Editorial

現行治療法の臨床試験と被験者保護

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生物医学研究の被験者に潜在的リスクを十分に開示することは、倫理的保護の根幹とされてきた。しかし新たな問題が表面化した。それは、すでに行われている治療法の有効性を調べる臨床試験の場合、被験者を保護する最善の方法は何かということだ。この問題は複雑で、数カ月にわたって生物医学界を二分する議論となった。そこで、米国保健社会福祉省の下部機関である被験者保護局(OHRP)は、異例の公開会議を2013年8月28日にワシントンで開催して、この問題に取り組もうとしている。

この問題が注目を浴びるきっかけとなったのは、米国立衛生研究所(メリーランド州ベセスダ)が助成した超早産児の研究だった。2005年から2009年までにSUPPORTという名前の無作為化試験が行われた。1316人の新生児が登録し、平均すると14週も早い早産で、出生体重は1kg未満だった。こうした新生児は、肺が未成熟なために出生直後から酸素吸入を受ける。

臨床試験では、登録者は無作為に2つのグループに分けられ、第1のグループは、血液中の酸素濃度を米国の病院で設定される濃度域の上限付近で維持した。この治療法には、未熟児網膜症の危険が伴う。未熟児網膜症は網膜血管の成長異常で、米国では毎年400~600人の乳児が失明している。第2のグループは、血中酸素濃度を下限付近で維持した。この治療法には神経発達障害のリスクがあり、死亡リスクもある。この臨床試験の目的は、血中酸素濃度の高低が、乳児の生存、神経発達、未熟児網膜症に及ぼす影響を判定することだった。つまり、障害を起こさずに乳児の生存率を最大化する酸素吸入量を突き止めることだった。

1件の苦情をきっかけに、OHRPは、2011年にSUPPORT実施施設23カ所で、被験者の両親が署名した同意説明文書の調査を始めた。2013年3月、OHRPは、この文書には、失明と神経障害と死亡に関して、合理的に予見可能なリスクがあることが説明されていなかったとする結論を公表した。

例えば、2点を除く全ての同意説明文書には、血中酸素濃度を高いレベルで維持した乳児グループは、目に障害を持つ確率が高いことが記載されていなかった。一方、半数以上の同意説明文書には、血中酸素濃度を低いレベルに維持した乳児の場合、眼疾患のリスクが低くなるという利点が言及されていた。血中酸素濃度が低いと、神経発達障害や死亡のリスクが高くなることを記載した同意文書は皆無だった。

臨床試験のプロトコル(被験者の両親には開示されない)には、可能性のある関連有害事象として、死亡も記載されていた。にもかかわらず、同意説明文書には、「今回の臨床試験で提案されている治療法は、いずれも標準的治療法であり、赤ちゃんに対するリスクの上昇は予想されていません」と記載され、両親を安心させていたのだ。

生物医学界のかなりの人々が、臨床試験の担当医師や同意説明文書を承認した倫理委員会の支援に結集した。早産児は、早産ゆえのリスクに直面していたのであって、無作為のグループ分けによってリスクに直面したわけではない、と主張した。また、臨床試験で実施された治療法は、米国小児科学会によって承認された公認のガイドラインに従っており、臨床試験によってリスクは高まっておらず、従って、同意説明文書は適切なものだったという主張もなされた。

SUPPORTの目標自体は正しく、臨床試験は多くの知見をもたらした。しかし、透明性と被験者に対する敬意という点を考えると、その同意説明文書に及第点は付けられない。登録した乳児全体で考えた場合、参加しなかった乳児と比較して、負の転帰がもたらされるリスクに差はないかもしれない。しかし、文書に署名するのは個々の被験者の両親であって、被験者の両親の集団ではないのだ。

第1の被験者グループは失明の恐れが高く、第2の被験者グループは神経発達障害を起こすリスクが高いと明瞭に書かれていた場合、親は臨床試験に登録しただろうか。また、臨床試験に参加しない場合、中庸の治療法がとられ、いずれの副作用も起こさないような処置がとられると記載されていたら、親は臨床試験に登録するだろうか。

研究はいかなる状況下でも研究なのであり、被験者を保護する義務は、常に最優先されなければならない。

翻訳:菊川要、要約:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2013.131131

原文

Subject to question
  • Nature (2013-08-22) | DOI: 10.1038/500377a