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組織や器官を作り出す“職人肌”の科学者

竹澤 俊明

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2013.131122

組織や器官を構成するものは何か?─“細胞”という答えは正しくないそうだ。生体は、細胞と“細胞の足場”により成り立っていると、竹澤俊明上級研究員は言う。細胞の足場とは、細胞周囲でそれを支える支持体のこと。この組織工学の草分け研究者は、足場の研究に魅せられて、再生医療から創薬、動物実験代替法などの応用面を支える技術をこつこつと生み出してきた。

–– 社会的に関心が高まる再生医療。その応用面を支えているのが組織工学ですが、古くから携わっていらっしゃいますね。

竹澤: 私は、動物の組織や器官を生体外で再構築するという研究にずっと関わってきました。皮膚や角膜、血管、あるいは肝臓など、生体内の器官と類似した構造体(オルガノイド)の作製を目指す研究です。

こうした分野を組織工学と総称し、始まりは1993年といわれていますが、前身となったのは、三次元培養と細胞外マトリックスの研究でした。大学を卒業したての私は、E. Bell博士とH. K. Kleinman博士の先駆的な論文を読む機会がありました。それらがおもしろく、この分野で研究しようと決めました。

–– どの辺りに興味を引かれました?

竹澤: 生体内の器官を構成する組織は細胞だけでできているわけではありません。細胞の周りには細胞外マトリックスと呼ばれる一種の構造体が存在するのです。コラーゲンなどの繊維やいろいろなタンパク質の複合体から構成されたもので、“細胞の足場”(細胞を支える支持体)の役割を果たすとともに、細胞の機能を保持しています。

少し専門的な話になりますが、Bell博士は、代表的な細胞外マトリックス成分であるコラーゲンのゲル内に、ヒトの皮膚の繊維芽細胞を三次元的に培養する技術を開発して、真皮に類似した組織を作ることに成功しました(1979年)。また、器官を構成する上皮と間充織の間には、基底膜と呼ばれる細胞外マトリックスが存在します。Kleinman博士は、基底膜様構造体をマウス組織抽出物から人工的に再構成しました。そしてこれを培養細胞の足場に応用する技術を開発して、組織特異的な細胞の機能を活性化することに成功しました(1986年)。

論文を読んで、思いました。細胞外マトリックスに相当する人工的な細胞の足場(培養担体と呼ばれます)の合成技術を工夫して、さまざまな組織や器官の作製に結び付けたいと。

アイデアで勝負してきた

–– まず細胞シート作製に成功して?

竹澤: はい。通常、細胞は培養皿の底面に付着させて増殖させます。しかし、増殖した細胞を回収するために試薬を加えると、1個ずつばらばらになってしまうのです。

そこで、低温にすると溶ける温度感受性ポリマーに着目して、このポリマーとコラーゲンを混ぜた培養担体を作製し、その上で細胞を培養する方法を開発しました。これですと、温度を下げるだけでポリマーが培養液中に溶け出るため、培養担体から細胞をシート状に回収できるのです。

この方法で回収した線維芽細胞のシートを、細胞が付着できない培養担体上で培養すると、徐々に収縮して多細胞性の球状の塊(スフェロイドと呼ばれる三次元の再構築組織)が作製できました。この技術は、世界に先駆けて1990年に論文発表しました1

–– 生体の組織切片を培養担体にするという画期的な発想も、発表されました。

竹澤: 生体内の細胞は、時々刻々と変化する微小環境下で新陳代謝されています。細胞を培養するときの環境も、この生体の環境に近づけることが望ましいと私は考えました。そこで、組織や器官を取り出して凍結し、薄く切って、厚さ約5μmの組織病理学用の切片を作り、培養担体に応用しました。その上で細胞を培養する方法を開発した結果、培養した細胞は切片の部域特異的なシグナルを認識して細胞挙動を決定することが分かったのです。この培養担体は、自分の名前にかけて、「TOSHI(tissue/organ sections for histopathology)」と名付けました2

その後の研究で、この培養技術は幹細胞の分化誘導や化学物質の毒性予測に有用であることが分かってきました。

–– 三次元の細胞培養を簡単に達成するための方法も開発されましたね?

竹澤: 組織やオルガノイドを人工的に作るアイデアを、いろいろ発表しています。また、新しい培養技術が世の中に普及するには、シンプルであるべきだとも気付きました。

その考えに基づいて、「コラーゲンビトリゲル膜®」という培養担体を作りました。生体の細胞外マトリックスの主成分の1つであるコラーゲンは、これまでも培養担体に用いられていました。ですが、そのゲルは不透明で柔らかく、非常に扱いにくかったのです。そこで、従来のコラーゲンゲルを十分に乾燥させてガラス化という処理を施し、その後、再水和しました。すると、コラーゲン線維が高密度になり、透明でピンセットで扱える丈夫な膜状の培養担体になったのです。ここで、ガラス化を経てできるゲルを「ビトリゲル」と命名しました。コラーゲンビトリゲル®膜は、膜の片面のみならず両面に細胞を簡単に三次元培養できるので、いろいろな組織や器官のモデルを作製できます3

コラーゲンビトリゲル®を応用する

ヒト角膜上皮モデルを作製し、電気抵抗値の経時変化より眼への刺激性を判定する試験法を開発。
コラーゲンビトリゲル®膜が底面に貼られたチャンバー。関東化学により製品化されている。

–– ビトリゲルの利用法は?

竹澤: 再生医療、創薬、動物実験代替法、化粧品、食品などの分野での実用化を目指して共同研究を進めています。再生医療の分野では、皮膚、角膜、気管、関節軟骨および鼓膜などの組織再生用のビトリゲルを開発中です。また、私自身は、薬学部出身ということもあって、特に化学物質の毒性・動態解析に興味があります。最近、このような解析に有用な、コラーゲンビトリゲル®膜を底面に貼った円筒形の容器(チャンバー)も開発しました。

–– 具体的な例を教えてください。

竹澤: 今回、化粧品などの眼に対する刺激性を判定する試験法の開発を目指して、コラーゲンビトリゲル®膜チャンバー内に、ヒトの角膜上皮由来細胞を培養したモデルを作りました。このモデルは、ヒトの角膜上皮を反映した約6層の細胞層で構成され、最外層は生体における場合と同様に空気に触れた状態です。

化学物質の刺激の強さの正確な判定は、角膜上皮由来細胞層の持つバリア機能がどれだけ破壊されたか、つまり、培養モデルの電気抵抗値(3分間の経時変化)を測定することにより成功しました4

これまでは、細胞が死ぬかどうかで毒性が判断されてきましたが、この方法ならば、もっと微弱な毒性も感知できるようになります。

–– いろいろな器官に対する検査法としても応用できそうですね。

竹澤: そうなのです。化学物質が体内に侵入するとき、「上皮、間充織、内皮」という3種類の細胞層を通過します。このうちの間充織細胞層の細胞外マトリックスあるいは間充織細胞層そのものをコラーゲンビトリゲル®で代用すると、いろいろな器官のモデルが作製できると考えています。

–– この方法は動物愛護団体からも喜ばれていますね。

竹澤: 薬、化粧品などの開発では、どうしても動物実験が必要になることがあります。それを極力減らす努力が、今求められています。このビトリゲルでヒト細胞を使ってヒトの組織や器官を反映したモデルを作れば、動物実験の欠点である種差の問題も解消されて、さらに優れた検査システムとなるはずです。

この論文を発表してから、欧米の研究機関やニュースメディアからの問い合わせや取材も多数受けており、その反響の大きさに驚いています。

–– 今後については?

竹澤: 私は自分が職人肌の科学者だと思っています。今後も、ビトリゲルやTOSHIをはじめ細胞の足場に関する研究を展開して、真に役立つ技術や製品を創出するまで、がんばりたいと考えています。

–– ありがとうございました。

聞き手は藤川良子(サイエンスライター)。

Author Profile

竹澤 俊明(たけざわ・としあき)

(独)農業生物資源研究所動物科学研究領域、上級研究員。1986年 東京薬科大学卒、1993年千葉大学より博士(薬学)学位取得。大正製薬(株)総合研究所、グレースジャパン(株)日本中央研究所、協和発酵(株)東京研究所、国立精神神経センター、農林水産省畜産試験場などを経て、2001年より現職。

竹澤 俊明氏

参考文献

  1. Takezawa T. et al. Nat Biotech. 8, 854-856 (1990).
  2. Takezawa T. et al. FASEB J. 16, 1847-1849 (2002).
  3. Takezawa T. et al. Cell Transplant. 13, 463-473 (2004).
  4. Yamaguchi H. et al. Toxicological Sciences. http://dx.doi.org/10.1093/toxsci/kft159 (2013).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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