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シーラカンスの全ゲノムが語る脊椎動物の陸上化

–– なぜシーラカンスのゲノム解読を進められたのですか?

二階堂: 私は生物の適応進化に興味があり、1997年に、学部生として岡田典弘教授(現 東京工業大学名誉教授・国際科学振興財団)の研究室に入りました。岡田教授は、DNAの配列をもとに生物の系統を調べる分子系統学の第一人者で、魚類から哺乳類に至る複数のグループについて、系統関係の解明に成功していました。その中で私たちは、「クジラは、陸上に住む哺乳類が海へと戻っていった生物で、系統的に最も近いのはカバである1」といったことを突き止めました。

一方で、タンザニアのビクトリア湖に生息するシクリッドという淡水魚の種分化や分子系統の解析も進めており、協力関係にあったタンザニア水産研究所から、シーラカンスが提供されることになりました。地元の漁師が、サメを捕るため深海に網を入れたところ、生きたシーラカンスがひっかかり、その冷凍個体をタンザニア水産研究所が保管していたということでした。「それなら、シーラカンスの分子系統解析もやってみよう」ということになり、私も加わることになりました。

–– シーラカンスは「生きた化石」などといわれますが、どんな生物なのでしょう?

図1:今回のゲノム解読に用いられた5頭のシーラカンスの1つで、タンザニア産の雌の胎内に宿っていた稚魚(体長30cm強)。

写真提供:岡田典弘(国際科学振興財団主席研究員)

二階堂: 現生種の成魚は、体長約1.5m、体重50〜 60kgで、寿命は100歳を超すとされています。出現は古生代デボン紀(約4億年前)で、その後、多様化し、さまざまな水域で大繁栄を遂げたものの、約6500万年前の隕石衝突により、恐竜とともにほぼ全ての種が絶滅したと考えられています。現存するのは、インド洋のアフリカ大陸沿岸とインドネシア沿岸の、それぞれ深海に生息する2種のみとされています。染色体の型、受精方法などは不明ですが、母胎内で30匹ほどの卵がかえり、稚魚として出てくる卵胎生であることが分かっています。今のところは、胎内に卵や稚魚を宿していれば雌、そうでない場合は雌雄の判定が少し難しくなります。

形態的な特徴は、「肉鰭」と呼ばれる頑丈な鰭を持つことです。魚類の鰭にはわずかしか内骨格が存在しませんが、シーラカンスの肉鰭は根元から頑丈な筋肉と内骨格が備わっています。肉鰭の詳細な機能は分かっていませんが、私たちは、岩などの障害物をよけるために使われたのではないかなどと考えています。この特徴からシーラカンスは、肺魚などとともに肉鰭亜綱に分類されています。

「生きた化石」と呼ばれるのは、絶滅したかと思われていたところに、1952年になって、化石と全く変わらない姿で捕獲されたからでしょう。「太古と変わらない」という点では、ゴキブリやトンボも同じで、実はそれほど珍しいことではありません。

5頭のゲノムを調査

–– 今回は、どのような解析をされたのでしょう?

二階堂: まず2007年より、タンザニア産、「アクアマリンふくしま」が輸入したコモロ産などの個体を対象に、1万8000に及ぶミトコンドリアの全塩基対を解読し、集団遺伝学的な解析をしました2。ただし、ミトコンドリアにある遺伝子を調べても、形態進化についての情報は得られません。

今回は、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 比較ゲノム解析研究室の藤山秋佐夫先生、東京大学大学新領域創成科学研究科の菅野純夫先生、東工大大学院生命理工学研究科の伊藤武彦先生たちと強力なタッグを組ませていただき、タンザニア産の雌体内から見つかった稚魚1頭、別のタンザニア産2頭、コモロ産1頭、インドネシア産1頭の計5頭を対象に、次世代シーケンサーを用いた解読と解析を行いました3

対象にしたのは、筋肉の細胞から抽出したDNAです。十分なカバー率を得るために、短い断片にした DNAを800ギガベース分も読みました。その後で、伊藤先生が開発されたPLATANUS(プラタナス)というアッセンブラーを使い、全ゲノムの配列を再構築できました。

–– どのようなことが分かったのでしょうか?

二階堂: まず、ゲノムサイズが約27億塩基対、遺伝子が約2万5000個と、ヒトやマウスと同程度であることが分かりました。遺伝子の基本セットとしても、哺乳類とそう違いませんでした3。ただし、シーラカンスと哺乳類とでは、形態や機能にかなりの違いがみられるので、遺伝子の調節領域については大きく異なっているのではないかと推測できます。

図2:脊椎動物の系統樹の一部と、遺伝子の進化速度。シーラカンスの進化速度を表す枝の長さは、他の生物よりもかなり短い(すなわち、進化速度が遅い)。

次に、タンザニア産とインドネシア産とでゲノムを比較したところ、試料を取り違えたかと思うほど配列が似ており、その差はわずか0.18%にすぎないことが分かりました3。共通の祖先から、それぞれに分岐したのは3500万年くらい前だとされていますが、その後は遺伝的な交流がないのに0.18%分の配列しか変化していないとすれば、かなり特異な現象だと言えます。現在のゲノム進化の解釈では、DNAの置換や変異は、あらゆる生物において一定速度で起きているとするのが常識ですからね。シーラカンスのゲノム進化は、一般的な速度よりも40倍も遅いと推定されました3

生物の陸上化に貢献した遺伝子

–– 生物の陸上化に関する興味深い成果も挙げられましたね。

二階堂: 今回、私たちは、水中と陸上とで機能が大きく異なる嗅覚と四肢形成に関わる遺伝子に注目しました。嗅覚については、水中生物では水溶性のフェロモンを感じ取る受容体が発達していますが、陸上生物では揮発性のフェロモンを嗅ぎ取るための受容体が発達しています。例えば魚類はフェロモン受容体を6つ持ちますが、哺乳類ではある特定のグループだけを持っており、今回、私たちはシーラカンスが、哺乳類と同じような嗅覚受容体遺伝子を持つことを突き止めました3

一方の四肢形成についても同様でした。四肢形成遺伝子に関して、シーラカンスは、魚類にはなくて哺乳類にみられる調節領域を持つことが分かったのです3

–– それらをどう解釈したらよいのでしょう?

二階堂: シーラカンスにみられる嗅覚受容体や四肢形成の遺伝子は、哺乳類と同じように機能していたわけではありません。これは大事な点です。嗅覚受容体遺伝子は水中のフェロモンを「より強力に嗅ぎ分けるため」に、また、四肢形成遺伝子は「より強力な鰭を作るため」に使われていたと考えられます。これらの遺伝子が、脊椎動物の陸上化にあたって、揮発性物質の嗅覚や四肢形成にも都合が良かったために、それらに転用されたと解釈すべきでしょう。

生物が陸上化を果たす直前の海は、すでにパンク状態で、生物はあるとき一気に陸上化を遂げたと推定できます。このように「突然起きる大きな進化」を跳躍進化といいますが、シーラカンスの嗅覚遺伝子や四肢形成遺伝子は、まさに跳躍進化のための材料として使われたのでしょう。ダーウィンの進化論に従えば、「海のキャパシティーが足りなくなってきてから、ある確率で起きる変異の中で、より陸生に適応したものが徐々に上陸を果たした」ということになりますが、私は、そんな悠長なことは言っていられない状況だったと考えています。

–– 今後の課題や目標は?

二階堂: 1つは、調節因子をシーラカンスタイプに変えれば、同じ四肢形成遺伝子でも形態がドラスティックに変わるのかどうかを、実際の実験で検証することです。例えば、ゼブラフィッシュの四肢形成遺伝子にシーラカンスに特異的なエンハンサーを導入すると「頑丈な筋肉や内骨格」ができるのかどうかを確かめたいと思っています。さらに、タンザニアとインドネシアの種間に、本当に遺伝的な交流がないのかも確かめたいと考えています。私としては、インドネシアからの強い海流に乗ることで、アフリカなどに移動し、「嫁入り」や「婿入り」している可能性も否定できないと考えています。

–– ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

二階堂 雅人(にかいどう・まさと)

東京工業大学大学院生命理工学研究科助教。2002年東京工業大学大学院生命理工学研究科修了(理学博士)。日本学術振興会特別研究員(PD、統計数理研究所)を経て、2006年より現職。井上研究奨励賞(2002)、進化学会研究奨励賞(2012)、文部科学大臣表彰若手科学者賞(2013)などを受賞。

二階堂 雅人氏

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2013.131228

参考文献

  1. Nikaido, M. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 96, 10261-10266 (1999).
  2. Nikaido, M. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 108, 18009–18013 (2011).
  3. Nikaido, M. et al. Coelacanth genomes reveal signatures for evolutionary transition from water to land. Genome Res. 23, 1740-1748 (2013).