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インクジェットプリンター技術による人工骨のカスタムメイド造形を実用化

2008年2月28日

東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻(医学系研究科兼担)
鄭 雄一 教授

X線CTで撮影した患者の骨の欠損部に合わせ、インクジェット方式でリン酸三カルシウムを三次元的に積層してカスタムメイドの人工骨を造る。 | 拡大する

骨折や事故で骨を損傷したとき、骨腫瘍の治療で骨を切除したとき、先天的な骨形成不全や口蓋裂などでは、骨が欠損している部分に骨移植が行われる。骨移植に使う骨には、自分の骨の一部を削って使う自家骨、亡くなった人の骨を使う他家骨、人工骨があり、いずれも外科医が欠損部の形に合わせて手で削って成形するのが一般的だ。

東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻(医学系研究科兼担)の鄭雄一教授は、東大病院ティッシュ・エンジニアリング部、東大農学部、理化学研究所、医療機器開発型ベンチャー、材料メーカー、造形ソフトのメーカー等とコンソーシアムを組み、代表的な人工骨材料であるリン酸三カルシウムを使い、インクジェットプリンターを用いて、患者の骨の欠損部にぴったりと合うカスタムメイド人工骨の成形技術を開発した。

これはインクジェット方式の三次元積層造形法で、

  1. X線CT(X線コンピューター断層撮影)で、患者の骨の欠損部を撮影
  2. 画像を三次元CAD(computer aided design)に取り込み、スライスデータに変換
  3. 貯蔵槽・造形槽にリン酸三カルシウムの微粒子を入れ、インクヘッドに硬化液を入れた三次元インクジェットプリンターにスライスデータを入力
  4. 貯蔵槽からローラーで造形槽に薄く引いたリン酸三カルシウム微粒子の層に、インクヘッドノズルから硬化液を吹き付けて、リン酸三カルシウムを再結晶化させることを繰り返し、人工骨を成形

というもの。こうして自由な形状の、数cmから数十cmの厚みの人工骨が数時間でできあがる。

この人工骨は、その形状が患部に極めて良く一致するので、切削等による調整がほとんどいらない上、ワイヤー等による骨の固定もほぼ不要で、手術時間が短縮できるというメリットがある。また、ある程度の強度があって焼結の必要がなく、吸収置換性に優れている。さらに、自分の骨とスムーズに置き換わるように、細胞や血管の侵入を促すための孔隙を設計できる。

2006~2007年に行った10例の臨床研究では患者は順調に回復し、重篤な副作用は見られなかったため、日本の11施設で70名の患者に対し、近々治験を開始する予定だ。また、日本と同時並行で、ヨーロッパとカナダでも、臨床応用を開始する計画になっている。

「まず顔面を中心とした非荷重部位での利用に注力し、将来的には、手足や体幹などの荷重部位への使用を検討したい。さらに高機能化するために、望みの位置に血管誘導因子や骨再生誘導因子などをプリントして、自分の骨との置換性を高める方法も研究中」と鄭教授。

また、リン酸三カルシウムを微小テトラポッド型に加工した材料も開発した。幅1mm弱のテトラポッドは集積したときに骨細胞や血管が侵入するのにぴったりの100~300μmのすき間ができ、骨再生が速く進む。シリンジに充填して注入できるため、歯周病で溶けた歯槽骨の再生などに使えそうだ。「焼結する温度や表面処理の方法が決まり、2009年に日本とヨーロッパにおいて同時並行で治験を始めたいと考えている」(鄭教授)。形とサイズが一定であるため、将来的に表面に薬剤を搭載させることで、DDS(drug delivery system)の材料となる可能性もある。

骨移植のうち、人工骨が占める割合は、宗教上の理由や他家骨のボーンバンクの整備状況などから、日本約30%、ヨーロッパ約15~20%、アメリカ約10%となっている。このような技術で人工骨の形状、強度、生体適合性、吸収置換性、操作性がよくなれば、汚染や遺体取引の問題が残る他家骨、自分の体を傷つける自家骨移植からの移行が大きく進む可能性がある。

バイオマテリアルは材料そのものの生体適合性や強度の研究が進んでいるが、「患者さんに合う形、最も効果が高まる形に成形する技術も応用には欠かせない。3次元造形技術はバイオマテリアルの今後の展開の重要な鍵になる」と鄭教授は話している。

さらに、糖類を手術後の癒着防止に使うプロジェクトも東大病院産婦人科、東大農学部、医療機器開発型ベンチャー、材料メーカー、製薬メーカー等との共同研究で進行している。これは、手術で傷ついた部分をカバーする多糖類のゲルバリアーと、手術中の露出による乾燥や酸化を防ぐ二糖類の分子バリアーを組合せて使うもので、近く産婦人科領域での臨床研究を始める計画だ。

バイオマテリアルの材料や造形、使用法の開発は医療の進展に欠かせない。鄭教授らの治験や臨床研究の今後に注目したい。

小島あゆみ サイエンスライター

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