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論文撤回の主な理由は、詐欺的行為!?

これまで、論文撤回の最も多い理由は、意図しないミス(過失)だと思われてきた。ところがそうではないという残念で驚くべき結果が、広範囲にわたる調査研究から明らかになった。Proceedings of the National Academy of Sciencesに発表された論文1によれば、これまでに撤回され、科学記録から抹殺された生命科学論文の5分の2は、データの改ざんやねつ造を含む科学の詐欺的行為ないしはその疑いを理由としており、学術雑誌の撤回公告においては、撤回理由が控えめに発表されるケースが少なくないことが明らかになった。

今回の調査は、PubMedデータベースに収録された論文のうち、2012年5月3日現在で「撤回」と付記された2047編の論文すべてを対象とした。これまでの分析研究では、学術雑誌の撤回公告を額面どおりに受け取っていたが、今回の研究では、この撤回公告の記載が不十分またはあいまいな場合、二次的情報源を用いて撤回の理由を調べた。その二次的情報源には、米国研究公正局(ORI)による調査結果やRetraction Watchというブログに掲載された証拠が含まれている。

今回の分析研究によれば、論文撤回の43%が、詐欺的行為(改ざんや捏ぞうを含む)ないしはその疑いが理由だった。その他の不正行為として、重複発表が14%、盗用・剽窃が10%を占めていた。ミスによって撤回された研究論文は、全体のわずか21%だった(「論文撤回の理由」参照)。

SOURCE: REF. 1

これまでの研究では、ミスを理由とする撤回の割合が、今回の結果より1.5~3倍高かった2-4。「二次的情報源から、かなり違った状況が見えてきました。撤回公告は不正確なことが多いのです」。こう話すのは、この最新研究の共著者の1人であるイェシーバー大学(米国ニューヨーク)の微生物学者Arturo Casadevallだ。

英国を活動拠点とする医事ライターであり、学術雑誌の撤回公告に基づく過去の研究3で共著者の1人だったElizabeth Wagerは、隠れた不正行為の発覚を意外とは思っていない。「私たちも、意図的に不明瞭にしたり、あいまいに書かれた撤回公告を数多く見つけましたから」と彼女は話す。著者と学術雑誌は、体面を保ったり名誉毀損訴訟を避けたりしているのではないか、とWagerは推測する。

今回の研究では、詐欺的行為を理由として撤回された論文の割合が、1975年と比較すると10倍に増え、全論文数の約0.01%になったことが判明した。これまでの分析研究でも、撤回件数が一般に増加傾向にあることは判明していた5が、今回の研究報告は、詐欺的行為がその主因であることを明らかにした訳だ。今回の主著者でワシントン大学(米国シアトル)の微生物学者Ferric Fangによると、学術雑誌のインパクトファクターと詐欺的行為による撤回論文数とが、相関関係を示しているという。

詐欺的行為ないしはその疑いを理由に撤回された論文数を学術雑誌別に集計すると、ScienceNatureProceedings of the National Academy of SciencesCellなどの有力誌が、すべてトップ10に入っている(「撤回論文数トップ10の学術雑誌」参照)。1位のThe Journal of Biological Chemistryと2位のAnesthesia & Analgesiaなどは、数人の研究者による複数の論文撤回が大きく影響していて、このような結果となった。そうした研究者の1人が、ルートヴィヒスハーフェン臨床センター(ドイツ)に所属していた麻酔医Joachim Boldtだ。今回のFangたちの研究でも、5編以上の論文を撤回した38の研究グループが、詐欺的行為ないしはその疑いのある論文の44%を占めている。

詐欺的行為による論文撤回が全体的に増加しているのは、科学者の不正行為が増えているからなのか、それとも、詳細な調査で単に事実が明らかになっただけなのか、よくわかっていないとFangは言う。また、詐欺的行為による論文撤回が影響力の大きな学術雑誌に多いのは、影響力の大きさゆえに詳細な審査が行われるからなのか、それとも、怪しい研究者ほどそうした学術雑誌と結びつきやすいからなのか、明確にはなっていない。しかし、一流学術雑誌に論文を発表すれば、研究助成金から終身雇用権まで、多くのインセンティブ(報奨)がある。それが強力な誘因となって、撤回論文を増加させる一因になっている、とFangはみる。「こんなシステムができてしまった過程をきちんと調べ、詐欺的行為への誘因力を弱める仕組みを作る必要があります」とFangは言う。

今回の調査では、いくつかの重要な地理的格差も判明した。伝統的な科学超大国(米国、ドイツなど)を活動拠点とする主著者による論文撤回のほうが、より詐欺的行為と結びついている傾向が見られた。一方、インドや中国のような新興科学大国では、盗用・剽窃と重複発表による論文撤回が多かった。「こうした傾向は、それぞれの国におけるインセンティブ、文化的規範、英語習熟度などの違いを反映しているのかもしれません」とFangは話す。

ニューヨークを活動拠点とするジャーナリストで、Retraction Watchの共同創始者のIvan Oranskyは、学術雑誌の透明度指標(transparency index)を定めて、撤回公告の明瞭性などに基づいたランキングを作りたいと考えている。この指標は、学術雑誌の品質を高める推進力となるかもしれない。さらに、撤回論文の基礎データベースを作れば、撤回された研究を科学者が再び実施するようなむだを回避することができる、とOranskyは付言する。しかし、Fangの意見はちょっと違う。「絶対反対という訳ではないのですが、データベースを正しく維持・更新する方法について、懸念を持っています。今回の私たちの研究は、いわば瞬間写真にすぎません。継続的な情報源として使えるような正確なデータベースを構築するのは、相当の難事業になると思います」。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130116

原文

Misconduct is the main cause of life-sciences retractions
  • Nature (2012-10-04) | DOI: 10.1038/490021a
  • Zoë Corbyn

参考文献

  1. Fang, F. C., Steen, R. G. & Casadevall, A. Proc. Natl Acad. Sci. USA http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1212247109 (2012).
  2. Steen, R. G. J. Med. Ethics 37, 249–253 (2011).
  3. Wager, E. & Williams, P. J. Med. Ethics 37, 567–570 (2011).
  4. Nath, S. B., Marcus, S. C. & Druss, B. G. Med. J. Aust. 185, 152–154 (2006).
  5. Van Noorden, R. Nature 478, 26–28 (2011).