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味覚なしマウスは精子が異常に

マウスが健康な精子を作るには、生殖とは別目的の遺伝子が必要らしい。それが、味覚を可能にしている遺伝子だ。これ自体はさほど驚くことではない。過去10年で、かつては口と鼻にしかないと考えられていた味覚と嗅覚の受容体が、脳や腸や腎臓など全身で発見されているからだ。しかし、そんな場所でこれらの受容体が何をしているのかは謎のままだ。

今回の思いがけない発見は、数年前に始まった実験に端を発する。フィラデルフィアにあるモネル化学感覚センターの味覚研究者Bedrich Mosingerは、甘味とうま味の感覚に必要な2種類の受容体を欠いたマウスを、交配によって作ろうとした。片方の受容体を持たない親どうしを交配させれば、両方の受容体を欠く仔マウスが少し生まれるはずだ。しかし何度繰り返しても、そんなマウスは1匹も生まれなかった。

不思議に思ったMosingerらは、その原因が雄のマウスにあることを突き止めた。雌は味覚受容体を作らない形質を子どもに伝えたのに対し、雄は伝えられないのだ。「奇妙な事実に、とても驚きました」とMosingerは言う。

味覚に関するこれらの遺伝子が精子にどう影響するかを調べるため、片方の受容体の遺伝子を欠損した雄のマウスを作り、もう一方の遺伝子のスイッチをオフにする薬を与えた。このマウスの精子を調べたところ、メチャメチャになっていた。精子の頭部は曲がって大半は大き過ぎ、尾はねじ曲がって絡まっていた。2つの味覚受容体遺伝子の発現を止めたことで、なぜか、精子を作る機構が壊れてしまったのだ。

精子には苦味受容体とにおい受容体があることが知られており、卵子から放出される化学物質を感知している可能性が高い。だが、そうした受容体が精子の発達に影響している可能性が指摘されたのは、今回が初めてだとワシントン大学(セントルイス)のYehuda Ben-Shaharは言う。「細胞が成熟した後に、こうした受容体が周囲と相互作用を始めるケースはありますが、私が知るかぎり、これほど早期の段階で影響を発揮する例は今回が初めてです」。

これら2つの遺伝子が精子の発達をどう制御しているのか、詳しいところはまだ不明だ。体内の他の場所では、味覚や嗅覚の受容体が毒素を感知したり、腸内細菌からのメッセージを受け取ったり、病原菌を退けたりしていることが分かっている。こうした一連の発見は、調べ尽くしたと考えている遺伝子でさえ、実は、全く別の働きをしている可能性があることを思い知らせてくれている。

翻訳:粟木瑞穂

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2013.131106a