出資に尻込みしていた。Starrがもう1人の設立者Mark Levin(写真左)とともに、「ゼロからバイオ技術企業を立ち上げる投資ファンド(投資を募りリターンを分配する仕組み)を作るためには、我が社に3億7800万ドル(約378億円)が必要だ」と話すと、投資家に笑われたという。「その10分の1くらいを目指すようにと諭されましたよ」とStarr。

大方の予想に反し、サードロック社はその創業資金を確保することに成功した。以来、右肩上がりに成長し続けている。同社はこれまでに13億ドル(約1300億円)を稼ぎ出し、投資する新興企業の数は30社を超える。投資先企業の多くは、がんエピジェネティクスや遺伝子療法、医療診断薬などの領域の最新研究を基盤としている(「投資先の評価」を参照)。

投資先企業の製品については、ようやく臨床試験に流れ始めたような状態ではあるが、同社の目が確かだったことを示す兆候が2013年に入って見え始めた。同年1月に同社は、Lotus Tissue Repair社(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)を売却した。この組織工学企業は、ジストロフィー型表皮水疱症(皮膚を弱体化させる重篤で希少な疾患)に対する治療法を試験的段階ではあるが有している。売却条件では、Lotus社がある中間的目標を達成できたら、サードロック社は20倍のリターンを得ることになっている。また3月には、同社は3回目の投資ファンドを組み、5億1600万ドル(約516億円)による新たな16社の立ち上げが行われた。そのファンドには野心的な投資家が集まり過ぎたため、一部は断らざるを得かったほどだ。さらに夏には、同社のポートフォリオから2社の株式が公開され、株価はすぐさま急騰した。そして9月末、がん診断薬企業のFoundation Medicine社(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)が、三番手としてそれに続こうとしていた。

マサチューセッツ工科大学(MIT;米国ケンブリッジ)のバイオ工学研究者Robert Langerは、「創業間もない企業への投資はあまり良くないと、長い間言われてきました。そのリスクを冒したサードロック社が今、利益を上げつつあるのだと思います」と話す。Langer自身、彼の研究から数十社をスピンオフさせているNature 2009年3月4日号22~24ページ、およびNatureダイジェスト2009年5月号16〜20ページ参照)。

ゆったりしたバイオ技術企業

サードロック社のオフィスは、ボストンのニューベリーストリートにある。流行の最先端を行く高級ブティックやカフェがひしめくこの街で、サードロック社は2007年以来、オフィスを拡張させてきた。2013年の夏、焼け付くような日差しのある日のこと、オフィスの椅子に腰掛けるStarrは、「Beach Punk 1982」と書かれた緑色のTシャツに迷彩柄の短パン、それに銀色のアクセサリーを身に着けていた。ワイシャツは、ハンガーにかけてしまわれたままだ。

Starrのゆったりしたスタイルにビジネス誌は大いに注目した。そしてあらためて、Starrがもう仕事をしなくても生きていける人物であることを人々に思い出させた。2003年、Starrはミレニアム・ファーマシューティカルズ社(米国ケンブリッジ、以下ミレニアム社)の最高執行責任者(COO)の職を辞した。バイオ技術大手のミレニアム社は、ブロックバスター抗がん剤のベルケイド(ボルテゾミブ)を発売したばかりだった。Starrが退社して間もなく、ミレニアム社を創業したLevinも同社を去った。2人はビジネスの世界を引退した。その後、世界旅行から自主製作映画やブロードウェー・ショーのプロデュースまで、大金を持つ若隠居が普通にやる道楽に明け暮れていた。2006年、毎年恒例となったラスベガスでの長期旅行でゴルフやカジノに興じているさなか、StarrはLevinから「なあ、また一緒に何かやってみないか」と言われたのだという。

ベンチャーキャピタルは、科学を医学的進歩につなげる上で重要な役割を担う。つまり、長期間に及ぶ不毛な研究に取り組む企業が、何らかの利益が期待できるようになるまで支える役割だ。毎年米国では、ベンチャーキャピタルの何十億ドルという資金がバイオ技術企業に流れ込んでいる。この金額を超えるのはソフトウエア業界だけだ。2000年代半ば、この莫大な投資の多くは、すでに臨床試験中の製品を持っている完成された企業に向かっており、未熟な企業への資金投入はごく一部分にすぎなかった。しかし、製薬企業は社内の研究予算を絞り、新薬を中小のバイオ技術企業に求めていた。

そうした変化の中にStarrとLevinはチャンスを見いだした。革新的なバイオ技術企業への需要はあるはずなのに、それを満たすベンチャー投資家はほとんどいなかった。2人はスターバックスで話し合いを重ね、柱となる高度なバイオ技術知識を持つ要員を集めることなど理想のベンチャーキャピタルの細部を詰めた。

目立つ

LevinとStarr、それにミレニアム社で研究開発を統括していたBob Tepperは、典型的なベンチャー投資家とは一線を画したいと考えていた。一般的なベンチャーキャピタルは、社外の研究者の発想やビジネス提案をふるいにかけ、会社の設立を支援し、新規に集めた経営陣に経営を委ねる。Starrたちは、新しく立ち上げる会社でもミレニアム社で感じていた「何でもできる」というスローガンを持ち込みたかったのだという。そのためにまず、従業員は、候補者の面接が数カ月に及ぶことになろうとも、最適な人材に限定すると決めた。次に、社外からの提案に頼らずに投資先を選定する、つまり、自ら最新の科学に注目し、基本的にサードロック社のチームが考えた企業に投資することにした。「2012年は、社外から提示された計画が982件ありましたが、実際に投資した案件はゼロでした」とStarrは明かす。

ベンチャー投資家であれば、投資案件の科学的背景を理解する必要がある。サードロック社の特徴は、メンバー個人が背景の理解どころか細部にまでどっぷり浸かっていることだと、冒頭に登場したカリフォルニア工科大学教授のShapiroは説明する。彼は現在、他のベンチャーキャピタル企業と提携している。「オタク集団なんです。実業界にいるのに、科学的厳密さはMITやカリフォルニア工科大学に匹敵するものだったのです」とShapiro。サードロック社に在籍している従業員約40人のうち、ベンチャーキャピタルで働いたことがあるのはLevinだけで、彼は化学工学者としての教育を受けた。他は、科学者、医師、バイオ技術企業トップとして、最前線でもまれた人々だ。Longwood Fund社(米国ボストン)のベンチャー投資家Michelle Dippは、「数十年にわたる生の実戦経験を持つ人たちです。恐ろしく優れたチームですよ」と高く評価する。

サードロック社は、手持ちの企業の経営を社外の経営者に移譲するときにも時間をかける。新しい経営者が来てくれるまで18カ月以上待つことも多い。最高の人材を連れてくるにはそれが大事だ、とLangerは言う。「優れた最高経営責任者の多くは、リスクの高い新興企業に手を出そうとしません。サードロック社の案件の場合、新しい経営者は、出来たての会社ではなく2年経った生きのいい会社を手に入れることができるのです」。

育て上げるべき新しい会社を発見するためには、有望な発想を探索せねばならない。サードロック社は、その作業に3分の1ほどの時間をかける。そして選ばれた会社には、最高200万ドル(約2億円)が投資される。ただし、社内で「Third Rock Ultra Killer Kriteria(サードロック超厳格基準;TRUKK)」と呼ばれる長く厳しい選別プロセスをくぐり抜けなければならない。TRUKKでは、医薬品の候補については、核となる知見が第三者の実験室によって再現され、毒性の危険性が認められないことが求められる。

サードロック社は、プロジェクトの発想を大手製薬企業の窓口にも流す。相手企業の社内に同じプロジェクトを進めている研究者がいれば、大抵の場合は競合を避ける。あるいは、製薬企業側から「発想は良いのだが、後期臨床試験のデータが分からなければ投資しない」と言われれば、そのプロジェクトは破棄する。可能性を追求するために、サードロック社は実際に役に立つかどうかを容赦なく検討する。

またプロジェクトは、TRUKKに適合させるために3年以内に臨床試験へ移行できるものでなければならない。厳しいことだが、投資サイクルが10年のベンチャーキャピタルでは宿命なのだとStarrは話す。つまり、決定に痛みが伴う場合があるということだ。数年前、同社のチームは長鎖非コードRNAと呼ばれる種類の遺伝子発現調節因子について、治療薬としての有望性を評価した。ホットな領域で、チームはその可能性にほれ込んでいたが、サードロック社の基盤とするには臨床化までの時間が長過ぎた。

机上では冷徹だが、初期に行った投資では規則を曲げたこともある。アジオス・ファーマシューティカルズ社(米国ケンブリッジ、以下アジオス社)は、腫瘍の増殖を助長する代謝変化を標的とする薬剤を開発している。アジオス社は、サードロック社が2007年に支援した最初の企業群の中の1社だったが、アジオス社がそのリード化合物(代謝遺伝子IDH2に変異が生じた腫瘍を攻撃する薬剤)の臨床試験を開始するときには、2013年8月になっていた。

アジオス社の最高経営責任者David Schenkeinによれば、初期のリード薬が狙いどおりに機能しなかったために新たな候補をゼロから開発することを余儀なくされたが、その際にサードロック社からの圧力は感じなかったという。Starrは、そのような失敗がいくつかあることは織り込み済みだと説明する。その遅れが双方にとって問題でなかったことは、2013年7月にアジオス社の株式が公開されたときに投資家によって証明された。アジオス社は1億600万ドル(約106億円)を調達し、株価は取引初日に56%上昇したのだった。

危険な前例

ミレニアム社の歴史を意識して、アジオス社のような企業に注意深いまなざしを向ける人もいるだろう。1993年に設立されたミレニアム社は、サードロック社に支援される多くの企業と同様に「製品エンジン」を目指していた。つまり、1つの科学的根拠や技術に立脚してさまざまな治療法を生み出すような会社だ。ミレニアム社の場合、その根拠になったのは、新しいヒトゲノミクスデータを基盤とする個別化医療だった。ミッションが破綻したことで、この時代の他の会社と同様にミレニアム社の社内研究プログラムも崩壊し、キャッシュは次第に枯渇した。しかし同社は、その専門性を利用して外部企業の有望な医薬品候補を見つけ出し、それを社内に導入して開発の最終段階を担い、上市に持ち込んだ。利益を得たのは長期の投資家だ。というのも、2008年、ミレニアム社は武田薬品工業(大阪)によって88億ドル(約8800億円)で買収されたのだ。

ミレニアム社が科学的に成功したかどうかについては議論があるかもしれないが、急成長するボストン・ケンブリッジ地域のバイオ技術産業に計り知れない影響を与えたことは間違いない。かつての従業員たちは現在、その地域のバイオ技術企業の経営者になっていたり、中枢近くにいたりする。彼らの多くは、Levinその人や、Levinがミレニアム社で築いた文化について迷うことなく賞賛する。かつてミレニアム社で分子細胞生物学部門を統括し、現在は製薬企業Nimbus Discovery社(米国ケンブリッジ)の最高科学責任者を務めるRosana Kapellerは、「私たちは科学者として加わり、起業家として離れたのです」と語る。

明るい見通し

ミレニアム社が最初のミッションが失敗に終わっても成功することができた理由はその環境にある、とStarrは話す。「的確な方法と文化で会社を設立し、持続性のある素晴らしい会社に育てたのです。1つのモデルにはまって壁めがけて突き進む会社ではありません」。

アジオス社は、その点でミレニアム社とよく似ているかもしれない。アジオス社は2012年、新しい化合物の開発に加え、遺伝性の代謝疾患にも手を伸ばしてミッションを拡大した。重度の貧血を引き起こす希少な代謝疾患「ピルビン酸キナーゼ欠乏症」の治療を目指した化合物が開発され、2014年に臨床試験を開始する予定だ。

医学的な革新と投資家へのキャッシュリターンのいずれで判断するにしても、サードロック社が成功したかどうかが評価されるには数年かかるだろう。しかし、サードロック社のチームに近い人々はあることを確信している。それは、悪ふざけが続くということだ。2007年にStarrが演出したジョークの詳細を確かめようとすると、Shapiroは困惑して「どのジョークのことですか」と聞き返してきた。

「信じられないような業績を挙げた、能力の極めて高い人たちの集団です。でも、肩の力を抜いた人たちなんですよ」とShapiroは形容した。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2013.131212

原文

The start-up engine
  • Nature (2013-09-25) | DOI: 10.1038/501476a
  • Heidi Ledford
  • Heidi Ledford は、米国マサチューセッツ州ケンブリッジからNature に寄稿している。