Editorial

科学の国際化へ、正しい対応とは何か

2012年のノーベル賞科学者の国籍は、英日米仏のわずか4か国である。しかし、その枠を広げて評価する動きがさまざまな形でみられる。Serge Harocheの物理学賞については、フランスのオランド大統領が「国家の威信の源」になったと語る一方で、欧州研究会議(ERC)のHelga Nowotny理事長が、ERCが才能ある研究者に投資してきたことを裏付けるものだと表明した。

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韓国の英字紙Korea Heraldは、化学賞を受賞した米国の研究者Robert Lefkowitzと韓国の結びつきを報じ、2人の韓国人科学者Jihee KimとSeungkirl Ahnが、現在、Lefkowitzの研究室で従事していると報じた。

医学生理学賞の受賞者である日本の山中伸弥教授は、野田首相から祝辞を受けたが、San Jose Mercury Newsは、グラッドストーン研究所(米国カリフォルニア州サンフランシスコ)での研修に焦点を合わせ、同研究所が、1993年に山中教授の才能を見いだして採用したことを伝えた(山中教授は、今でも同研究所に研究室を持っている)。

こうした反応をみると、科学の国際化の一方で、なお国家の威信や威光も重要性を失っていないことがわかる。もしヒッグスボソンの発見に対して特定の研究者への授賞が決まれば、緊張が極致に達するのはほとんど確実だ。ヒッグスボソンの研究には、数千人の研究者が寄与し、数十か国が研究資金を提供しているからだ。

2012年10月18日号のNatureでは、科学の国際化について調べた(325ページ参照)。米国立科学財団(NSF)によれば、2010年に発表された研究論文の約4分の1が、2か国以上の共著者によるものであり、この割合は、1990年には10%しかなかった。研究論文の著者数は、現在は平均4.5人だが、1980年と比較すれば倍増している。また、国際化している科学分野も多くなり、世界を縦横に移動する科学者が増え、同時に2~3か国で研究を進める研究者も珍しくはなくなった。

共同研究などで科学の国際化は進んでいるが、資金提供や研究管理という点では、なおほとんどが国単位で行われており、このような状況は変える必要があるかもしれない。各国の優先課題を結びつければ、規模の経済を生み出すことが可能で、エネルギー、気候、農業のような国際的課題に関する研究分野で、メリットがあるかもしれない。

NSFのSubra Suresh長官は、同じ号の337ページで、国境を越えた科学協力の将来ビジョンを示し、Global Research Councilが国際的な科学活動を1つの国内活動のように総合的に管理する可能性を挙げている。

国際化のトレンドが続くと、科学的成果に対する各国政府の見方が変わる可能性もある。自国による発見や用途開発に固執せず、他国のブレークスルーを利用したほうが手っ取り早いと考える訳だ。例えば韓国と米国は、急速にグラフェン生産の中心地になりつつあるが、2010年のノーベル物理学賞はマンチェスター大学(英国)のグラフェン研究者が受賞している。

ただし、国際化には限界もある。人の流動性は無限に拡大する訳ではなく、どれだけ多くの研究者がどれほどの期間移動するかは、人間関係、家族、生活の質などの制約条件が左右する。日本など一部の国々の研究システムは、柔軟性に欠け、長期にわたる海外研究生活を妨げている(編集部注:同じ号の326ページのメインレポートによると、ドイツでも若い科学者は国内ポストを確保するために海外に出てもすぐに帰国してしまうこと、また自国からの海外移籍が最も少ないのは米国人と日本人の科学者で、両国の科学環境が世界で最も恵まれている可能性を暗示している)。

科学の国際化は決してよいことずくめではない。国内の研究能力を増強し始めたばかりの国は、連携によって相手国の先進的な科学を共有できる可能性があるが、それによって自国のアイデンティティーが薄れ、自国の研究課題よりも大国の関心事を優先させてしまう危険性が生まれる。国内の科学と国際的な科学をバランスよく両立させること、それが最重要課題であると考えられる。

翻訳:菊川 要

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130130

原文

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  • Nature (2012-10-18) | DOI: 10.1038/490309b
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