Editorial

鳥インフルエンザウイルスの機能獲得変異研究

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鳥インフルエンザウイルスH7N9亜型は、2013年3月に中国で初めて報告されて以来、これまでに少なくとも134人が感染し、そのうちの43人が死亡している。幸いなことに、ヒトからヒトへの容易な感染を示す兆候はなく、ニワトリやその他の家禽との接触を通じたヒトへの散発的な感染にとどまっている。

そこで研究者は、遺伝子操作によって哺乳類における感染性と病原性を高めたH7N9亜型ウイルスを作製する研究を進めようと考えている。NatureScienceに同時掲載されたCorrespondence論文(Nature 2013年8月8日号150ページ参照)で、エラスムス医療センター(オランダ・ロッテルダム)のRon Fouchier、ウィスコンシン大学マディソン校(米国)の河岡義裕など22人の科学者は、こうした研究がH7N9亜型ウイルスの「パンデミック(大流行)の可能性」を評価する上で役立つと主張している。ただ、この研究にはジレンマがある。偶然にせよ故意にせよ、組換え株が実験室から流出すれば、インフルエンザの大流行につながる危険性があるのだ。

今回の論文を契機に、2012年にフェレット間で感染する鳥インフルエンザウイルスH5N1亜型の実験室株をFouchierと河岡が作製したことで起こった論争が、一部再燃する可能性がある。それと同時に、こうした「機能獲得型」インフルエンザ研究のために導入された審査体制と監督体制の一部が、初めて検証されることになる。Natureは、リスクを正当化する手段として公衆衛生に対する利益を過大評価することについて、研究推進派の科学者が少なくとも短期的には慎重になるべきだと考えている。

ここでは、物事を冷静に見通す目が重要となっている。研究が最高のバイオセーフティー基準に従って行われれば、明らかに長期的な利益、例えばウイルスの感染性と病原性の仕組みに関する手掛かりなどが得られるだろう。しかし、公衆衛生やH7N9亜型ウイルスの脅威に対して、短期的な直接的利益が得られるかどうかはあまり明確ではない。科学者に大流行の予測はできないので、その可能性の評価やどのウイルス株に対してワクチン試作品を製造するかは、結局、相対的なリスク判定によるしかない。

確かにフェレットのような動物モデルにおけるインフルエンザウイルスの挙動を調べれば、感染性や病原性に関する情報が得られるが、その結果をヒトに当てはめることには困難を伴うことがある。2013年に入って、フェレット間でのH7N9亜型ウイルスの限定的な空気感染を明らかにした論文が次々と発表されているが、ヒトからヒトへの感染は確認されていないのだ。

大流行の可能性を評価するもう1つの方法は、野生型ウイルスが変異して、ヒト細胞に侵入しやすくなるかどうかを監視することだ。H7N9亜型ウイルスは、すでにそうした変異の一部を獲得しており、H5N1亜型よりもヒトに感染しやすくなっている。しかし、そうした変異から大流行のリスクを予測できるような科学的証拠はないとする論文が、6月に発表された(D. M. Morens et al. N. Engl. J. Med. 368, 2345–2348; 2013)。感染性は、そんなに単純な話ではないのだ。

哺乳類に感染するH7N9菌株を作製する研究では、さらに一歩進めて、フェレットやその他のモデルにおいて、ウイルスの感染性を高める変異の組み合わせを同定することを目指している。そうした研究は、感染性に影響する生物学的原理について情報をもたらす可能性があるが、その一方で、実験で得られた変異の組み合わせとは別の組み合わせによる感染が、自然に生じる可能性もある。

前回の論争を受けて、米国保健社会福祉省は、哺乳類に感染するH7N9亜型ウイルスを作製する研究に対して、助成金審査に新たな段階を加えている。そこでは、公衆衛生、安全保障、リスク評価、法律学、倫理学の専門家のパネルが、研究のリスクと利益を評価することになっており、特に重要なのが、バイオセーフティー上のリスクを軽減するために必要な追加的措置の検討が行われることだ。この審査段階でH7N9亜型ウイルスがどのように取り扱われるかによって、新しい審査システムの有効性と透明性の程度が明らかになるはずだ。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2013.131130

原文

Handle with care
  • Nature (2013-08-08) | DOI: 10.1038/500121a