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ナノ粒子温度計で生細胞の温度を測る

研究者たちはレーザー光で細胞の特定部位を加熱し、ナノダイヤモンドを用いて温度を測定した。

Credit: GEORG KUCSKO

ハーバード大学(マサチューセッツ州ケンブリッジ)の物理学者Peter Maurerらは、量子コンピューター用に開発された手段を使って、生細胞内の温度変化をマッピングする手法を開発した1

この手法は、微小なダイヤモンド結晶「ナノダイヤモンド」における量子効果を利用したものであり、1000分の数 ケルビン(K)というわずかな温度変化を検出できる。また、Maurerらは、金ナノ粒子とレーザーを用いて細胞の特定部位を加熱できることも示した。「我々は、細胞レベルで温度をコントロールする手段を手にしました。生体システムが温度変化にどう反応するのか研究できるようになったのです」とMaurerは言う。

研究者らは、ダイヤモンドの窒素-空孔(NV)中心の操作に成功し、NV中心を利用した量子計算の実現に向けて一歩を踏み出している。NV中心とは、炭素原子の位置に置換された窒素原子(異種原子)と、その隣の原子1個が抜けた孔(原子空孔)からなる不純物のことである。また、窒素の電子は磁場に対して極めて敏感なため、ダイヤモンド結晶は磁気共鳴イメージング(MRI)用の素材としても有望視されてきた。だが、こうした磁気プローブは、温度変化の影響を非常に受けやすいというデメリットがある。ところがこれを逆手に取って、磁気プローブを精密温度計2,3として活用した研究者がいた。Maurerもその1人だ。今回彼らは、ダイヤモンド精密温度計を生物学分野に応用してみた。

1細胞内の温度分布をマッピング

ナノ温度計を使って、単一細胞の「ヒートマップ(温度分布図)」を作成できる。

Credit: ref.1

Maurerらは、ナノワイヤーを用いてナノダイヤモンド結晶をヒト胚細胞に注入した後、その細胞に緑色レーザー光を照射し、不純物を赤色に発光させた。

細胞内部の温度が変化すると、NV中心から放出される赤色光の強度が変化する。Maurerらは、この赤色光の強度を測定することによってナノダイヤモンドの温度を計算した。ダイヤモンドは熱をよく伝えるので、ナノ結晶は周辺の細胞環境とほぼ同じ温度になる。

また、Maurerらは、細胞に金ナノ粒子を注入してそれにレーザーを照射し、細胞のさまざまな部分を加熱した。微小なナノダイヤモンド温度計のおかげで、温度上昇箇所と温度上昇幅を精密にコントロールできた。

こうしたナノダイヤモンド温度計は、基礎生物学分野で有用なツールになるかもしれない。「遺伝子発現から細胞代謝に至るまで、さまざまな生物学的過程が温度の影響を強く受けているのです」とMaurerは言う。例えば、全発生過程が追跡されている線虫(Caenorhabditis elegans)において、温度によって各過程がどう変わるのか、研究できる可能性がある。「1個1個の細胞を加熱して、その周りの細胞の増殖が加速するのか減速するのか調べることもできるでしょう」とMaurerは言う。

細胞内温度のマッピングは今回が初めてではない。すでに別の研究チームも蛍光分子を用いてヒト細胞内の温度をマッピングしている。しかし、今回開発された温度計は、その10倍以上の感度を持ち、わずか0.05Kの温度変化を検出できる、とMaurerは言う。ただ、まだ改良の余地はある。生細胞の外であれば、Maurerらの微小温度計はすでに0.0018Kの感度を達成しているからだ。

ナノダイヤモンド温度計を化学に応用すれば、熱流が化学反応に(特に2つの物質の界面において)どのような影響を及ぼすのかモニタリングできるかもしれない、とダイヤモンド温度計の実証研究2を指揮してきたカリフォルニア大学サンタバーバラ校の物理学者David Awschalomは言う。「これが生きた細胞にも使えるとは、喜ばしいかぎりです」。

翻訳:藤野正美、要約:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2013.131002

原文

Nanothermometer takes the temperature of living cells
  • Nature (2013-07-31) | DOI: 10.1038/nature.2013.13473
  • Davide Castelvecchi

参考文献

  1. Kucsko, G. et al. Nature 500, 54–59 (2013).
  2. Toyli, D. M., de las Casas, C. F., Christle, D. J., Dobrovitski, V. V. & Awschalom, D. D. Proc. Natl Acad. Sci. USA 110, 8417–8421 (2013).
  3. Neumann, P. et al. Nano Lett. 13, 2738–2742 (2013).