NMDA型グルタミン酸受容体の2種のサブユニットが、 真逆の機能を発揮して高次機能をバランスよく発達させることを解明!
2014年12月11日
渡辺雅彦
北海道大学大学院 医学研究科 教授
言語、感覚、認知、運動、思考などの高次脳機能には臨界期が存在し、発達段階の決まった時期までに獲得される。こうした臨界期には、周囲の環境や刺激に応じてシナプス回路が再編されることが知られている。北海道大学大学院 医学研究科の渡辺雅彦教授は、臨界期の回路形成を媒介する受容体に着目し、その2種のサブユニットが真逆の機能を発揮することで、バランスよく回路を構築させていることを突き止めた。

GluN2D欠損マウスでは野生型よりも早く、生後3日からバレルが出現する。一方、GluN2B欠損マウスでは野生型よりも遅く、生後5日になっても出現が認められない。 | 拡大する
誕生直後のシナプス回路は遺伝子プログラムによるもので、重複が多く個体差の少ない未熟な回路。そのままでは、個人ごとに異なる環境にうまく適応できないため、脳はさまざまな刺激を受けながら、不要なシナプスを除去し、必要な配線だけを強固なものにしていく。この過程においては、興奮性の伝達物質であるグルタミン酸が重要だが、その受容体(NMDA型グルタミン酸受容体)にはGluN2BとGluN2Dの2種のサブユニットがあり、臨界期にどのように機能しているのかわかっていなかった。
「1996年に、GluN2Bには臨界期に起こるシナプス回路改築を推進する機能があるとの報告がなされました。さらに、電気生理の研究から、神経活動に依存して回路再編成に関与していることも示唆されました」と渡辺教授。一方で、GluN2Dには、GluN2Bとは異なる特性(チャネル開閉特性)がみられ、両サブユニットの神経発達に対する機能の違いは不明なままだったという。
そこで渡辺教授らは、GluN2Bのみを欠失するマウスと、GluN2Dのみを欠失するマウスを用いた解析を始め、このようなマウスでは、体性感覚系に発達するひげに対応するシナプス構築(バレル)の発達に違いがあることを見いだした。「GluN2Bの欠損により、バレルの出現時期が1日遅れ、臨界期の終了時期も1日遅れていました。反対に、GluN2D欠損ではどちらも1日早まっていました」と渡辺教授。
熟慮の末、両者で作用が真逆なのは、発現するニューロンの種類に違いがあるのではないかとの考えに至り、今回はその点についても詳細に解析した。「結果は予想どおりで、体性感覚系の投射路を形成する興奮性ニューロンにGluN2Bが、それを制御する抑制性介在ニューロンにGluN2Dが発現していました」と渡辺教授。つまり、GluN2Bは体性感覚系の投射路において活動依存的な回路の再編成を促し、GluN2Dはこれを抑制するニューロンの機能強化を図ることが強く示唆されたのである。
このようなしくみが存在することについて渡辺教授は、「促進と抑制の分子機構の両者にNMDA受容体が関与することで、早すぎず遅すぎない、調和のとれた神経系の発達が可能になるのではないでしょうか」と話し、両サブユニットの関連性をより詳細に解析したいとしている。
一連の成果は、高次機能の習得について、分子レベルの理解を深めるだけでなく、事故などによって失われた言語を取り戻すための治療やリハビリにも応用できると思われる。「分子発現解析や神経回路の形態学的解析には熟練した解析能力とそれを備えた人材が不可欠で、今回の論文がまとまるまでに18年もかかりました。脳の発生、発達、老化の過程の理解は、まだ入り口の段階ですが、どれか1つでもその基盤的理解ができたらと思います」と話し、引き続き精力的な研究を続けている。
西村尚子 サイエンスライター