Editorial

耳を疑ったイタリア地震裁判の判決

イタリアの都市ラクイラは2009年4月の地震によって大きな被害を受けた。そして、この地震による309人の死亡に関与したとして、6人の科学者と1人の政府関係者が過失致死罪に問われた。その裁判が始まる直前の2011年、Fabio Picuti検察官はNatureのインタビューに対して、「私は正気です。被告が地震を予測できないことはわかっています」と答えていた(Nature 2011年9月15日号264~269ページ参照)。

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2012年10月22日の夕刻、その裁判の判決が出された。驚くべきことに、7人の被告に対して禁錮6年の有罪判決が下ったのだ(Nature http://doi.org/jkp; 2012参照)。これはまさに屈折した判決であり、量刑もばかげている。これに対しては、すでに一部の科学者が、公的なリスク評価への科学者の参加を萎縮させてしまう効果を持つ、と警告を発している。

今回の判決は、Picuti検察官にとっても意外なものだった。というのは、検察側の求刑は禁錮4年だったのだ。求刑以上の量刑が、なぜ出てきたのだろうか。「なぜこのような判決になったのか、私も、裁判長の動機に関する記述を読まないかぎり、理解できません」と彼は語った。イタリア法では、Marco Billi裁判長は、3か月以内に判決理由を公表しなければならないことになっている。

マスコミ報道では、科学を攻撃する判決という図式になっているが、大事な点は、7人の被告が、地震を予測できなかったことで起訴された訳ではないことだ。この7人全員は、公式のリスク評価委員会のメンバーとして、2009年3月31日にラクイラで開かれた会議に参加し、それまでの数か月間にラクイラで地震が数多く発生したことを背景に、大規模地震の発生リスクを評価するよう要請された。

そこで7人は、地震のリスクが高まったことは明白だが、詳細な予測をするのは不可能だと答えた。この会議は、非常に短い時間で終わり、会議後の記者会見で、イタリア政府の市民保護部と地元の当局者が、それまでの小規模の地震によって大地震の発生リスクは高まっていないと発表し、地域住民を安心させた。

検察官によれば、そうした安心感を与える発表によって、発表から数日以内にラクイラから脱出する予定だった29人の被害者が、考えを変えてラクイラに残ることになり、その後の地震で崩壊した自宅で死亡した。検察官は、専門家パネルのリスク評価が「不十分」であったために科学的に不正確なメッセージが市民に送られ、犠牲者増加の一因になったという論理を展開した。

7人の被告、つまり、政府関係者のBernardo De Bernardinis、そして科学者であるEnzo Boschi、Giulio Selvaggi、Franco Barberi、Claudio Eva、Mauro Dolce、Gian Michele Calviは、この判決に対して控訴した。被告は、控訴判決が下るまで自由の身でいられるが、控訴判決まで数年を要する可能性がある。

これは1つのチャンスだ。この判決の意味を幅広く検討するために十分な時間が与えられたからだ。しかし、まずは当面、重すぎる量刑について、また科学者が表明した意見の周知方法ゆえに科学者が処罰された点について、抗議の全精力を傾けるべきだろう。

イタリアでは、科学界の政治的影響力はきわめてわずかで、今回の裁判は、きちんとした情報提供に基づく国民的論議がないままに進行してしまった。こんな話は、大部分のヨーロッパ諸国や米国ではありえない。いずれにせよ、Billi裁判長は判決理由を速やかに開示すべきであり、科学コミュニティーも速やかに異議を申し立てるべきである。

翻訳:菊川 要

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130131

原文

Shock and law
  • Nature (2012-10-25) | DOI: 10.1038/490446b
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