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プレゼントは、スパイ用の高性能望遠鏡

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2013.130107

原文:Nature (2012-10-04) | doi: 10.1038/490016a | The telescopes that came in from the cold

Eric Hand

米国国家偵察局(NRO)が、2基の高性能スパイ望遠鏡をNASAにプレゼントした。これらは米国の宇宙天文学にとって朗報だが、問題は転用にかかるコストだ。

見学に招待されたAlan Dresslerは、スナップ写真を撮りたくなるといけないので、携帯電話を置いていかねばならなかった。ほかの12人とともにITT Exelis社(米国ニューヨーク州ロチェスター)の施設内を進んでいくとき、案内人は赤く点滅するライトを高く掲げていた。機密事項の取り扱い許可を得ていない一団なので、口を閉ざすようExelis社の技術者たちに警告するためである。

目的地は、1230号棟の洞窟のようなクリーンエリアだった。室内の低い台の上には、2基の2.4m望遠鏡が載せてある。いずれもハッブル宇宙望遠鏡と同サイズのスパイ衛星用望遠鏡だが、一度も打ち上げられたことがない。カーネギー天文台(米国カリフォルニア州パサデナ)の天文学者であるDresslerは、「信じられないくらいすばらしいと思いました。簡単に手に入るものではありません」と言う。

NASAに予想外の贈り物をしたのは米国国家偵察局(NRO)である。NROは国防総省の諜報機関で、上空から地球に目を凝らすためにこの望遠鏡を製作した。2012年6月、NASAはNROからこの望遠鏡を譲り受けたことを明らかにした。NROではもはや不要になったことが理由だった。NASAは、この望遠鏡を使って何をするか、また、観測に必要な機器を追加して軌道に打ち上げる費用が捻出できるかどうか、検討中だ。

2012年10月、NASAはその評価を行う科学定義チームのメンバーを発表した。チームは、2基の望遠鏡のうちの1基をダークエネルギー(宇宙の膨張を加速していると考えられる現象)の研究に使用することについて、賛否と転用に必要な費用を2013年4月までにNASAのCharles Bolden長官に報告することになっている。しかし、天文学者たちはすっかりその気になっている。望遠鏡を覆っていた秘密のベールがはがれてくると、彼らはその性能を品定めしはじめた。そして、この望遠鏡に大いに気に入り、太陽系外惑星を直接検出できるような装置を追加することを考えている。「時間がたつにつれて、関心が高まってきたようです」とDresslerは言う。

最初の利用法として最も可能性が高いのは、2010年代の最重要天文ミッションとされている広視野赤外線宇宙望遠鏡(Wide-Field Infrared Space Telescope:WFIRST)の代替としてだ。天文学者は、広視野1.3mサーベイ望遠鏡を使ってダークエネルギーの痕跡を探したり、太陽系外惑星を見つけたり、銀河系内の恒星が形成されている領域を調べたりすることをめざしており、そのためのWFIRSTの打ち上げは2020年代の中頃になると思われていた。しかし、手元にあるNRO望遠鏡を使えば、2010年代の終わりにWFIRSTミッションを実現できるかもしれないのだ。その場合、欧州宇宙機関(ESA)が2019年に打ち上げ予定のダークエネルギーミッション「ユークリッド宇宙望遠鏡」と競い合うことも可能になる。

NRO望遠鏡の性能は、WFIRSTミッションへの転用に適している(「諜報機関からの贈り物」参照)。その視野はハッブル宇宙望遠鏡よりはるかに広く、ダークエネルギーの発見に必要な数千個の超新星や数百万個の銀河を発見するのにうってつけなのだ。2012年9月にプリンストン大学(米国ニュージャージー州)で開かれたワークショップでは、ITT Exelis社の天文学部門の責任者であるGary Matthewsが、この望遠鏡の鏡がどのくらい滑らかに磨かれているかを示すデータを公表した。「ハッブル宇宙望遠鏡と同じくらい優れています」と彼は言う。

Credit: NASA

望遠鏡の支持構造部は、温度変化によるひずみの影響を受けない樹脂でできており、主鏡を安定に保つことができる。副鏡のアクティブ制御は、主鏡によるあらゆるひずみを補正し、望遠鏡の光学特性をさらに鋭くする。

宇宙望遠鏡科学研究所(米国メリーランド州ボルチモア)のMatt Mountain所長は、「この望遠鏡が、非常に安定した画像が得られるよう設計されていることは明白です」と言う。地球と遠方の銀河の間にある暗黒物質が銀河の形をわずかにゆがめて見せる「弱い重力レンズ効果」を利用して、ダークエネルギーの検出を成功させるには、まさにその非常に安定した画像を得られることが重要なのだNature 489, 190–191; 2012参照)

しかし、NRO望遠鏡は、宇宙で最も遠い銀河を調べるのには向いていない。そうした銀河は赤外線でしか見えず、赤外線で観測するには鏡を冷却するシステムが必要になる。ところが、WFIRSTミッションのために提案されている望遠鏡とは違い、NRO望遠鏡は室温で動作するように設計されているのだ。しかし、NRO望遠鏡の鏡は大きく、WFIRST望遠鏡より格段に多くの光を集める能力があるので、遠方の宇宙は観測できなくても、近くにある暗い天体ならはるかにたくさん発見できるはずである。

費用と長所

NRO望遠鏡は、1基当たり最低でも2億5000万ドル(約200億円)の価値がある。しかしながら、1.3m望遠鏡用のミッションを2.4m望遠鏡用のミッションに変更するには、より大型のロケットと、より大型のカメラが必要になる。一部の天文学者は、ハードウェアが無料で手に入ったからといって、多額の費用をかけて転用する価値があるのかどうか、疑問を持っている。WFIRSTミッションの費用は15億ドルと見積もられているが、NASAのある試算によると、NRO望遠鏡を使った場合の費用は17億5000万ドルになるという。

しかし、このワークショップを組織したプリンストン大学の天文学者David Spergelは、NASAがはじき出した金額はNRO望遠鏡を転用することで可能になる節約を過小評価していると考えている。彼は、主鏡を鋳造して研磨する必要がなくなれば、大勢の技術者が長期にわたって骨の折れる作業をする必要がなくなるので、ミッションは16億ドルで遂行できると考えている。

とはいえ、Spergelは、NRO望遠鏡の高い集光能力を最大限に活用する装置を追加したいと考えており、その場合、費用はさらに2億ドルもはね上がる。その装置がコロナグラフで、恒星からの光をさえぎりつつ、周囲を回る惑星の暗い光を検出できるようにするものだ。WFIRSTミッションでは、恒星の周囲を運動する大きな惑星が、背後の星の光を歪ませる重力レンズ現象を利用して、太陽系外惑星を探す計画になっていた。けれどもこの方法では、生命の居住が可能な場所にある惑星を発見するのは困難だ。天文学者は、惑星からの反射光も直接観測したいと思うだろう。

Credit: 国立天文台

Mountainは、NRO-WFIRST望遠鏡に最新型のコロナグラフを搭載すれば、海王星サイズの惑星を検出できるかもしれないと言う。しかも、多くの恒星を包み込み、小さな惑星を見えなくしている可能性のあるダストも観測できると言う。ダストの問題がどれだけ普遍的で深刻であるかがわかれば、太陽系外惑星を探す天文学者たちは、自分たちが次に掲げている大きな目標、すなわち、地球に似た惑星を直接検出するミッションが、どれだけ大規模なものになるのか、知ることもできるだろう。

手の届く範囲

NASAの天体物理学部門がNRO-WFIRSTミッションのコストを下げる方法の1つは、引退したスペースシャトルの後継機としてNASAが2010年代の終わりにテストしたいと意気込んでいる新型のロケットで打ち上げることである。それにはNASAの有人宇宙計画がからんでくるが、科学定義チームは、その可能性も検討するよう要請されている。このロケットを使う場合、WFIRSTミッションが行われる場所は、当初予定されていたラグランジュ点L2(地球の公転軌道より150万km外側にある力学的に安定な場所)から、地球の上空3万6000kmの静止軌道(それでも、ハッブル宇宙望遠鏡の569kmよりはるかに遠い)へと変更されることになる。静止軌道なら、望遠鏡の打ち上げに用いるロケットの選択肢は増え、軌道に投入した望遠鏡を宇宙飛行士に修理させることもできる。

ラグランジュ点は、地球の放射線帯の外にあることや、温度環境が一定であることなど、天体物理学観測に適した特徴を持っている。しかし、静止軌道にはデータ転送速度が格段に速いという長所があり、この点は、膨大な量のデータを蓄積するサーベイミッションにとって非常に重要だ。

一方で、全く違った転用法を考えている宇宙科学者もいる。プリンストン大学のワークショップで提案された1つのアイデアは、月の軌道内の適当な場所から地球の縁を観測することにより、地球のオーロラと電離圏を調べるというものだった。しかし、この提案を実現するためには特別な許可が必要になる。なぜなら、NROがNASAに望遠鏡を寄贈するにあたって、これを使って地球を見ないという条件をつけているからである。これだけの大型望遠鏡になると、惑星科学にも役立つ可能性がある。例えば、地球の近くを通過するおそれのある小惑星を探したり、海王星の軌道の外側にある、かすかに見える天体を調べたりするのだ。

NROの望遠鏡はもう1基あるので、こうしたアイデアも実現できるかもしれない。さらに、2基の望遠鏡のほかに、主鏡を含めて、3基目の望遠鏡を製作できるだけの部品もあるという。このことからも、NROの予算がどんなに潤沢であるかがわかる。ITT Exelis社の施設を見学したDresslerは、宇宙望遠鏡をテストする大型の真空チャンバーの数に衝撃を受けた。ここなら、ハッブル宇宙望遠鏡を1ダースでも量産できると彼は言う。「こんな施設を見ていると、妬ましくなりますね。すばらしいというか、悲しいというか……」。

(翻訳:三枝小夜子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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