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人間は、ものを投げる動物である

Credit: THINKSTOCK

スポーツ選手がものを投げる能力は素晴らしく、野球のピッチャーは時速160kmの剛速球を投げることができる。このほど、大学スポーツ選手の投擲動作(ものを投げる動作)のビデオ研究が行われ、約200万年前からヒト科祖先に備わるようになった一連の解剖学的特徴が、ヒトの優れた投擲能力を支えていることが分かった。

投擲能力は、ヒトが狩猟をする上で重要な役割を担っていた可能性がある。そして狩猟が、ヒトの進化にとって決定的な役割を果たした可能性がある。

ジョージ・ワシントン大学(米国ワシントンD.C.)の生物人類学者で、ハーバード大学在籍中にこの研究チームを率いていたNeil Roachは、「ヒトの祖先がものを投げる能力を獲得したことが、効果的かつ安全に大きな獲物を殺すことを可能にしたのかもしれません」と言う。彼は、初期のヒト科祖先が高カロリーの肉と脂肪を食べるようになったことが、その脳と体の成長を促し、生息域の拡大を可能にしたのではないか、と提案する。この研究は、2013年6月26日にNatureに発表された1

Roachによれば、霊長類の中には、時々かなり正確にものを投げるものもいるが、日常的に高速かつ正確にものを投げられるのはヒトだけだという。

成熟した雄のチンパンジーは時速30km前後でものを投げられるが、12歳のヒトでさえ、その3倍のスピードで野球のボールを投げられる。実は、人体にできる最も速い動きは、ものを投げるときの上腕の回転運動であり、瞬間的には毎秒25回転に相当する速度になる。

Roachらは、ヒトが強い力で正確にものを投げられるのは、主として肩に関係した適応の結果であることを明らかにした。

カギは腕を後ろに引く動作

研究チームは、高速モーション・キャプチャー・カメラを使って、16人の野球選手を含む20人の大学スポーツ選手の投擲動作を記録した。それから治療用装具を用いて被験者の腕の可動域を制限し、初期のヒト科祖先に近いと思われるレベルまで投擲能力にハンディキャップをつけた。その際には、化石記録から分かるヒト科祖先の関節の形状と相対的配置のシミュレーションを参考にした。

分析の結果から、投擲動作の間に肩の筋肉が生成する力は、全体の半分にしかならないことが示唆された。残りの力の大半は、肩やその他の部位の新規に進化してきた解剖学的特徴から生じていて、これらの構造に一時的にエネルギーが蓄えられ、それが急速に解放されている、と研究者らは主張する。

例えば、ヒトの関節窩にはまっている上腕骨頭とその骨幹が作る角度は、チンパンジーに比べて20°も小さい(http://nature.asia/nd1310-n1の動画参照)。Roachによると、そのことがヒトの腕の可動域を広げ、ものを投げる前に腕をより大きく後ろに引けるようになり、その結果、肩の腱により多くのエネルギーを蓄えられるようになるという。

研究チームは、ものを投げようとする被験者が腕を引いたときの上腕骨の回転角度が、自分の筋力だけで腕を引いたときより大きくなっていることを見いだした。これは、靭帯と腱が伸びてエネルギーを蓄えている証拠である。

また、ヒトのウエストがチンパンジーに比べて長く柔軟性に富み、胴をより大きく回転させることができることも、ものを投げる前に、より大きなエネルギーを蓄えることを可能にしている。さらに、ヒトの肩関節の向きも、投擲動作の間にトルクを生じさせる能力を増大させている。こうした特徴が一緒になることで、ヒトの腕は、効率が良く強力なカタパルトになっている、とRoachは言う。

持久走能力との関係

これらの解剖学的特徴のいくつかは、約400万年前から200万年前にかけて生息していたアウストラロピテクスで個々に出現しているが、約200万年前のホモ・エレクトスになって初めて全部がそろったようである。同じ時期のヒト科祖先の化石記録に、持久走に関連した解剖学的特徴がさまざまな組み合わせで現れるのは、偶然ではないのかもしれない2

ニューヨーク大学(米国ニューヨーク市)の人類学者Scott Williamsは、今回の知見は、現生人類の高い投擲能力が主として肩に依拠していることの「非常に良い証拠」になると言う。

また、カリフォルニア科学アカデミー(米国サンフランシスコ)の古人類学者Zeresenay Alemsegedは、「実験結果と解剖学的観察とを結び付けて検証可能な仮説を立てている点で興味深い研究です」と言う。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2013.131011

原文

Baseball players reveal how humans evolved to throw so well
  • Nature (2013-06-26) | DOI: 10.1038/nature.2013.13281
  • Sid Perkins

参考文献

  1. Roach, N. T., Venkadesan, M., Rainbow, M. J. & Lieberman, D. E. Nature 498, 483-486 (2013).
  2. Bramble, D. M. & Lieberman, D. E. Nature 432, 345-352 (2004).