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幹細胞でヒトの脳に似た構造を作る

ヒトの幹細胞に由来する神経細胞からなる脳組織に似た塊の断面図。

Credit: MADELINE A. LANCASTER

適切な割合で混ぜ合わせた種々の栄養素と少々の刺激を与えることで、皮膚由来のヒトの幹細胞が、自発的に、脳に似た組織塊になった。今回、こうした「ミニチュア脳」についての詳細およびその活用法が初めて示され、2013年8月28日にNatureオンライン版に発表された1

「この重要な研究によって、シャーレの中で脳を作る研究が大きく前進するでしょう。驚異的な成果です」とClive Svendsenは言う。彼はカリフォルニア大学ロサンゼルス校の神経生物学者で、この研究には関わっていない。完全な形の人工脳ができるのはまだ何年も先の話だろうが、この研究で作られたエンドウ豆サイズの神経の塊はヒトの神経学的疾患の研究に役立つことが証明されるかもしれないと、彼は述べる。

これまで、ヒト幹細胞を使って、眼によく似た構造2や、大脳皮質に類似した組織層3さえも作られている。そして、今回の研究では、もっと大きくてもっと複雑な神経組織塊を作ったのだ。このために、まず、幹細胞を脳などの体内の組織に見られる天然の結合組織に似せた合成ゲルで増殖させた。その後、その新しくできた神経組織塊を、回転式バイオリアクターに入れて、栄養素と酸素を組織に浸透させたのだ。

「非常に驚いたことに、これがうまくいったのです」と、この研究の責任著者であるウィーンの分子生物工学研究所の発生生物学者Juergen Knoblichは語る。小さな組織塊は9週間で、胎児の脳に類似した構造に育った。

完全なコピーではない

顕微鏡で観察すると、異なる脳領域が識別でき、それらの領域は相互作用をしているように思われた。しかし、この原始的な脳の、異なる領域の全体的な配置は、組織サンプルによってまちまちで、生理的な構造は認められなかった。

「全体の構造は、1つの脳のようにはなっていません」と、Knoblichは言う。胎児の中で脳が正常に成熟するには、おそらく体の他の部分からの増殖シグナルによる誘導が必要なのだろう、と彼は付け加える。また、この球状の組織には血管がない。10カ月以上成長させても直径が3~4mmを超えることがないのも、それが理由の1つだろう。

こうした制限があったものの、Knoblichたちは、この系を使って小頭症の重要な特徴をモデル化した。小頭症は、脳の成長が甚だしく妨げられて、認知機能障害が起こる病気だ。小頭症などの神経発達障害は、脳の発生に種差があるため、齧歯類で再現するのは難しい場合がある。

Knoblichたちは、小頭症の患者の皮膚から採取した幹細胞を培養して作った組織の塊が、健康な人から採取した幹細胞から作られた塊ほど大きくならないことを発見した。原因は小頭症の組織塊中で神経幹細胞が早期分化することにより、正常な脳の成長を促す前駆細胞集団が枯渇してしまうことにあった。

「この知見は、小頭症に関するいくつかの有力な説にほぼ一致しています」とカリフォルニア大学サンフランシスコ校の発生神経生物学者のArnold Kriegsteinは言う。さらに、細胞の成長をもっと確実にコントロールできるようになれば、他の疾患のモデル化に、ヒト幹細胞由来の組織を使うことができる可能性もこの研究は示していると、彼は付け加える。

「このアプローチ全体はまだ、ごく初期の段階にあります。これがどれくらい確かなものであるかに関して、結論はまだ出ないでしょう」と、Kriegsteinは言う。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2013.131105

原文

Stem cells mimic human brain
  • Nature (2013-08-28) | DOI: 10.1038/nature.2013.13617
  • Helen Shen

参考文献

  1. Lancaster, M. A. et al. Nature http://dx.doi.org/10.1038/nature12517 (2013).
  2. Eiraku, M. et al. Nature 472, 51-56 (2011).
  3. Eiraku, M. et al. Cell Stem Cell 3, 519-532 (2008).