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製薬会社が臨床試験の生データ開示を決断

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2013.130115

原文:Nature (2012-10-18) | doi: 10.1038/490322a | Drug firm to share raw trial data

Declan Butler

グラクソ・スミスクライン社が、非公開としてきた新薬の臨床生データを公開する。

長年続いてきた製薬業界の臨床試験関連情報に関する秘密主義が崩れようとしている。これまで、自社による臨床試験の詳細な生データは一般に非公開とされてきたが、2012年10月、製薬大手グラクソ・スミスクライン社(GSK、英国プレントフォード)は、研究界に対して系統的に自らのデータを開示すると発表した。この発表に科学者も喝采を送っている。業界の先頭を切ったGSKの動きは、実は始まりにすぎない。欧州医薬品庁(EMA)は、2013年以降、製品の登録の目的で企業から提出されるすべての新しい臨床試験データを、開示する予定だからだ。

Credit: THINKSTOCK

臨床科学は今、大きく転換しつつある。エール大学医学系大学院(米国コネチカット州ニューヘブン)で研究しているJoseph Rossによると、ゲノミクスや素粒子物理学の分野ではデータの共有は当然のように行われているが、臨床試験のデータに関しては、ほかの科学者と完全に共有されることはほとんどないという。このことは、医師、保健当局者、研究者が、患者やヘルスケアに関する重大な意思決定をするとき、不完全な(場合によっては偏った)情報しか持っていなかったことを意味する。Rossによれば、GSKの決定は、臨床試験の生データが研究者と公衆衛生当局者にとって幅広い価値を持つことを認めるものであり、「情報開示への大きな一歩だ」という。

臨床試験データの公開によって、医薬品開発が加速され、薬剤の安全性と有効性が独立の形で評価され、企業における科学研究に対しても信頼性が高まるはずだ。ここ数年、ほとんどすべての大手製薬会社は、恣意的なデータを報告することで患者の安全や福祉よりも利益を優先させたとして、数億ドルもの課徴金を課されている。データの公開で、こうしたスキャンダルにも終止符が打たれるかもしれない。

2012年7月には、GSK自身が、試験データについて「不正確で誤解を招く」説明を行ったことや、安全性の懸念に関するデータを隠匿したことなどの不正行為によって、30億ドル(約240億円)の課徴金を支払うことで米国当局と合意しているNature 487, 139–140; 2012を参照) 。この件では、抗うつ薬のパキシル(パロキセチン)とウェルブトリン(ブプロピオン:日本未承認薬)、糖尿病薬のアバンディア(ロシグリタゾン:日本未承認薬)が対象となった。

GSKは現在、承認薬であれ、臨床試験が中止された薬であれ、2007年以降に実施したすべての臨床試験に関して、匿名化した患者レベルのデータを開示することにしている(同社によれば、形式が開示に適しているデータは2007年以降のものに限られるという)。なお、科学者によるデータのアクセス要求については、独立した専門家パネルを設置して審査する予定だ。このような制限に対して、一部の科学者から異論が挙がっている。

しかし、同社の最高医薬責任者James Shannonは、この制限は正当性があると主張する。具体的な科学的疑問や仮説なしに大量のデータを引き出すことを抑止する手立てになるからだ。そのようなデータ収集行為が行われると、誤った分析結果が出され、無用の警告が世間に発せられて、公衆衛生にマイナスの効果を与えかねないからだ、とShannonは説明する。

成り行きを見守る

ノルディック・コクラン・センター(デンマーク・コペンハーゲン)の役員を務めるPeter Gøtzscheによれば、こうした制限には「大きな問題」があるという。データへのアクセスを制限するということは、データの開示に関して独断的な決定がなされることになるため、一般の利益よりも企業を優先するものになる危険性がある、とGøtzscheは主張する。「健康を脅かすような警告が出てきても、多くの目がデータを見ていれば、その正否は正しく判断されるので、企業にとってはデータを開示しないほうが不利になるのです」と論じる。

しかし、ジョンズ・ホプキンス大学ブルームバーグ公衆衛生大学院(米国メリーランド州ボルティモア)の臨床試験センターで所長を務めるKay Dickersinは、何らかのアクセス制限を設けることが有益だろう、とGSKの肩を持つ。今回のGSKの情報開示の価値は、最終的には、患者レベルの詳細なデータをどれだけ提供するかに加え、とりわけ臨床試験のデザインやデータの収集・処理・解析の方法をどれだけ公にするかにかかっている、とDickersinは言う。「お手並み拝見といきましょう」。

2013年には、情報開示は次の段階に進む。EMAが提出された臨床試験のデータセットの開示を始めるのだ。多くの企業にとってそのデータは社外秘かもしれないが、EMAの上席医務官Hans-Georg Eichlerによれば、「臨床試験データをめぐる公衆衛生上の利益は商業的利益に優先する」という2010年の欧州オンブズマンの判断が、EMAに情報開示の権限を与えたという。

このEMAの計画は「あるべき方向への大きな一歩であり、流れを完全に変えるもの」だとRossは付け加える。対照的に、米国食品医薬品局(FDA)は臨床試験の生データを社外秘と考えている、とRossは言う。

Shannonは、医薬品の世界を揺さぶったスキャンダルをほのめかしつつも、GSKが先頭を切って推し進めている透明性こそが業界のめざすべき唯一の道であり、他社も追随してほしいと力説する。さらに、製薬産業が社会からの「営業免許」を維持するには、完全な情報開示を志向しなければならない、と付け加えた。GSK社内では、多くの人が以前から臨床データの開示の拡大をめざしていたため、先の発表は社内で大いに祝福され、社内の研究者から「夢がかなった」と歓迎されたそうだ。

(翻訳:小林盛方)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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