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間葉系幹細胞の混乱を解消する標準化

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2013.131028

原文:Nature (2013-07-25) | doi: 10.1038/499389a | Stricter standards sought to curb stem-cell confusion

Helen Shen

間葉系幹細胞の評価方法についてはバラバラで、その定義すら怪しい。 こうした混乱状態を解決するため、 きちんとした標準を作成する作業部会が設置された。

米国立衛生研究所(NIH)で幹細胞研究ユニットを率いるPamela Robeyの元には、研究者から細胞がよく送付されてくる。それらは脂肪から抽出した細胞で、骨あるいは軟骨への分化が可能な間葉系幹細胞(MSC)であるかどうかを確認してほしいという依頼だ。

送付されてきた細胞を分化させようとしても、多くの場合、脂肪小球が産生されるにすぎない。「MSCではなかったと残念な結果を伝えると、落胆する人が多いですね」とRobeyは話す。

研究者が失望するのは、MSCがどんな細胞であり、どのような挙動を示すかについて、情報が不足して誤解が蔓延しているせいだとRobeyは考えている。MSCは、心臓や脳の傷害、関節の損傷、クローン病および多発性硬化症を含む、さまざまな疾患の治療に利用できると考えられている。しかし、研究者の一部は、MSCの臨床的応用と基礎科学は大きくかけ離れていると言う。ボストン小児病院(米国マサチューセッツ)の幹細胞移植プログラムを率いるGeorge Daleyは、「骨障害から免疫異常まで全て治療できるなんて、ちょっとインチキくさいと思います」と話す。

急成長するMSC分野に科学的な透明性を導入しようと、大学、企業および政府機関の研究者や専門家からなる国際的な作業部会が発足し、2013年3月下旬、NIH本部(米国メリーランド州ベセスダ)で初会合が行われた。この新しい作業部会の目的は、より厳密な研究の実践をMSC分野に求め、最終的には、MSCを基盤とする治療法の商業的開発において指針となる「MSCの科学標準」を構築することにある。ただ、この取り組みを評価する人はまだ少なく、現在、MSCを使った治療を支持する側からも、MSCの可能性は過大評価だと考える側からも批判を受けている。

SOURCE: PUBMED

実は、何がMSCを決定付けるのか、その定義さえ議論になるのが現状だ。MSCは、骨再生能のある骨髄中の細胞として1960年代に初めて報告された。現在、MSCという名称は、同じ間葉系の脂肪や歯由来の細胞だけでなく、他の組織由来の細胞に対しても用いられている。ただ、どんな細胞にも分化可能という初期の仮説は、動物実験ですでに否定され、何になるのかはMSCの起源によることが示されている。作業部会は、MSCの標準化に向けた第一歩として、急増中のMSC研究論文に対処するための学術誌向けの指針を策定中である(グラフ参照)。この指針には、細胞の由来(どの動物のどの組織に由来するのか)や培養条件を著者に明示させる案を盛り込むことなどが検討されている。学術論文では、このような詳細は省略されることが多い。

「MSCをどの組織から得たのか、また何の目的でMSCを用いたのか、もっと厳密に記す必要があります」と、この作業部会には参加していないローマ・ラ・サピエンツァ大学(イタリア)の幹細胞研究者Paolo Biancoは指摘する。

この作業部会の運営委員の1人でもあるRobeyは、「MSC生物学の多くは厳密ではありません。そのため、MSC分野は他分野の幹細胞生物学者から見下される傾向があります」と率直に語る。

明確な定義

この作業部会は、MSCのうちの何割が実際に幹細胞であったかを著者が実験条件ごとに定量化すべきかどうかについても議論している。かつてMSCを定義する基準として、MSCの表面に実際に発現している特定の分子を検出する方法などが用いられた。しかし現在では、これらの方法で選び出した細胞群には、別のさまざまな細胞も含まれ、自己複製および複数の細胞種に分化できる可能性があるものは、ごく一部にすぎないことが分かっている。

学術誌がこのような指針の採用にどの程度関心があるのか、作業部会はまだ聞き取りを行っていない。マーガレット王女病院(カナダ・トロント)の細胞治療プログラムを率い、この作業部会の運営委員長を務めるArmand Keatingは、「学術誌がこの指針を受け入れるかどうかは分かりません」と言う。

この作業部会は、来年には、MSC参照株を1株以上樹立するという困難な課題に取り組む。参照株が樹立されれば、研究者や企業は、所有する細胞の独自性や純度および有効性を参照株との比較によって容易に評価できるようになるだろう。

それに対し、この分野に欠けているのは、広範囲にわたる治療にMSCを用いるための信頼できる理論的基盤であって、MSCの評価基準を標準化する試みは科学界にほとんど利益をもたらさないと考える研究者もいる。「脳の病気を治療するのに、どの点から見ても骨細胞である細胞を使う場合、私なら、まずそこに明確な論理的根拠があるのかどうか考えます」とBiancoは言う。

1991年に現在のMSCの概念を提唱した、ケース・ウェスタン・リザーブ大学(米国オハイオ州クリーブランド)の幹細胞研究者Arnold Caplan(J. Orthop. Res. 9, 641-650)も、この作業部会の取り組みを懸念している。Caplanは、MSCは炎症軽減と治癒促進を誘導する生化学物質を分泌し、それによって広範囲にわたる疾患を治療できる可能性があると考えている。学術誌の指針で過度に規制されると、有望な結果が公表に至らなくなる可能性があると話す。

また、より厳密な実験基準の採用が、MSCを用いた治療の実現を心から待ち望む患者たちにどれだけの影響を及ぼすのかもよく分からない。コンサルティング会社Cell Therapy Group(カナダ・バンクーバー)の設立者Lee Bucklerは、MSC標準株の導入やMSC研究に対する評価により、さまざまな治療製品の比較が容易になることで、「喜ぶ会社があるでしょう」と言う。一方で、MSCを用いた治療が確立され、より明確な規格に基づいた競合製品が出てくれば、自社の製品が突然脅かされる事態にもなる、と付け加えた。

MSC製品を開発中のAthersys社(米国オハイオ州クリーブランド)の取締役副社長で、標準化作業部会に参加しているRobert Deansは、MSCの標準が定まれば、MSCやMSC製品の前臨床試験の系統的な計画や評価が容易になり、バイオテク企業が大手製薬会社を誘致してMSC製品を市場に投入するのに役立つかもしれないと話す。「大手製薬会社はMSCにこれまであまり投資していません。MSCについてのコンセンサスが十分ではないからです」と彼は説明する。

(翻訳:三谷祐貴子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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