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土星の潮汐力が、衛星エンケラドスのプルームを制御

土星の衛星エンケラドスは、その南極付近にある裂け目から、氷の粒子の巨大なプルームを噴き出している。今回、このプルームが、土星による潮汐力の変化によって制御されていることが明らかになった。これは、土星を周回している米航空宇宙局(NASA)と欧州宇宙機関(ESA)の探査機カッシーニから撮影されたエンケラドスの画像の分析から分かったもので、コーネル大学電波物理学・宇宙研究センター(米国ニューヨーク州イサカ)のMatthew HedmanらがNature 2013年8月8日号182ページに報告した1。(この記事と取り上げている論文は、2013年7月31日にNatureオンライン版で発表された。

Hedmanらは、プルームの明るさとエンケラドスの土星を回る軌道上の位置との間に、極めて単純で密接な関係を見つけた。そして、2007年に潮汐応力を考慮して作られたエンケラドスの機構モデルが予測していた内容を、ドラマチックな形で確認したのである2

エンケラドスは直径わずか500kmの小さな氷の世界であり、そこで起こっている派手な地質学的活動のエネルギー源は、土星の潮汐力だ3。土星を回るエンケラドスの軌道の周期は約33時間で、より大きな衛星ディオネの重力の影響を周期的に受けているため、わずかに離心的になっている。この離心率のために、土星による潮汐応力がエンケラドスを歪め、衛星内部にギガワットレベルの摩擦熱が発生する。エンケラドスの南極には、タイガーストライプ(虎のしま)と呼ばれる4本の平行な裂け目があり、そこは比較的温度が高い。2005年、ここから水蒸気と氷粒子からなるプルームが放出されていることが、カッシーニによって発見された。そのエネルギー源は潮汐力が生む摩擦熱だ(図1)。

図1:エンケラドスの氷粒子のジェット
この画像は、エンケラドスの南極にある4 本のタイガーストライプと呼ばれる裂け目から噴き出している、氷粒子のジェットを示している。2009 年に土星探査機カッシーニ搭載のカメラで可視光で撮影された。一方、カッシーニの観測装置VIMS(光学・赤外マッピング分光器)で、ジェットが集まって生じるプルームの低分解能赤外線画像が撮影された。Hedman らはその画像数百枚を分析し、裂け目に働く土星の潮汐応力の変化にプルームが反応しており、裂け目に張力が働いているときにプルームが明るくなることを見いだした1

Credit: SPACE SCIENCE INSTITUTE/JPL/NASA

このように、エンケラドスは、地球を除けば、進行中の地質学的プロセスをリアルタイムで観察できる貴重な場所の1つであり、特に、活動がおとなしい氷の世界を理解するための手掛かりになる。プルームの氷粒子は塩分を含んでおり、エンケラドスの表面の下には、液体の水や、海もあるかもしれない4。プルームのガスには、複雑な炭化水素やその他の有機化合物が含まれている5。このように液体の水と複雑な有機化学現象が存在しているとみられることから、エンケラドスには地球外生命が生息している可能性もあり、そのことも、衛星内部を調査する動機となっている。

2007年に発表されたエンケラドスの機構モデルに関する研究は、エンケラドスに働く土星の潮汐力が、土星を周回するごとにタイガーストライプを引っ張ったり圧縮したりしているらしいと指摘した2。この研究によると、タイガーストライプの多くは、エンケラドスが土星に最も近いとき(近点)に圧縮され、土星から最も離れるとき(遠点)には引っ張られるという。そして、張力が働くとプルームのガスと粒子が放出される経路が開き、プルームの活動は盛んになるはずだという。これは納得できる予測だ。

エンケラドスの表面と内部を調べ、さらにプルームのサンプルを採取するために、カッシーニは、エンケラドスへの近距離のフライバイ(接近通過)をすでに20回も実施している。しかし、プルームは大きくて明るいため、もっと遠距離からのリモートセンシング(遠隔探査)でも観測可能だ。カッシーニの可視光波長カメラと光学・赤外マッピング分光器(VIMS)を使えば、頻繁に観測することができる。カッシーニのカメラで撮影された比較的少数の画像を使ったこれまでの研究で、プルームを構成する個々のジェットに、予測された変動の兆候が見つかっていた6。今回のHedmanらの研究は、VIMSによる赤外画像を使い、以前の研究よりもずっと多い、252枚のプルーム画像を系統的に分析することで、決定的な結論に達することができた。

大きなデータセットを使ったため、プルームの明るさの変化のうち、軌道に関係した時間変化と、長期的な変化や光の位置関係によって生じる変化(プルームのマイクロメートルサイズの氷粒子は、後ろから照らされると非常に明るくなる)とを分離することができた。この分析で明らかになった時間的変化は、単純かつ劇的だった。2007年の研究で予測されたとおり2、エンケラドスが遠点にあるときのプルームは、近点にあるときよりも約4倍明るかったのだ。これは、タイガーストライプが潮汐応力に応じて毎日実際に開いては閉じ、プルームの放出を制御していることの強い証拠になる。

地質学は、固体状態の物質の複雑なふるまいや長期記憶を扱う学問であり、複雑で面倒な仕事になりがちだ。従って、このような単純なパターンが現れると、びっくりさせられるとともに教訓的でもある。プルームと軌道との強い関連性は、エンケラドスの仕組みを説明するモデルを制限する条件になり、今後の研究の貴重な道しるべとなる。例えば、先に述べた2007年の潮汐応力モデルは、エンケラドスの地殻は弾性のある薄い殻であり、衛星内部とは衛星全体を覆う海などの液体層で分離されていると仮定していた。しかし、全球海洋が凍結しないでいるのは難しく7、現在では、南極地域に局地的な海洋があるとするモデルの方が可能性は高いと考えられている8。このような改良モデルについても、今回観測されたプルームのふるまいと合っているかによって取捨したり、今回の結果から新たに制限を課すことができる。

カッシーニの光学カメラは、VIMSに比べて50倍高い空間分解能を持つので、プルームを構成する個々のジェットの変化を追跡して、内部構造モデルにさらに詳細な制限を加えることができる9。ジェットの変化は、それが出てくる裂け目に働く局所的な応力についての情報をもたらし、表面下の局所的な状況を調べるもう1つの手段となる。VIMSによる観測は、エンケラドスの軌道上の位置が異なればプルーム噴出速度も変化することを示しており、プルームがどのように表面に達するかについて、もう1つの手掛かりを与えている。このように、これほど詳細に活発な地球物理学的プロセスを分析できる場所は、地球とエンケラドス以外にはない。

エンケラドスは、この他にも非常に明確なパターンを見せている。例えば、エンケラドスの表面には年代と変形のタイプから地質学的に区別できる領域がいくつかあるが、それらは衛星の自転軸と土星への方向に関して、ほぼ完全に対称に位置している10。同様に奇妙なのは、活動している4本のタイガーストライプが幾何学的な単純さを持っていることだ。4本ともほぼ同じ長さ(約130km)で、約35kmの一定間隔で並んでいる。プルームのふるまいのように、こうした単純なパターンは重要な事実を示しているに違いない。しかし、今のところは謎のままであり、決定的な説明は今後の研究に委ねられている。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2013.131126

原文

Saturn’s tides control Enceladus’ plume
  • Nature (2013-08-08) | DOI: 10.1038/nature12462
  • John Spencer
  • John Spencer は、米国コロラド州ボールダーのサウスウェスト研究所に所属。

参考文献

  1. Hedman, M. M. et al. Nature 500, 182–184 (2013).
  2. Hurford, T. A., Helfenstein, P., Hoppa, G. V., Greenberg, R. & Bills, B. G. Nature 447, 292–294 (2007).
  3. Spencer, J. R. & Nimmo, F. Annu. Rev. Earth Planet. Sci. 41, 693–717 (2013).
  4. Postberg, F., Schmidt, J., Hillier, J., Kempf, S. & Srama, R. Nature 474, 620–622 (2011).
  5. Waite, J. H. et al. Nature 460, 487–490 (2009).
  6. Spitale, J. N. & Porco, C. C. Nature 449, 695–697 (2007).
  7. Roberts, J. H. & Nimmo, F. Icarus 194, 675–689 (2008).
  8. Collins, G. C. & Goodman, J. C. Icarus 189, 72–82 (2007).
  9. Porco, C., DiNino, D. & Nimmo, F. 44th Lunar Planet. Sci. Conf. abstr. 1775 (2013).
  10. Crow-Willard, E. & Pappalardo, R. T. EPSC Abstr. 6, EPSC-DPS2011-635-1 (2011).