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ハンチントン病の新モデル動物

ケンブリッジ大学(英国)の神経生物学者Jenny Mortonが5年前にヒツジを使って研究を始めたとき、彼女はヒツジのことを従順で頭の悪い動物だと思っていた。だが実際には、複雑で興味深い動物であることがわかった。Mortonはハンチントン病などの神経変性疾患を研究しているが、ヒツジがこれらの病気の大型モデル動物となる可能性を探っている。

ハンチントン病は死に至る遺伝病で、大脳基底核の細胞が次々に死滅していく。この病気の研究にヒツジを使うアイデアは、1993年、人間の7倍ものヒツジがいるニュージーランドで生まれた。人間とヒツジに共通するいくつかの疾患がすでに明らかになっていたが、オークランド大学の神経科学者Richard Faullと遺伝学者Russell Snellは大胆なことを考えた。IT15という遺伝子の中に反復配列が多く存在するとハンチントン病になるが、そうした遺伝子を持つヒツジの系統を作って、症状の研究や治療薬の開発に役立てようと決めたのだ。大規模な研究の末、2006年にその目標は達成された。

なぜヒツジなのか? 第1に、ヒツジの脳が大きいことがある。現在この病気の研究に使われている唯一の大型動物はマカクザルだが、その脳に匹敵する大きさであり、しかも人間の脳と同様に、大脳皮質のしわが発達している。第2に、ヒツジは広い放牧場で集団飼育ができ、データ記録装置を背負わせておけば遠隔管理も可能である。ケージ内の霊長類よりも自然な環境で研究でき、倫理的問題も少なくてすむ。しかも、ヒツジは長寿で社会的な動物であり、活動的で表情が豊かで、顔を認識でき、長期記憶も備えている。

実際、Mortonは、人間の認知力検査とよく似た方法をヒツジに適用することができた。人間では精神機能と運動機能が徐々に低下していくが、ハンチントン病ヒツジではどうなるのか、健康なヒツジとの比較から明らかになるはずだ。

FaullとSnell、Mortonらは2013年春から、オーストラリアでハンチントン病ヒツジの2つの群れの観察を始める。片方には最も有望視されている治療法の1つ(IT15遺伝子の変異を静めるウイルスの接種)を施し、もう一方は対照群として比較する予定だ。

現在、人間の脳の病気には根治方法がなく、この研究が重要な一里塚になると研究チームは考えている。「ハンチントン病はいわば、患者家族にかけられた呪いと言えるものですが、その呪いが解けるかもしれません」とFaullは言う。

翻訳:粟木瑞穂

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130105b