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環境ホルモンをめぐる攻防

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2013.130120

原文:Nature (2012-10-25) | doi: 10.1038/490462a | The learning curve

Dan Fagin

化学物質の安全基準の大原則は、「曝露量が少なければ危険性も少ない」というものだ。ところが、環境ホルモン(内分泌攪乱物質)はこの原則から外れていると科学者たちは主張する。ただ、100%の確証があるわけではなく、規制当局も対応するまでには至っていない。

中欧の要塞都市を放浪し、波乱に満ちた生涯を送った16世紀の医師パラケルススは、水銀やアヘンなどの潜在的に危険な薬物を用いて治療を行った。これは当時の常識に反しており、瀉血医をはじめ、伝統に従う治療者たちと激しく衝突した。彼は晩年に自分の治療法を擁護して、「あらゆる物質は毒である。毒でない物質など存在しない。用量のみが物質を毒でなくする」と記した。それから数世紀が過ぎ、かつては過激なものとされたパラケルススの思想の多くが、広く受け入れられるようになった。その主張は洗練され、「用量が物質を毒にする」という表現は、現代毒性学の大原則となった。

パラケルススはしばしば「毒性学の父」と呼ばれる。彼の主張を現代的な言葉にすると、「用量と効果の間には予測可能な比例関係があり、危険な化合物への曝露が少なければ、それだけ危険は小さくなる」ということになる。これは単なる哲学的な抽象概念ではなく、20世紀中頃から始まった化学物質の安全性試験の体系の根幹を成す仮定である。一般に、化合物の危険性を評価する場合、高用量域で副作用の有無を調べ、その結果を低用量域に外挿して、健康基準を定めている。そこには常に、パラケルススと同じように、高用量で有毒な化学物質でも、低用量ではさほど危険ではないという仮定がある。

パラケルススは間違っていた?

しかし、もしパラケルススの仮定が間違っていたらどうなるだろうか? 強力な作用を持つ化合物群が、低用量のほうが危険だとしたらどうなるのだろう? 実は、内分泌攪乱物質については、まさにそのような主張をする学術研究者が増えているのだ。

内分泌攪乱物質は「環境ホルモン」とも呼ばれ、細胞のホルモン受容体と相互作用する一群の合成化学物質のことである。その種類は非常に多く、一般的な除草剤であるアトラジンや可塑剤として用いられるビスフェノールA(BPA)から、クレンザーに含まれる殺菌剤のトリクロサンや、ブドウ園などで使われる殺真菌剤のビンクロゾリンまで多岐にわたる。

これらの化合物は、毒性学の通常の法則には従わない。規制当局は、従来の高用量での試験に基づいて各物質の最大容認レベルを決定し、そのレベル以下ではいかなる用量でも安全であるとしている。しかし、日常的な微量投与を含めて、より広範な用量について実験してみた学術研究者は、その用量-反応曲線が、古典毒性学でおなじみの、きれいな直線傾斜グラフにはならないことが多いと言う。内分泌攪乱物質の多くは「非単調」な用量-反応曲線となり、その傾きは、少なくとも一度は負から正へ、あるいは正から負へと変化して、U字型や逆U字型のグラフになったり、龍が体をくねらせたデコボコ形状のグラフになったりするという(「奇妙な用量-反応曲線」参照)。

ミズーリ大学コロンビア校(米国)の神経生物学者で、内分泌攪乱物質の危険について1970年代から警鐘を鳴らし続けているFrederick vom Saalは、「どの内分泌攪乱物質を調べても、非単調な反応が見つかるのです。すべてにです!」と言う。「低用量の内分泌攪乱物質に見られる挙動は、従来の毒性学のアプローチでは全く予測できません」。vom Saalらは、環境中に非常に低い濃度で存在するこれらの化合物が、肥満、糖尿病、がん、心血管疾患のほか、不妊症をはじめとする各種の性発達障害など、人間のさまざまな健康問題に関与していると信じている。

しかし、多くの毒性学者、特に、産業界や政府機関に身を置き、従来のリスク評価に深くかかわりながらキャリアを歩んできた毒性学者たちは、vom Saalの見解を受け入れていない。彼らは、内分泌攪乱物質が毒性学的に珍しい特性を示すことは認めている。しかし、vom Saalらの研究はまだ十分には再現されておらず、規制当局が認めていない分析法に依存しすぎているうえ、臓器重量、前がん病変(将来的にがんになると思われる病変)、遺伝子やタンパク質の活性変化など、健康に対して重大な脅威とはならない可能性のある評価項目にこだわりすぎている、と指摘する。

環境コンサルティング会社Gradient(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の毒性学者で、米国化学工業協会の内分泌攪乱物質問題に関する顧問でもあるLorenz Rhombergは、「この問題に真剣に取り組もうとするなら、実際に起こる現象の証拠をつかむ必要があるのです。それは、1人の研究者の手の中で1回だけ起こる現象ではダメです。再現性があり、我々が回避したいと考える現実の健康被害をどのようにして引き起こすのか、科学的に精査できるような現象でなければなりません」と言う。

vom Saalらは、内分泌攪乱物質の研究が急激に広まり、まさにそうした体系的な証拠を提出できるようになったと反論する。2012年3月にはこの分野で最も包括的なレビュー論文が発表されたが1、ここで検証された600以上の研究論文の半数近くが、過去5年以内に発表されたものである。それらによると、BPA、アトラジン、ビンクロゾリンを含む18種類の内分泌攪乱物質が健康に及ぼす影響について、低用量域で非単調な反応が起きていることを高い信頼度で裏付ける証拠が示された。タフツ大学(米国マサチューセッツ州メドフォード)のポスドク研究員で、このレビュー論文の筆頭著者であるLaura Vandenbergは、「私たちはずっと、この現象を証明するのに十分な実例がないと批判されてきました。その挑戦を受けて立ったのです」と言う。

欧米の政府当局者は、Vandenbergのレビュー論文に注目している。米国立環境健康科学研究所(NIEHS、ノースカロライナ州リサーチトライアングルパーク)のLinda Birnbaumは、「彼女のレビュー論文には説得力があり、納得できると思います」と言う。NIEHSが発行するEnvironmental Health Perspectives誌の2012年4月号の論説で、Birnbaumは、規制に関する決定を行う際に低用量効果と非単調な用量-反応曲線を考慮することについて、「対話を始める時期がきた」と主張している2。欧州委員会環境総局(ベルギー・ブリュッセル)の化学部門を率いるBjörn Hansenによると、2012年6月にブリュッセルで開かれた同委員会の内分泌攪乱物質に関する科学会議では、低用量での非単調な用量- 反応曲線の重要性について各国代表が合意に達することはできなかったが、従来の規制をより厳格にする必要があることについては合意が得られたという。一方、米国の環境保護局(EPA)と食品医薬品局(FDA)は、現時点では規制の大幅な改訂は検討していないものの、少なくとも、この問題について新たに議論をしたいという意欲は示している。

こうした状況を見守る人々の中には、これだけ大きな対立があると、大きな変化は望めないだろうと言う人々もいる。非営利組織Pew Health Group(米国ワシントンD.C.)で合成食品添加物の研究をしているThomas Neltnerは、「リスク評価を行う人々と内分泌研究者の間には、非常に大きな隔たりがあります」と言う。彼は、一連の科学会議を通じて両者の間に友好的な関係を築こうと努力しているが、「両者の話は全く噛み合っていないというのが我々の印象です」 と言う。

内分泌攪乱物質の奇妙な世界

67歳のvom Saalは、内分泌攪乱物質の問題が始まってから今日まで、常にその中心にいた。彼は生粋のニューヨーカーで、細身の肉体と激しい性格の持ち主だ。アマチュアパイロットでもある彼は、科学会議には自分のセスナ機を操縦して出かけていき、場所がどこであっても、批判者と衝突することに躊躇しない。1970年代、テキサス大学オースティン校(米国)のポスドクだったvom Saalは、マウスの子宮内の性ホルモン濃度の微妙な違いが胎児に影響を及ぼし、さらにその影響が一生続くことを発見して驚いた。母親の子宮内で2匹の雄の胎児に挟まれていた雌の胎児は、後に成体になったときに、2匹の雌の胎児に挟まれていた雌のマウスに比べて、攻撃性などの「男性的」な特徴が顕著に認められたのだ3。その原因は、母親の子宮内で両隣にいた雄の胎児から放出されたテストステロンをごくわずかな量だけ多く浴びたことにあるようだった。

米国当局は産業界に対し、BPAを使用して製造した哺乳瓶や幼児用カップを自主的に排除するよう勧めている。

Credit: istockphoto

天然のホルモンと合成エストロゲンであるジエチルスチルベストロール(DES)で最初に実験を行ったvom Saalは、出生前に低用量のDESに曝露された雄のマウスは、曝露されなかったマウスに比べて前立腺の重量が大きく、後に、がんをはじめとする前立腺疾患にかかりやすくなることを発見した。しかし、奇妙なことに、高用量のDESに曝露されたマウスでは、こうした影響は生じなかった4。これは、最も早い時期に内分泌攪乱物質の非単調な用量-反応曲線が確認された例の1つである。以来、vom Saalとミズーリ大学の同僚であるWade Welshonsは、同様の非単調な関係を示すさまざまな内分泌攪乱物質を特定してきた。中でも重要な物質がBPAで、プラスチックの一種であるポリカーボネートやエポキシ塗料の原料として、食品容器などに広く用いられている5

vom Saalの初期の研究により、世界中の人々がBPAに強い関心を持つようになり、米国、カナダ、一部の欧州諸国では、哺乳瓶や幼児用カップへのBPAの使用中止を求める運動が起こり、成功をおさめた。また、多くの研究者が、微量のBPAをはじめとするホルモン類似物質への曝露が動物の内分泌関連に及ぼすそのほかの影響を調べるようになり、しばしばそうした影響が確認された。例えば、タフツ大学の細胞生物学者Ana Sotoは、早期にBPAに曝露されたマウスやラットでは、乳腺の発達に変化が生じ、エストロゲン受容体の増殖が促されて、前がん病変や非浸潤がんにつながることを発見して話題になった6。スペインでも、ミゲル・エルナンデス大学(エルチェ)の細胞学者Angel Nadalが、ヒト膵細胞のBPAへの曝露について、用量と糖代謝の変化(糖尿病や肥満の主要な危険因子)との間に非単調な関係を見いだした7。疫学者も論争に加わった。彼らは、小児の尿中のBPA濃度と肥満との間に関係があることを明らかにし8、ほかの内分泌攪乱物質が糖尿病の発生率と関連していることも明らかにした9

このような多くの研究によって、内分泌攪乱物質の奇妙な世界が浮かび上がってきた。それは、伝統的な毒性学の世界とかけ離れている。例はよくないが、ニュートン力学と量子力学くらい違う。発生成長過程のきわめて重要な段階にあるとき、ごく微量のBPAやそのほかの内分泌攪乱物質がホルモン受容体と相互作用すると、機能を活性化させたり、割り込んだり、乗っ取ったりして、その正常な機能を妨げてしまい、奇妙な実験結果をもたらすことがあるのだ。そこにほかのホルモンが関与すると、結果はさらに奇妙なものになる。

例えば、イリノイ大学シカゴ校(米国)の生殖生理学者Gail Prinsは、ヒト幹細胞から培養してマウスの組織と混ぜ合わせた前立腺様腺を若いマウスに移植し、その一部にごく微量のBPAを投与した。そしてマウスの加齢とともに、BPAに加えて微量のエストラジオールも投与した。エストラジオールは天然のホルモンで、ヒトの男性が年をとるにつれてその影響は強くなり、前立腺がんの危険因子であることが知られている。実験の結果、BPAに加えてエストラジオールを投与したマウスでは35~40%が前立腺がんを発症したのに対して、エストラジオールのみを投与したマウスでは10%だった。Prinsは、BPAが前立腺幹細胞のエストロゲン受容体と結合して遺伝子のプログラムを書き換えるため、細胞がエストラジオールの影響を受けやすくなる、という作業仮説を立てている。「私たちの実験が、人間が日常的に曝露される範囲内の低用量で行われていることに注目してください」と彼女は言う。多くのデータが集まれば、2013年の早い時期に成果を発表する予定だとPrinsは言う。

「非単調な用量-反応関係」は存在する

このように、ホルモン受容体のメカニズムが相互作用して、奇妙な用量-反応関係が生じることはあるが、その多くはまだ研究途中だ。2012年10月には、ミズーリ大学のvom Saalのグループが、プラスチックに多く含有されているDEHP、すなわち「フタル酸ジ(2-エチルヘキシル)」について、初めて完全な用量-反応曲線を発表したが、それも非単調な形状をしていた10。ミズーリ大学の研究チームは、78匹の妊娠したマウスに対し、胎生9日から18日にかけて1日に体重1kg当たり0.5µgから50万µgまで、非常に幅広い量のDEHPに曝露させた。その結果、マウスのテストステロン濃度には、意外な上昇や下降が見られ、曝露量の違いによって性発達に変化が見られた。

例えば、妊娠したマウスの子宮内の胎生18日目の雄の仔マウスでは、用量-反応曲線はごつごつした山の輪郭のような形状になった。細かく言うと、血清中のテストステロン濃度は、DEHPの投与量が0~0.5µgの間は上昇していったが、1µgになったところでわずかに下降し、5~500µgの間で再び上昇すると、5万µgで再び下降し、50万µgで急激に下がったのだ。体重1kg当たり50万µgのDEHPを投与されたマウスでは、全く投与していない対照群マウスとほぼ同じ結果になった。なお、この実験に対する批判を避けるため、vom Saalは統計分析を行って適合度(観測による統計分布が理論の予測値にどのくらい近いか)を調べることで、自分が得たデータに最もよく合うのは非単調な曲線であることを確認した。

ごく微量であれ、内分泌攪乱物質は内分泌や生殖機能に異常が起こる可能性がある。

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しかし、DEHPの奇妙な用量-反応曲線の背後にある生化学的機構はよくわかっておらず、vom Saalは、さらなる研究が必要だと言う。ただし、非単調な用量-反応曲線の中には、すでに、その具体的な原因がわかっているものもある。その1つは汚染物質ではなく、乳がんの化学療法に用いられるタモキシフェンという薬物である。タモキシフェンは乳腺細胞のエストロゲン受容体に結合するが、その用量-反応曲線は逆U字型になる。きわめて低い用量では乳がん細胞にほとんど影響を及ぼさないが、この薬物が乳がん組織に蓄積してくると、一時的に腫瘍の増殖を刺激する「フレア」現象を引き起こして患者を苦しめる。タモキシフェン濃度が十分に高くなり、ほとんどのエストロゲン受容体と結合するようになると、フレア現象がおさまって、がん細胞の増殖を抑制しはじめる。内分泌攪乱物質が甲状腺に及ぼす影響を研究しているマサチューセッツ大学アマースト校(米国)のThomas Zoellerは、「これは、内分泌学者には非常によく知られている事実です」と言う。「非単調な用量-反応関係は現実に存在するのです」。

転換点は、2009年に米国内分泌学会(メリーランド州チェビーチェース)が、その95年の歴史の中で初めて科学的声明を出したことだった。同学会は、内分泌攪乱物質が「公衆衛生に対する重要な懸念」になっているとし、より厳しい規則を支持し、非単調な用量-反応関係の存在を認め、「ごく微量の曝露はもちろん、どんなレベルでも曝露があるかぎり、内分泌や生殖機能に異常が起こる可能性がある」と断定したのだった11。2011年には、米国内分泌学会をはじめとする8つの科学学会が、内分泌攪乱物質への懸念を表明するレターをScienceに共同で発表した12。「このような考え方が今や主流なのです。立場は完全に逆転したのです」と、早い時期から内分泌攪乱物質の研究をしているカリフォルニア大学アーバイン校(米国)の分子生物学者Bruce Blumbergは言う。

本当に健康問題と結びつくのか?

けれども批判者たちは、重要なのは、非単調な用量-反応曲線や低用量効果が存在すること自体ではなく、それによって、どこまで健康に対する懸念が生じるかにあると主張する。「用量-反応曲線が非単調であるとして、問題は、そのことにどんな毒性学的な意味があるのかということです」と、FDAの食品安全・応用栄養センター(メリーランド州シルバースプリング)の管理毒性学者であるJason Aungstは言う。彼とEPAの上級毒性学者であるEarl Grayは、vom SaalやSotoらの研究によって特定された低用量効果による健康への影響は、まだ比較的まれなものであって、主要な健康問題との関連性は決定的ではないと主張する。Grayによると、臓器の奇形など、有害性がより明らかな低用量効果の用量-反応曲線は、普通は単調であり、規制当局が定める現在の試験プロトコルのもとで識別できるという。「用量-反応曲線が非単調になることは絶対にないと断定することはできません。けれども、リスク評価との関連について言えば、そのような曲線が高品質の研究で確認されたことは一度もないのです」と彼は言う。

学術研究機関の研究者とリスク評価を行う人々の間で、内分泌攪乱物質の影響についての見解に隔たりがあるのは、両者が行う試験の種類に違いがあるからだ。新しい化学物質を開発したメーカーが規制当局の承認を受けようとするとき、民間の試験機関に試験を委託するが、そうした試験機関の多くは、非常に低い濃度の化学物質を測定するのに必要な放射免疫測定のための機器を備えていない。また、Zoeller、Soto、vom Saalなどの研究者が複雑な生化学的変化(例えば、タンパク質濃度の変化)の試験を標準的に行っているのに対して、民間の試験機関はそうした試験を行わずに、規制当局のガイドラインどおりの試験を標準的に行っていることが多い。そうした試験では、より単純で反復が容易な分析法を利用し、より多数の実験動物を使い、急性毒性や発がん性や催奇形性など、より明白な健康問題について調べるのが一般的である。規制当局や化学工業会社の委託を受けて研究を行うRTIインターナショナル社(米国リサーチトライアングルパーク)の発達毒性学者Rochelle Tylは、「私たちは規制当局が認める方法で試験を行いますが、基礎研究者たちはそうではありません」と言う。「彼らが間違っているという訳ではありません。ただ、彼らの試験方法は、規制当局が認める方法ではないというだけのことです」。

けれども、政府や産業界で働く科学者は、「低用量効果」を探しても見つけられないことが多い。例えば、Tyl13(彼女は2つの産業グループのために研究を行った)とGray14は、それぞれ、ごく微量のBPAの影響について試験を行ったが、vom SaalやPrinsらが発見したような発達への強い影響を確認することはできなかった。vom Saalとその仲間たちは、TylやGrayの実験ではエストラジオールのみを投与する陽性対照群への投与量が多すぎるため、低用量効果を検出することができないのだと反論した。両者の激しい論争は、会議などの公の場で繰り広げられている。学術誌上でも、辛辣な言葉を連ねた論文が掲載されれば、反論が出て、さらにそれに対する反論が掲載され、またまたそれに対する反論が出るという調子で、いつ果てるともない論争が続いている。Tylは、論争の過熱を理由に、BPAの研究をやめてしまった。「私がBPAの研究をやめたのは、それが科学ではなくなってしまったからです」と彼女は言う。「BPAの研究は、党派心を誇示する、政治的なものになってしまいました」。

決着をつけるため、共同研究が始まった

FDAもEPAも、主にTylとGrayの研究を根拠として、BPAのリスク評価を変えていない。FDAはいまだに、BPAは1日に体重1kg当たり50mg未満の用量では副作用を及ぼさないとしているのだ。しかし、vom Saalは、その200万分の1の25ngであるはずだと主張している。そのような中、FDAとEPAは現在、この論争に決着をつけるために、これまでより格段に規模の大きい共同研究を進めている。NIEHSとFDAの米国立毒性学研究センターが中心となって、新たに2000万ドル規模の研究に着手した。この研究は、ごく低用量を含む広い範囲の投与量について非単調な用量-反応関係を探す、これまでで最も大掛かりな取り組みである。2012年9月、研究者らは、約1000匹のラットのそれぞれに体重1kg当たり2.5µgから2万5000µgまでの5段階の量のBPAを投与するほか、2つの陽性対照群と(このグループのラットには、TylやGrayの研究よりもはるかに少量のエストラジオールが投与された)、BPAに曝露させない対照群を設定した。vom SaalやZoellerら学術研究者は組織分析に参加して、前立腺や乳腺における代謝の変化など、規制当局が定める標準的な試験プロトコルよりはるかに複雑な影響について調べることになる。

けれども、BPAの大規模研究の結果が出るのは早くても5年後である。そのことを考えると、化学物質の規制が大幅に改訂されて非単調な低用量効果が考慮されるようになるのは、まだまだ先のことになるだろう。欧州委員会は、2013年12月という最終期限を自らに課しており、それまでに内分泌攪乱の基準に関する政府による初の定義の草案を作成しなければならない。しかし、欧州委員会に助言を行っているブルネル大学(英国アクスブリッジ)の毒性学者Andreas Kortenkampは、この問題に関する科学的な合意が得られていなければ、その基準は高用量効果のみを対象とするものになるだろうと予想している。一方、米国のEPAとFDAは、査読を受けた文献に蓄積されている証拠のレビューを行うための共同調査委員会を召集した。けれども、EPA(ワシントンD.C.)の上級科学顧問のRita Schoenyは、「審議はまだ始まっておらず、証拠を見る機会も与えられていません」と言う。

一部のベテランたちは、大規模研究の結果が出るのを待たず、現行の規制体系を無視して先に進めようと協力している。彼らは、新たに合成された化合物が内分泌関連の影響を及ぼさないかどうかを調べる方法、ごく微量の物質について試験を行う方法、非単調な用量-反応曲線の探し方などについて、産業界の化学者に詳しく助言する論文を執筆した。この論文は2013年1月にGreen Chemistry誌に掲載される予定だ15。この論文と、それに伴うウェブサイトは、潜在的に有害な内分泌攪乱物質が市場に出てしまう前に食い止めることを目的としている。

vom Saalは、この論文によって規制当局への圧力が強まり、すでに市場に出回っている化合物への曝露を抑制できるようになることも期待している。「我々は、安全な化学物質を開発したいなら、こうしなさいと助言しているのです。そのことに文句をつけられる人がいるでしょうか?」とvom Saalは言う。

(翻訳:三枝小夜子)

Dan Fagin はニューヨーク大学の科学ジャーナリズムの教授。2013年3月にバンタム・ブックスから『Toms River: A Story of Science and Salvation』が出版される。

参考文献

  1. Vandenberg, L. N. et al. Endocr. Rev. 33, 378-445 (2012).
  2. Birnbaum, L. S. Environ. Health Persp.120, 143-144 (2012).
  3. vom Saal, F. S. & Bronson, F. H. Biol. Reprod. 19, 842-853 (1978).
  4. vom Saal, F. S. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 94, 2056-2061 (1997).
  5. Welshons, W. V., Nagel, S. C., Thayer, K. A., Judy, B. M. & vom Saal, F. S. Toxicol. Indust. Health 15, 12-25 (1999).
  6. Murray, T. J., Maffini, M. V., Ucci, A. A., Sonnenschein, C. & Soto, A. M. Reprod. Toxicol. 23, 3838-3390 (2007).
  7. Alonso-Magdalena, P., Morimoto, S., Ripoll, C., Fuentes, E. & Nadal, A. Environ. Health Perspect. 114, 106-112 (2006).
  8. Trasande, L., Attina, T. M. & Blustein, J. J. Am. Med. Assoc. 308, 1113-1121 (2012).
  9. Lee, D. H. et al. Environ. Health Persp. 118, 1235-1242 (2010).
  10. Do, R. P., Stahlhut, R. W., Ponzi, D., vom Saal, F. S. & Taylor, J. A. Reprod. Toxicol. http://dx.doi.org/10.1016/j.reprotox.2012.09.006 (2012).
  11. Diamanti-Kandarakis, E. et al. Endocr. Rev. 30, 293-342 (2009).
  12. American Society of Human Genetics et al. Science 331, 1136 (2011).
  13. Tyl, R. W. et al. Toxicol. Sci. 104, 362-384 (2008).
  14. Ryan, B. C., Hotchkiss, A. K., Crofton, K. M. & Gray, L. E. Jr Toxicol. Sci. 114, 133-148 (2010).
  15. Schug, T. T., O’fBrien, K. P & Myers, J. P. Green Chem. (in the press).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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